71日目 岩牡蠣
また、水の中だ。
壁だか岩だかにひっついている。波の圧力は感じるけれどびくともしないあたり、かなりしっかりとくっついた身体らしい。
……今日は目が見えないから、俺は自分が何なのかわからないけれど。
しばらくぼーっとしていたが、やがて俺は異変に気付いた。
自分は動いていないのに、空気と触れたのだ。一瞬触れてすぐに水中に戻ったのだけれど、あれは確かに水面に出た感覚だ。自分の周りの流体の性質が大きく違うことくらいは、この体でも感じられる。
はじめは気のせいかとも思ったのだけれど、二度、三度と繰り返すうちに確信へと変わる。間違いなく、水面から出たり入ったりしている。打ち寄せる波の狭間にいる。
さっきまではずっと水中にいて、時間経過で水面に徐々に上がってきた――思い当たる節が、一つだけある。
ここは、海で。
潮が、段々引いているらしい。
もう少し時間が経つと、俺は完全に空気中に露出した。ひょっとしたら今日は大潮なのかもしれない。ときおり波しぶきがざばーんとかかるくらいの場所で、先ほどより暖かく感じられるようになった日光を浴びる。
……平和だ。
干潮の時には空気中、満潮の時には海中になるくらいの高さのところにへばりついていて、波程度じゃ全然動く気配がしなくて、視覚がない生物で……うーん。フジツボとかカメノテとか?
神様をぶん殴るのはできないけど、今日はこのまま平和に終われそうだ――
そんな俺の願いは、どこからともなく降ってきた声によってぶちぶちに壊される。
「おっ、いっぱいついてんじゃーん」
「ここって採っていい海域?」
「岩牡蠣だろ? OKなはず」
「じゃあ剥がすか」
「おう」
男性ふたり組の声がしたかと思うと、水じゃない何かが一瞬俺の殻に触れた気がした。
え。まって。
……俺、牡蠣なの??
こん、こんという音が聞こえはじめる。微妙に震動も感じる気がする。
隣からめりめりっという音がした。……もう確定だ。
「とれたー」
「おう」
「次は……こいつかな」
そんな声がして、俺の体はぐいっと掴まれる。何も抵抗できない。
壁と俺との間に何か固いものが入ってきて、そして、こんこんと衝撃が走る。
体が、世界が、揺れる。とてつもない不安感が体を襲う。けど、どうしようもない。
そして――掴み直されたかと思うと、一気に岩から剥がされた。痛みがないのが救いである。
「よし、2つ目」
「味見しようぜ」
「お、いいな」
え、ちょ。俺このまま食べられるんすか。
抗議する間もなく、殻はこじ開けら――痛い痛い痛い!! 無理やり開けるな!
質としては前屈の時に体を無理やり後ろから押されるような痛みを感じつつ、俺の身が露出する。
「醤油は?」
「海水でいいだろ」
「……まあ」
引っ張り出されて、軽く海中で洗われて――
何かあたたかい空間(おそらく口)に放り込まれて、俺は気を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます