第87話 いざ魔界へ
さて、人と魔族の共存の道が見えてきて、歴史的な光と闇の勇者達が協力を誓ってから二日ほど。
私達は、とある問題に直面していた。
それは、それぞれの神の所へ攻め込むメンバーの事だ。
いやまぁ、普通なら
だけど、それに異を唱えた者がいる。
それは、ラトーガとマシアラの二人だった。
「私は、ご主人様から離れたくありませんワン!」
「小生も、ウェネニーヴ様から離れたくありませんぞ!」
そう言って、レルールとウェネニーヴから離れようとしなかったのだ。
まぁ、《神器》の力でレルールの犬と化してるラトーガはともかく、マシアラは我が儘はどうかと思うのよね。
駄々をこねるアンデッドにやんわりと注意すると、ちゃんちゃら可笑しいとばかりに鼻で笑われた。
「小生は、ウェネニーヴ様にお仕えするために魔界十将軍まで裏切ったのでありますから、ラトーガのにわか忠誠心と一緒にされては、心外ですぞ!」
「別に頼んでませんけどね……」
「んもー!そういう冷たい態度も、ツンデレかと思えばご褒美ですぞ!」
「無敵か、こいつは……」
完全に骨抜き(スケルトンなのに)にされてるマシアラの様子に、元同僚のザラゲール達もちょっと引いてるみたい。
だけど、そんなマシアラにラトーガが噛みついた!
「私の忠誠心が
一瞬、語尾を忘れるくらい素に戻りかけたラトーガだったけど、慌てて取り繕って、そそくさとレルールの足元に犬のように伏せる。
うーん、なんたる忠犬っぷり。
でも、これじゃあどうにも話が進まないし、
そう思ってレルールに提案すると、なぜか泣きそうな表情で彼女はポツリと呟いた。
「あの……ラトーガはもう、解放してるんです……」
……うん?
「で、ですから、私はもう彼女を鎖の《神器》で隷属化はしていないんです……」
……え?それじゃあ、なに?
今のラトーガは、
プルプルと震えながら頷くレルールの足元で、ラトーガは熱を帯びたねっとりとした視線で彼女を見上げていた。
「
こ、怖わぁ!
いや、確かにレルールはスイッチが入ると、若干キツい感じになるけどさ!?
だからって、あの冷たい暗殺者なラトーガが、こんな事になるなんて予想外すぎるでしょ!?
さっきマシアラに引いてたザラゲール達も、再びドン引きしてるし!
「君達は、あれか?他人をアブノーマルな方向に持ってく《加護》でも持ってるのか?」
ぐぬぬ、シスコンでドSのベルフルウに言われると心外だけど、現状を見ると返す言葉もない!
まったく……最後の戦いを前に覚醒するなんて物語の王道だけど、よりによって『下僕』とか『ドM』とかに目覚めるっていうのはなんなのよ。
「と、とにかく!ザラゲール達だって神様を相手にするんだから、少しでも戦力がほしいのはわかるでしょ?だから、マシアラとラトーガは
「いやでござる!」
「
くっ、即答……。
ウェネニーヴやレルールの言うことは素直に聞くのに、やっぱり私の言うことは聞かないわね。
「じゃあさ、お前らが魔界十将軍側に行って、神様を封じて帰ってきたら、ウェネニーヴやレルールがなんか言うことをひとつ聞いてくれる……っていうご褒美があったらどうよ?」
妥協案としてコーヘイさんが持ち出した提案に、マシアラとラトーガは目を光らせて振り返った!
「それはいいでありますな!その条件なら、小生は喜んで神の奴をぶっ飛ばしに行きますぞ!」
「私もそれなら従いますワン!」
「ええ……まさか、こんなに食いついてくるなんて……」
言い出したコーヘイさんの顔が引きつるほど、二人の顔は欲望に満ちている。
でも、マシアラ達のお願いを叶える事になる、当の二人は……。
「ワタクシは構いませんよ?その程度で彼等のやる気が出るなら、安いものです」
「ウェネニーヴ様と同じく、私も異存はありません」
あれ、案外あっさりと受け入れちゃったわ。
言い出しっぺのコーヘイさんも、ちょっと意外だったのかキョトンとしているくらいだ。
「よっしゃあぁぁぁぁっ!」
「うおぉぉぉぉっ!」
一気にテンションが上がる、マシアラとラトーガ。
その瞳から、炎を噴き出さんばかりにやる気を見せる彼等に、大丈夫かな……って少し不安になる。
「ま……まぁ、戦意が高いのはいいこと……だよな?」
自信無さげに呟くコーヘイさんに、私も曖昧な笑顔で頷くしかなかった。
それでも、少し心配だった私は、マシアラ達に聞こえないようにウェネニーヴ達にこっそり問いかける。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?二人とも……」
そんな風に聞いた私に、二人はにっこりと微笑んでもちろんですと答えてきた。
「まぁ、聞いてあげるとは申しましたが、それを叶えるとは言っておりませんので……」
「それに、卑猥な条件を出してきても、いざとなったら力ずくで反故にすれば良いですし」
レルールとウェネニーヴは、その可憐な笑みとは裏腹に、黒い本音を漏らす。
うう……前にも同じような事を思ったけど、あんなに素直で良い娘達だったのに、いったい誰に影響を受けてしまったのかしら……お姉ちゃんは悲しいわ。
「──さて、それではそれぞれの目標の元へ行くとするか」
だいたいの話がまとまった所で、ザラゲールがそう切り出した。
「ザラゲール殿達は、私が『天界への扉』の間まで案内しよう。あの扉を破れば、天界に直通で行けるだろうからな」
そう言った教皇様に、魔族達は神妙な面持ちで頷く。
「とりあえず、神に一発入れる時は『教皇の答えはこれや!』と一言添えてくれたまえ」
「あ、ああ……」
ポンと肩に手をおかれたザラゲールは、少し気圧されながら答える。
歴戦の勇者ある彼ですらちょっと圧されるなんて、お爺ちゃんの愛情パワー恐るべし。
「俺達が目指すのは魔界の首都、十将軍達が根城にしていた城の地下だ」
元魔界十将軍でもあるセイライが、
「魔界の首都か……そこに行くまでが大変そうだな」
「ああ。事情を知らない魔族や、狂暴な魔獣が襲ってくる可能性が高いとは思う」
「んー、あのさ。全ての魔族に私達のやることを説明して、戦いを避ける事はできないのかしら?」
「それは難しいだろうな」
私の問いかけに横から答えたのは、ベルフルウだった。
「一口に魔族と言っても、一枚岩って訳じゃない。我々、魔界十将軍に取って代わろうなんて野望を持つ奴等もいるし、邪神様の信者もいる」
なるほど……確かに、人間界にだってそういう勢力争いはあるもんね。
迂闊に反乱の口実を与えちゃったら、邪神を封印するどころか余計な面倒を引き寄せかねないか。
「まぁ、極力魔界の連中に会わないルートはセイライも知っているだろうから、そこを通れば小競り合いも少なく首都へ到達できるとは思うが」
ベルフルウに「なぁ?」と聞かれて、セイライも当然だと返す。
何となく仲が悪そうな二人ってイメージがあったけど、意外に馬が合うのかしら?
「よう、褌野郎。お前とはもう一度ガチでやり合いたいからな……死ぬんじゃねぇぞ」
「ふん、いいだろう。お前こそ、リターンマッチに挑めないなんて、間抜けな状況にならないようにな!」
死闘を繰り広げ、なにか絆っぽい物が生まれたらしいモジャさんとバウドルクが、拳を合わせて再会を誓っていた。
おっさん同士の友情……青春とは程遠いけど、これはこれで悪くないわね。
ただ、妙にキラキラした目でその様子を見つめる、ジムリさんがちょっと気になるけど……。
「エアルちゃん、エアルちゃん!」
モジャさん達に感化されたのか、ルマルグが私に向かって不意に声をかけてきた。
「もしも全部終わって平和になったら、私と友達になってね!」
私よりもしっかりしていそうな外面なのに、歳の近い女の子みたいな素直な物言いに、つい苦笑が漏れる。
「ええ、その時はよろしく」
そう答えると、彼女は嬉しそうに手を振ってザラゲール達の所へ戻っていった。
「……それじゃあな。あんたらの健闘を祈るぜ」
「ああ。俺も、お前らに武運がある事を祈ろう」
光と闇の勇者達が最後に握手を交わし、各々の仲間達と合流して背を向ける。
「オラ、さっさと行くでありますよ!」
「モタモタするな!」
異常なやる気を見せるマシアラとラトーガに煽られて、お前らが仕切るなと怒鳴りながら彼等はアーモリーの王都へと進んでいった。
その背を見送り、コーヘイさんが俺達も行こうかと促した。
さあ、私達が目指すは魔界の首都、そしてその城の地下!
いざ進まんと踏みだしたその時、わざと意識の外へと追いやっていた
「んふー!んん、んふー!」
失神している間にウェネニーヴに縛り上げられた、緊縛に目覚めた天使エイジェステリア。
正直、見なかった事にしてこの場に置き捨てていきたい所だけど、意識を取り戻してしまったならそういう訳にもいかないか……。
「……天界に
「かといって、今さらザラゲール達に預ける訳にもいかないし……」
この場にきて扱いに困る天使の存在に、私達は顔を見合わせる。
「仕方ない……敵対されても困るし、このまま魔界まで持っていこう」
はぁ……やっぱりそうなるか。
ひとまず道中で説得しようと決まり、仕方ないなぁと諦めていると、モジャさん達は縛られたままのエイジェステリアを、さらに大きな袋に放り込んだ。
そして、それを荷物みたいにひょいと背負う。
え、ちょっと待って?縄をほどいてあげないの?
「いや、ほどいたら逆に危なくないか?」
うっ……。
さっきの「私を縛って!」と興奮していた彼女の様子を思い出すと、確かに……。
天使に対する扱いにじゃないけど、そうも言っていられないか。
「なんかごめんね、エイジェステリア」
不可抗力だし、ちょっと気持ちが悪いとは思うけど、これはさすがに不憫な状況だもんね。
袋詰めにされた彼女ソッとに声をかけると、なぜだか興奮したような唸り声が返ってきた。
こ、この期に及んで、喜んでいるというの……?
底知れぬ天使の性癖に恐怖しながらも、気を取り直して見て見ぬ振りをした私達は、ザラゲール達がここに来る時に使用した、魔界へと続く
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