34日目 オーケストラ備品のタイプライター
目が覚めたら、ステージの上にいた。強烈な舞台照明で照らされている。熱い。
首は振れないけれど、あたりを見回す。
1000席はありそうな大きなホール。暗くされた観客席の人たちは、そのほとんどが俺の方に視線を向けている。何これ。
俺の横には指揮台があって、恰幅のいい男性が燕尾服に身を包んで立っている。後ろにはバイオリンだのチェロだのトランペットだのホルンだのクラリネットだのを抱えて座った人たち。どう見てもこれはオーケストラだ。
そして。俺は、勘違いでなければ、指揮者とコンサートマスターの間あたりにいる。
たぶん机の上だ。机の上に、窓口とかに置いてあるチーンって音がなる呼び鈴と一緒に、俺が置いてある。椅子もあるから、机でいいと思うんだけど……なにこれ?
俺がまわりを観察して戸惑っているうちに、観客が拍手をはじめる。
舞台の袖から、誰かが出てきた。
……事務員?
舞台の上にいる他の人たちと違って、職場の制服って感じの服を着た若い女性が出てきた。
どういうこと? なんでみんな拍手するの?
女性は観客と指揮者に向かって礼をした後、持っていたスタバのタンブラーを机の上に置き、かばんからハンカチも取り出して、そして俺の位置を調整する。何? どういうこと??
オーケストラがチューニングを始める。ラの音なんだっけ。事務の格好をしたお姉さんはコーヒーを飲んでリラックスしている――と思いきや、俺の
そして、オーケストラが演奏を始める。俺は結局なんなんだよ。
♪テケテケテン テケテケテン
軽妙なイントロが流れた後――小難しい顔を作ったお姉さんが、俺のキーをリズムよく叩き始めた。
オーケストラのメロディと完璧に同期した、小気味いいリズムの
叩かれるキーの感じ、特に意味のある文章をつくっているわけではなさそう。
♪チーン
♪ガシャッ
チーンは呼び鈴の音。ガシャッは俺の機構をぐわっと戻す音。リズムを重視している弊害か、俺が机の上でがたっと揺れる。びっくりするからやめてほしい。
軽いメロディと、それに妙にマッチするタイプ音。
俺は、やっと、自分自身が何かを把握した。
今日の俺は、楽器として使われるタイプライターになっている!
神様を殴るのは無理だけれど、この状況に抗議する手紙をタイプするくらい――無理か? 無理だよなあ。こんないいリズムでガチャガチャされてたら無理だよ。自分でキーを動かせるわけでもないし。
……はあ。
♪チーン
♪ガシャッ
カタカタ叩かれる。
♪チーン
カタカタ叩かれる。
♪チーン
カタカタ。
♪チーン
カタカタ。
叩かれるがままに身を任せていると、オーケストラが盛り上がっていた。クライマックスだ。
♪ガシャッ と締めて、この曲は終わりらしい。
ホールのみんなが、俺とお姉さんに向けて拍手している。
……うん。これはこれで、悪くない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます