5話:無力

 どうしてここに、こいつがッ! 

 と言うより先に、見知った顔をした人物が二人ギルドから出てくる。


 が、俺の視線は彼らの持つ剣に移る。

 柊の取り巻き。柊がいなければ何もできない典型的なイキリ。


 名前はたしか、近藤と友崎だったか。一人で威張れる柊より、群れでしか調子に乗れないこいつらが、俺は一番嫌いだ。


 そして、何より、まさか――


「お、お前ら。その剣についてる、血は……ッ!」


「うっわ、『メシジマ』じゃん。なに~? これが何なのかってぇ? そんなの自分で見てくればいいんじゃね?」


 そうおどける近藤に従い、俺は冒険者ギルドに入る。


 そこに存在していたのは――


「あいつらが、これを……っ」


 血を流して倒れている冒険者たちの姿。死んでいるのか、死んでいないのか。よく分からない。彼らの仲間が、負傷している冒険者の名前を必死に叫んでいる。


 だが、俺の耳にその名前は入ってこない。吐き気を催し、頭がグチャグチャになって、何も考えられないのだ。


「嘘ッ、なんで、こんな……っ」


 ミーニャも見てしまったのだろう。この、惨劇を。本当なら、今すぐに手当てをしてあげなければならないのに、体が……動かない。震えるばかりで、言うことを聞いてくれないのだ。


「どう? 傑作だろぉ? あいつら、入るや否や胸倉掴んできやがってよぉ。それで、腕一本切り落としてやったら、おとなしくなっちまってぇ。笑えるよな」


 それを、言うな。言ったの、誰だ。柊か、近藤か、友崎か。もはや、誰でもいい。お前らは、彼らの仕事を奪ったのだ。冒険者は体が資本だから、腕を欠損した瞬間に引退が決定する。


 そりゃ、俺だってこの人たちに追い出されそうになった。

 だけど、それには理由があって……。


 それに、少し話してみたら、意外と気さくで。これから一緒に冒険者生活を楽しもうと思っていたのに、お前らは……ッッッ! 


 俺の楽しみまでも奪いやがった。


 ――許さない。そう、俺の中で何かが弾けた瞬間、俺は近くにいた奴の胸倉を掴む。


「あぁ? なんだよ『メシジマ』。何か言いたいことでもあんのか?」


 そうか、こいつは友崎か。なら、さっきふざけたことを言ったのもこいつだな。一人ではイキれない、俺と同じ弱者のくせに……。


 無駄に体がデカいから、胸倉を掴んでもビクともしない。それどころか、俺を見下してやがる。


 いつもの俺なら、絶対にこんなことはしない。したとしても、すぐに怖気づいてしまいだろう。


 だが、今日は――今日だけは、弱い俺に力を――ッッッ!


「謝れよ。頭下げて、土下座して……。一生をかけて、詫びろッ! 償えッ! 彼らに尽くせッ! 後、俺は『メシジマ』じゃねぇ。『イイジマ』だ。覚えとけ!」


「おいおい、こいつ。なにマジになってんだよ。キャハハッ、笑える」


 いつの間にかそこにいた近藤が俺の肩に手を置いて、甲高い声を上げ不愉快に笑う。


 一体、なにが面白いのか、分からない。今すぐにその口を塞いでやりたいと……そう、思っていたからだろうか。今まで話に入ってこなかった柊の行動に気づけなかった。


 俺はなにも分からず腹を殴られ、よろめき――次の瞬間には、耐え難い痛みと浮遊感を味わい、受付がある方向に吹っ飛んだ。


 そのまま壁に激突し、


「――――カハッッッ!」


 口から空気を吐き出した。そして、肺が痙攣してしまっているのか、呼吸困難に陥ってしまう。そうなってしまっては、いくら心を奮い立たせようと、体はうずくまるのを止められない。


 きっと、俺の姿は無様なのだろう。少なくとも、彼らにとっては。


「み、見てみ、あいつ、きひッ! 一発蹴りいれただけでうずくまってやがんの」


「それな、柊。やっぱ、あいつはクソ雑魚だよ、クソ雑魚w」


「あんなんだから、城から追い出される。俺たち、あいつみたいにならなくてよかったよなw」


 言いたい放題。だけれど、すべて真実で。俺にはとやかく言う資格はなかった。


 だが、すべてを許せるほど俺は寛容じゃない。顔には出さないけど、とてもムカついている。それは柊たちにだけじゃない。なにもできない自分自身にも、向けられている。


 本当に、情けないな、俺は……。結局、やられてしまったのだから。


「――もう、やめてください! これ以上、彼らに危害を加えないでください!」


 ――叫びともとれる怒号の声が聞こえた。


 ミーニャのものじゃない。この声は、たしか……追い出されそうになった俺を助けてくれたアリアさんのだ。


 冒険者たちが柊たちにやられるところを見ていたはずなのに、どうして……。


「――あぁ? なにお前。今まで怯えてただけのくせに」


「それなwww。『メシジマ』の次にダサいよ、お前」


「ハルトくんはダサくありません。あなたたちの方がよっぽど卑怯で、卑劣で――ダサいです。早くここから出て行ってください! あなたたちの顔なんか、二度と見たくありません!」


 きっと、これはアリアさんの本心だろう。だが、柊たちに聞かせるべきではなかった。


「はあ? 可愛いから見逃してやろうと思ってたけど、や~めた。お前、今日から俺の――……」


 あれ? 言葉が続かない? 一体、何が起きて……?


 俺は痛みでうずくまったまま、顔だけを上げる。


「――久しぶりね、ハルトくん」


 柊の首筋に刃物を突き付けた黒髪の女性が、俺に対して柔らかい笑みを浮かべるのだった。


 えぇ……誰ぇ?

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