54日目 工事用エレベーター(ロングスパン)

 踏みつけられて、目が覚めた。


 見ると、塗料で汚れた作業着姿の人が数人、俺に乗り込んでいる。

 鉄骨かなあ、なにか棒も積み込んで、そして、ひとりが言う。


「動かしまーす」


 彼が俺のボタンをぽちっと押すと、俺の体がゆっくりと動き始める。上へ、上へ。

 建築途中の建物の外壁に沿って設置されたレールの上を俺の体に繋がった歯車が回り、徐々に徐々に昇っていく。時折がたんと揺れるのは、おそらく、レールのつなぎ目だから。

 現場を囲む覆いの向こうに見える周囲の景色は、徐々に視点が高くなっていき、見晴らしがよくなっていく。

 人間だった頃に乗ったことはないけれど、家の近くの建築現場にぶら下がっていたそれを遠目で観察したことはあった。

 今日の俺は、工事用エレベーターになっている。神様を殴るのはちょっと無理そうだ。


 ◇ ◇ ◇


 にしてもこの身体、案外、ヒマである。

 なんでヒマって、景色に変わり映えがしないのだ。しかも自分の意思じゃあ動けないし。人間に操作してもらってはじめて上下に動ける。ま、動いたところで景色は覆い越しだからあんまりちゃんと見えないし、現場ではたらく人たちは資材を運ぶ以外ではエレベーターをあまり使わず担当フロアで作業するだけみたいだから、俺から見える範囲の変化が少ないのだ。


 ……うん。退屈!


 そんなことを考えていたからか、バチが当たったらしい。


「あっ」


 1階。溶いた塗料の入った缶を俺に積み込んでいた男が、段差で躓いた。それはもう、盛大に。バナナの皮でも落ちてたのかってくらい盛大に。

 当然、缶の開口部だって下を向く。すると……


 ばしゃあ。


 そこら中に、塗料が撒き散らされた。その大半は俺にかかって、冷たい。

 ……ま、こういう日もあるよな。

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