58日目 黒板消しクリーナー

 顔面に黒板消しをぱふっとされたところで、目が覚めた。身動きはできない。チョークの粉を思いっきり吸い込む。

 ……いや、別に、いじめられているとかそんなわけではない。

 俺は自らに備わった機能を十全に活かして空気をウヮォーーーンと吸い込んでいるし、それは全然苦じゃないし、なんならちょっと美味しいくらいだ。口じゃないけど、甘く感じる。ふしぎ。


 放課後の教室。制服姿の学生達が、掃除当番の職務をだるそうにしながらもこなしていて。

 俺は、黒板消しクリーナーになっていた。


 神様を殴る……のは無理だな。吸い込む? 天まで届くか? ……ちょっと無理だ。

 今日もおあずけ、と。


「なーなー、そういえばさー」


 きれいにしたクリーナーで黒板を縦にこすってぴかぴかにしている男子が、チョークのかけらを集めるもうひとりの男子に話しかける。


「どうした」


「板尾さんのことだけど」


 ずるっと、チョークにかかっていた方の男子がずっこける。髪の毛がチョーク受けに当たって若干白くなったけれど、本人は気付いてないっぽい。

 声を潜め、彼は続ける。


「……おい! 後ろまで聞こえたらどうすんだよ!」


「平気平気」


「何を根拠に……」


「だってお前――」


 ここまで言った黒板消してる方の男は、いったん黒板消しを黒板から離し、俺に押しつける。そして――


 ウヮォーーーーン!!!


「――――――――」


 俺のスイッチをぽちっとやってから、彼はなにごとかをしゃべり始める。当然俺には聞こえない。耳がどこについているかは知らないけれど、声より自分の発する音……呼吸音? の方がでかい。


「――――!」


「――――?」


「――――安心しろよ、な」


 重要な部分は何一つ聞き取れなかったけれど、たぶん、確実なことがある。

 この男子――チョークを整理していた方の子が好きな「板尾さん」とやらは、教室の後ろの方で拭き掃除をしている、彼女なんだろう。


 ……ほーん。お幸せに。

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