7日目 受験生の鉛筆
目が覚めたら、ぐるぐる転がされていた。
ずいぶん細長い体だ。固い面の上を、ころころと転がっている。目が回るような感覚はないのが救い。流れていく視界の中には、壁、窓、蛍光灯、黒板、紙、そして浮かない表情の少女の顔。
どうやら、ここは教室のようだ。
転がりの勢いが止まった俺を少女が持ち上げ、周りがよく見えるようになった。
「えっくんがそう言うなら、3だね」
ひとりごとをつぶやきながら、少女は俺の足先を紙に擦り付ける。足元を見ると、マークシートの「3」のところを俺の先っぽが塗り潰していた。
今日の俺は、鉛筆らしい。今日も、神様の野郎をぶん殴るのは難しそうだ。
……まさか、「えんぴつ」だから「えっくん」なのか?
◇ ◇ ◇
ちょっと天然っぽい女子に転がされたり回されたり擦られたりしながら、周囲の様子を眺める。数百は座席がありそうなかなり広い教室に、間隔を広く取って学生たちが座っていた。
彼らが着ている制服はバラバラ。学ランがいればセーラー服もいる。
入学試験? あるいは模試?
彼女の手元――俺にとっては足元にある、問題用紙に目を凝らす。いや、目はついてないから「視覚を凝らす」と言うべきか? とにかく、よく見る。
うーん……わからん。
すごく共通テストっぽい問題が書いてあるけど、用紙には模試とも本番ともどこにも書いていない。教科が国語であることだけわかった。
「うーん……」
俺の持ち主である少女が小さく唸る。俺(鉛筆)を握りしめて、文章のそれっぽいところに傍線を引いてみてはいるけれど、どうも答えが分からないようだ。
設問を読ませてくれ設問を。そしたら俺にも分かるかもしれないから。
念じたら、ページをめくって設問ページに戻ってくれた。たまたまだとは思うけれど。
問3
傍線部B「それでも僕は彼女を好きにならざるをえなかった。」とあるが、「僕」のこのときの心情はどのようなものか。その説明として最も適当なものを、次の①~⑤のうちからひとつ選べ。解答番号は16。
なるほど。結構難しいけど……消して、消して……①っぽい。④と迷うけど、ちょっと合わないから①でしょ。
そう考えているうち、持ち主が俺を両手で挟んで拝むようにして、顔の近くまで持っていく。目を閉じて祈るポーズ。……キスされるかと思った、びっくりした。
「えっくん、お願い」
どうやら――俺は、この女の子が志望校に合格できるか否かの命運を握っているようだ。
任せろ。この問題の答えは、①だ。
彼女が、俺をそっと転がす。
目が覚めた時と同じ感覚が体を襲い、数瞬で止まった俺が示していたのは――
「2かー、ありがとう」
ちがう!!!
まって、違う!!! 俺は1が出したかったのに! 出す手段がない! 身を任せるだけ!!
哀しいかな、テレパシーを使えない俺は――正解が分かった問題についても、くわえる指もなくただひたすら転がされることしかできなかった。
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