第8話わたし、魔法少女なんだから正しくちゃんとやってみます(主観と基準は自分です)
楽しい。
嬉しい。
面白い。
こんなに楽しめることがあるなんて。
ここまで嬉しくなれることがあるなんて。
こうまで面白くなることがあるなんて。
体は弾んで心は踊る。
わたしはこの状況に魅せられた。
食べ残された友達が転がって、その友達を食べたバケモノたちが牙をむく。希望と不条理が同居する、赤と黒が彩るマーブル模様に。
わたしはこのやり方の虜になった。
自分のできることを好きにでき、やるべきことを好きにやる。思うままにちからを使える、死を感じるために殺したいから殺せることが。
こんな世界を愛しく思う。
マジカルでもメルヘンでもリリカルでもななければ、煌めきもなければ輝きもない。
それでも胸に芽生えたときめきは、頭を掻きむしるざわめきは、嘘でもなければ偽りでもない本当に本物だ。
それを夢見るように魅せられて、そんな夢を叶える虜になった。
そしてわたしは、この世界に夢中になった。
魔法少女に、夢中になった。
夢中になって、やっていた。
わたしの在るべき姿になって、やりたいことをやっていた。
止まることなんてできはしない。
前に向かって、進むだけ。
この心の飢えを満たすため、新たな快感を味わうために。
だから、わたしの一撃は容赦なく、許しもなければ情けもない。
そうしてわたしは自分の気持ちに正直に、
もはや
殺してくれ言わんばかりの背中へと、フワリと舞って躍りかかる。
ううん、あれはきっとそう。間違いなくそう言ってる。だって男は背中で語るものだって、母からそう聞いたから。
人間がそうなんだから、バケモノだって同じでしょ?
そんな
こんな上げ膳据え膳めったにないんだから。
だからありがたく、いただきます。
わたしは心のなかで手を合わせ、ステッキを水平に振り抜いた。
それは終にこちらを向くことはなかった頭ごと、爆発したようにバケモノの上半身を吹き飛ばす。
まるで消しゴムでなぞったようにキレイに上半分だけなくなった。
ごちそうさま。思った通り美味しかったよ。
残った下半分からは寂しそうにブシャブシャと勢いよく、名残惜しそうに血が吹き出す。
その汚い噴水には目もくれず、衣装につかないようにだけ気をつけながら左に一歩ステップして体をずらす。
そこでようやくこちらを向いたバケモノと、体の外側に振り抜いたステッキが戻ってくるのは同時だった。
よかったね。最後に自分が何で死んだのか、誰に殺されるのか見られてさ。
わたしはこっちを向いたまま呆けた顔で固まったいる頭へと、斜め上から押し潰す。
こういうの、確か袈裟斬りっていうんだっけ。
あんまり食べたことはないけれど、プリンにスプーンを入れたときよりずっと軽い感触が手に伝わる。
その
それは軽くて味気ない手応えとは全然違い、記憶に残るプリンの味よりずっと甘くて美味しかった。
わたしは今度は左前へと踏み込みながら体を捻り、さっきとは逆回しの動きでステッキを斜め上へと振り抜いた。
そのままステッキは吸い込まれるようにバケモノの頭にめり込んで、血と肉を赤黒い霧に変えながら空に向かって抜けていく。
いままでより
だけど、だんだんこころのなかで膨らんでくるものがある。
それは、不安。
ホントにこのままでいいんだろうか。
こんなに簡単にできちゃっていいんだろうか。こんなに単純にやっちゃっていいんだろうか。
何だか前に学校でやらされた草刈りを思い出す。
真夏のギラギラ光る太陽の下で、延々とやらされたことを思い出す。
最初っから自分が何のためにやってるのかわからなかったけど、最後のほうは自分が何をしてるのかもわからくなっていた。
いくら表に生えてる草を刈ったって、根っこを何とかしなくちゃ意味ないのに。
だからこんなことしても意味ないのにと、延々と思い続けてた、思い出したくもない嫌な思い出。
でもいまは違う。
わたしはやらされてるんじゃくてやりたくてやってるし、何のためにやってるのかもわかってる。
それにどっちかと言うと、バケモノたちがぐるっと円になって並んでるせいで、草刈りというより缶切りに近いかもしれない。
利き手の左側から順番にまわって、腕を振って戻すだけの簡単で単純な
こんなので心の飢えを満たせるなら、気持ちよく心地いい、甘い快感を味わうことができるなら文句をつける筋合いなんて何ひとつないけれど。
これはこれで楽しいし嬉しいし面白いけど、やればやるほど、できればできるほど、何だか不安になってくる。
上手くできているときほど、上手くやれているときこそ、どんどん不安になっていく。
まるでマークシートの答えが縦一列揃って全部同じ番号だったときみたいな、
これが正しいはずなのに、こんなはずじゃないと思わずにはいられない。
そんわたしの小心が、自分自身のことだけに、もどかしくって恨めしかった。
そんな不安を覚えてしまい、考えなくていいことを考えてしまったほんのちょっとの短い間。
バケモノたちはわたしから離れてしまっていっていた。
離れて距離をとって敵意と殺意がバッチリこもった目をわたしに向けて唸り声をあげている。
どうやらあいつらにとってわたしは間食でも食後のデザートでもなくて、完全に敵として認識されたようだった。
殺さなきゃいけない相手として認められたようだった。
わたしはホッと胸をなでおろす。
それを見てわたしは穏やかに安心する。
それを見れたからわたしのころろは安定を取り戻す。
わたしの手の届かないところにいってしまったバケモノたち。
でもそれはわたしの気持ちが届いたからかもしれなかった。
だってあのままじゃ
だとしたら、あいつらは結構話しのわかる
まさかそんなわけがあるはずないのは地面に転がる友達の姿が何より確かに証明している。
その姿を見ればそんなこと
いまはもう喋れないあの子の前で言えるわけない。
そう言えばわたし、あの子から”助けて”って言われてないや。
一応あの子を助けるために、魔法少女になったはずなのに。
それを理由と目的にして、わたしの願いと望みを叶えたはずなのに。
でも友達を助けるのは当然だっていうし、わたしが見たときにはもうあんなだったし、今回はノーカウントってことで。
それにわたしの欲望を果たすのに
別に何か信念があるとか願をかけてるとか、そんな大層なものじゃ全然ないし。
言っちゃえばただのわたしのわがままなんだから。
つまりわたしが初めて自発的に助けたのはあの子になるわけというわけだ。
初めての相手があの子ならそれはとってもいいことだ。
バケモノ相手に
選べるとわかったらちょっとでもいいほうを選んでしまう。
まだ決まってないとわかったらちょっとでもいいほうに決めてしまう。
ホントに現金なものだよね、わたしっていう
現金なんて必要最低限か、それ以下しかもったことないけれど。
止まることはないと思っていた、止められるわけがないと思っていたわたしに、思わぬブレーキをかけた不安と葛藤。
それらが生んだこころの隙間に、ぬるりと緑の目が入り込む。
まさかこのまま謎のバーに連れて行かれて名刺を渡されたりしないよね。
「大丈夫。何も心配するこも何か不安になることもないよ、
それはお化けか妖怪みたいに、わたしの後ろにピッタリついて離れないっていうことか。
後ろ向けば常にその、緑の目が待っているということか。
でも、まあ、いいや。
この緑の目からしたら励ましてるつもりかもしれない、でもわたしからしたらストーカー宣言にしか聞こえない言葉でも、こころがスッキリしたのは本当だし。
これも何かの魔法だろうか。
「そんなものは使ってないよ。だってそんな必要はないんだから。キミのこころが晴れたのは、キミ自身で不安を払拭して葛藤に決着をつけたからだよ。ボクはその背中を少し押して、
いや、いいこと言ってるふうだけどナチュラルにひとの考えを読むのはやめてほしい。
それこそ魔法じゃないかと疑ってしまう。
「そんなことよりだよ、
「もちろん、当然だよ」
もちろんその言葉に異論はないし、当然わたしもそのつもりでやる気に満ちている。
だけどそんな俗っぽい言い方、いったいどこで覚えてきたんだろうか。
それに第2ラウンドで仕切り直しというのなら、誰でもいいから鐘のひとつも鳴らしてほしい。
あと一歩、また一歩踏み出すために、ちょっとでいいから背中を少し押してほしい。
結局これも、わたしのわがままにすぎないけれど。
わたしの弱さに、すぎないけれど。
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