第30話わたし、魔法少女の仕事を果たすことができました(わたしのものを失くさずにすみました)

 もうすぐってどれくらい?

 それはひとの人生程度の浅いもの?

 それとも虫が一生過分の軽いもの?

 もしかして、わたしがこの子を見捨てちゃうくらい退屈なもの?

 わたしがこの子に、飽きてしまうような虚しいもの?

 この子のことを、どうでもいいと思えてしまうまでも永いもの?

 だけど、そんなことはありえない。

 わたしがこの子を手放すなんてありえない。

 わたしは何かを手に入れることには、ほとんど興味はないけれど。

 わたしが手に入れた何かを失うことだけは、絶対に許せない。

 奪っていくやつを、絶対に許さない。

 それがどんなかたちであろうとなかろうと。

 それがどれほどの理不尽や不条理でも。

 たとえそれが、死であっても。

 それはわたしにとって、全部が憎むべきものたちだ。

 この世から、何も残さず消してしまいたいと思うほど。

 だってわたしのものは、全部が愛すべきものだから。

 失くしたものを、ひとつ残らずこの世から取り返したい思うほど。

 でもわたしには、そんなことはできはしない。

 それはわたしの仕事じゃない。

 わたしにできるのは、あるべきものを、あるはずのもを、なかったことにするだけだ。

 殺して、壊して、無くしてしまうことだけだ。

 だからもとに戻すのは、なくしたものをなかったことに戻すのは、別のひとの仕事。

 それはこの、緑の目の仕事のはずだ。

 なのに全然、仕事している様子がない。

 世界も、この子も、もとに戻る気配が全然ない。

 「言われなくてもやっている」ってさっきから緑の目は言っている。

 けどそうまで言われれないと、仕事をしてるかどうかわかららない。

 そうまで言われても、何をしてるんだかわからない。

 調律って、結局何をしてんだろう。

 呪文か何かを唱えるわけでもなく、何かかわった仕草をするでもない。

 ただ何もせず、フワフワ浮かんでいるだけにしか見えない。

 そんな様子でわたしと会話したりしてるから、余計に何もしてないように見える。

 わたし言われたとおり、この子から手を離していないのに。

 さっき集中、切れちゃったけど。

 この手を離すことだけはしていない。

 でもいつまでこうしてればいいのか。

 さっきから、この子の何も映さなくなった目と何もなくなった黒い穴が、わたしのことを見つめてくる。

 それを見て感じることは何もないけど、あんまり見ていたくない。

 もとに戻ると何となくわかっていても、もとに戻せるととりあえず納得していても。

 自分の失ったものを見ていたくはなかった。

 自分がどうしていいか、わからなくなるから。

 この子をわたしから奪ったやつらは、ひとり残さず殺してやった。

 憎悪を込めて、嫌悪をのせて、殺意をもって殺してやった。

 この世界から、なくしてやった。

 わたしが全部、なかったことにしてやった。

 だからもう、わたしにできることはないもない。

 あとはただ、待ってればいいだけなのに。

 それがひどく落ち着かなかった。

 何かできたんじゃいか、何かするべきなんじゃいかと思ってしまうから。

 そんなわたしにできることは、もうこれくらいしか残ってない。

「ねえ、もうすぐってどれくらい?」

 この緑の目に、話しかけることぐらいだった。

「ごめんね、残念ながらその質問に対して具体的な時間は答えられないよ。面目ないことだけどボクも感覚的にしか進捗を把握できないんだ。でも調律作業自体は、さっきも言ったように順調に進んでいるよ。キミは自分の仕事を立派にやり遂げた。今度はボクが自分の仕事を果たす番だ。だからそんなに。だけどもう少しだけ待ってくれると有り難いかな」

 それはひょっとして、慰めらてるんだるか。

 この緑の目が、そんな気遣いなんてしないだろうに。

「別に。ただ何も変わらないから、何もしてないように見えるだけだよ」

 だけどわたしは、つい棘のある口調で返してしまう。

「そう、嬉しいな。でもと思うのは早計だよ。自分の見えないところで、自分の知らないものが動いているのが世界というものだからね。それに

 それはひょっとして、お説教されてるんだろうか。

 この緑の目が、あんなことで怒ったりしないだろうに。

「わかった、待ってるよ。あんたに言われたとおり、終わるまでこの手を離さずにね」

 この子をもとに戻すために。

「うん、それだけは守ったほうがいいよ。その手を離すと終わりだからね。あと準備と覚悟しておいた方が良いと思うよ」

「なに? 土下座の?」

「違うよ。その子を迎える、心の準備と覚悟だよ」

 ああ、そういうことか。

「そのことなら大丈夫だよ」

 それならとっくにできている。

 というより、そんなことに準備も覚悟も

 ただひとつ、欠けてるものがあるだけだ。

 思い出せないものがあるだけだ。

 さてそれは、どうしよう。

「そう、それなら安心した。今丁度調律が終わったところだからね。世界もその子も、元に戻るよ」

「え、もう?」

 もうちょっとゆっくりでもいいんだけど。

「そうだよ。どうしたの? もう大丈夫なんでしょ。それとも?」

 ああそうだよ。

 全部わかってるならいちいち言わなくていいじゃない。

「そんなことないよ。いつでもいいよ。どんとこいだよ」

 だからわたしは強がった。

 そこまで言われて素直に「はい、そうです」とは言えなかった。

「それは良かった。調律が終わったらもう待つこはできないからね。あとは次第だからね。さあ、世界が変わるよ。元の姿に戻るために」

 その言葉を聞いた瞬間、わたしの世界は歪に歪んだ。

 この世界にあるものの、すべての色とかたちがひとつに混ざって溶け合っていくように。

 お互いの足りなものを、補いあっているように。

 そうしてぐちゃぐちゃにかき回されて、ひとつのドロドロした黒い塊になった。

 それがバーンと弾けると、世界を内側から広げていくように、そこから世界を創り変えていくように、再び色とかたちを取り戻していく。

 世界が、もとの姿を取り戻す。

 一瞬の、そもそも時間なんて感じらないことのはずなのに、わたしにはその様子がじっくり見れた。

 世界が自分を取り戻す様を。

 まるで

「うん、ちゃんと元に戻ったね。良かったよ、世界が姿。可能性はかなり低いけど、万が一ということもあるからね」

「それって、どういう、こと?」

 わたしはいま観た、極彩色の万華鏡のような光景に頭と目をくらくらさせながら、そう訊いた。

 それは訊いておかなけないけないと、わたしの直感がそうさせた。

「簡単なことだよ。さっきも説明したとおり、世界が正しく戻るために自分の姿を思い出してもらう、それがボクの仕事だよ。だけどあまりにも違う世界の力に侵食されると、世界は。そうなると元の正しい姿には戻らない。どこかが歪んだ、どこか歪な世界になってしまう。それでもこの世界のひとは気付くことはないけどね。。要するにに、思い出せれば元に戻れる、忘れてしまえば戻らない。そして壊れてしまえば、もうお終い。それだけの話だよ」

「そう、なんだ」

 それだけの話なんだ。

 それだけ大事な、ことなのに。

「それよりも、こうして世界は無事元に戻ったんだ。今度はキミの番だよ」

 その言葉にわたしは地面に視線を移す。

 そこに横たわる、わたしの友だちを見るために。

 何かないか、ちゃんと確認するために。

 でも見る前からわかってた。

 あのとき世界が色とかたちを取り戻したときから、この手に熱を感じていたから。

 ひとが生きてる証の熱を、感じることができたから。

「あれ……こいし? なんでここにって、うわ!」

「よかった!ホントによかったよ!」

 わたしは、ありったけの力で抱きついた。

 いまは魔法少女じゃないから、わたしの力なんて大したことないけど。

 それでももう離さないという想いを込めて、めいっぱい抱きしめた。

 あのとき、夕暮れのなかで別れたときのままの友だちを。

 もとの声、もとの姿に戻った、わたしの大事な友だちを。

 ホントによかった、戻ってくれて。

 わたしはこころの底からそう思う。

 そう、ホントによかった。この子が名前のわかるものを身につけてくれていて。

 わたしはこころの底でそう思う。

「どしたの急に。てか、なんでわたしこんなところで寝っ転がってるの?」

「そんなのどうでもいいよ。とにかくよかったよ、生きててくれて!」

 とりあえずよかった。友だちを失くさずにすんで。

 新しいものにはあんまり興味がないんだから。

 次の友だちを、探す手間がかかるんだから。

 それがはぶけて、ホントによかったよ。

「そうだね。本当によかったね」

 そんなわたしの喜びに水を差すように、はたまた釘を刺すように、あの緑色の声が聞こえてくる。

 その姿はいつの間にか消えていて、声だけが聞こえてくる。

 これが、頭に直接は話しかけられるってやつなのか。

 実際経験してみるとかなり気持ち悪い。

「本当によかったよ。これでやっと、ふたりで話し合うことができるからね。当然、誰の邪魔もはいらないところでね」

 世界がもとに戻っても、この緑の目は何も変わらないままだった。

 当たり前のように世界とは何も関係なく、ただそこに在るだけだった。

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