第55話 悲しみの聖女
「まずは、回復といこうか……」
呟いたライアランが合図をすると、ジムリとルマッティーノが胸元をはだけて、白い首筋を顕にした。
そうして、吸血鬼は二人の美女へ順々に牙を突き立て、ジュルジュルと血を吸いあげる。
うわぁ……吸血鬼が吸血してる所って初めて見たけど、なんて言うか……エロスを感じるわ。
いや、私がエロいとかじゃなく、たぶん血を吸われてる方の表情が妙に艶かしいせいもあると思うの。
その証拠に、私以外の仲間達は、心なしか前屈みになってるし……。
でも、ウェネニーヴはちょっと自重しなさい。
「ふぅ……」
食事……というか、回復を終えると、ライアランは小さくため息を漏らして、ジムリ達から離れた。
血を吸われた彼女達も、少し頬を染めながら服装を直していく。
「……吸血鬼が血を吸った相手を傀儡にするっていうのは、本当だったんだな」
「ほぅ、なかなか博学だな勇者殿」
おっ、今度はコーヘイさんの知識が合ってたみたいね。
「……うっ、うう……」
あっ、レルールが目を覚ましたみたい!
だけど、さすがにダメージが大きいのか、立ち上がる事はできないようね。
ただ、それでも彼女はなんとか仰向けになり、鋭い視線でライアランを睨み付けていた。
「いつから……ですか……」
それは、「いつから、ジムリ達を傀儡にしていたのか?」という質問だろう。
完全に勝ち誇ったライアランは、ニヤリと口角を上げてそれに答える。
「いつから……と問われたならば、最初から……ですかね」
「最、初……?」
「ええ。私が、
「なっ……」
「つまりねぇ、貴女の呪縛などいつでも外せたんですよ。だというのに、『魔界十将軍の一人を捕らえた』と得意になり、勇者を排して自分が人類をまとめようなどと奮起する、貴女の姿はとても滑稽でした」
可笑しくてたまらないと、口元を隠しながらライアランはレルールを嘲笑う。
「貴女に束縛されているふりをしていたから、ジムリとルマッティーノの不意を突くのは簡単でしたよ?人形になった彼女達には『いつも通りに過ごせ』と命令しておきましたから、貴女は気付かなかったんでしょうがね」
「くっ……」
「貴女は自分の意思で動いていたつもりでしょうけど、すべては私のシナリオ通りだった訳です。他の《神器》使い達に、
計画?
この場にいたライアラン側以外の人間が、みんな怪訝そうな顔をすると、奴は得意気に語りだした。
「私の計画……それは、人間同士の内乱を招く事です」
うん?
それって、私達が最初に戦った魔界十将軍の一人である、ジャズゴがやろうとしていた事と一緒じゃ……。
そんな考えが顔に出たのか、私を見ながらライアランはチッチッチッ……と舌を鳴らして指を振って見せた。
「君は、ジャズゴの事を思い出したようだが、奴と私では規模が違う。私が引き起こそうとしているのは、
せ、戦争!?
……いやいや、魔族や邪神との戦いが迫っているのに、人間同士で争う訳が無いでしょう?
「確かに、普通ならばいくら人間が愚かでも、我ら魔族の脅威を前に団結するだろう。だが、国政に発言件のある『聖女』が私の傀儡だったら、どうなりますか?」
それは……確かに、可能だわ!
「すでに、アーモリーの《神器》使い達は、私の支配下にあります。後は、レルール嬢の血を吸って人形に仕立てあげれば、作戦は九割ほど完了というわけですよ」
高らかに笑うライアランに、それでもレルールは気圧される事無く言葉を発っした。
「そんな事は……させない!」
「させない?どうやって?そうして転がる事しかできない、今の貴女に何ができるんですか?」
「…………」
「聖女だ大司教だとおだてられ、調子にのって私の罠に嵌まった愚かな小娘。それが貴女でしょう?」
ネチネチと罵倒を続けるライアランの言葉に、レルールは反論すらできずに唇を噛んでいた。
「悔しいですか?憎らしいですか?ええ、存分に恨みなさい。私はね、聖女と呼ばれてお高く止まった貴女が、負の感情に焼かれ、もがき苦しむ姿が見たかったんですよ!」
「くっ……うう……」
ライアランに煽られ、反論もできないレルール。
と、そんな彼女の瞳から、大粒の涙が零れた。
「うっ、ううっ……ぐっ……」
彼女は堪えようとするけれど、一度堰を切った涙は止まること無く、次々と溢れだして頬を濡らしていく。
ダメージのせいで涙を拭う事もできない彼女は、ただボロボロと泣きながら嗚咽を噛み殺していた。
「……ビューリホゥ」
急に真顔になったライアランは、泣いているレルールに向かってパチパチと拍手を送る。
「素晴らしい!あらゆる肩書きを取り去って、己の無力さに涙する無様な美少女の姿!これはもう、芸術と言っていい!」
そうは思わないかと、こちらに向かって声をかけてくるライアラン。
いや、そんなの振られても困るわ。
「ってうか、女の子泣かせて興奮するとかあり得ないでしょ」
「正直、理解しかねます」
「マジかお前、お前マジか?」
「それが、いい大人のやることかよ」
「自ら縛られ犬のフリ、正体ばらして延々なじり、少女の涙に大興奮。ドSでドMで真性ロリコン、救えませんぞ、この変態。あと、早口で美少女を責め立ててる辺りで、性的興奮してるっぽいのが最高に気持ち悪い」
『ないわー』
敵である私達はおろか、味方のはずのラトーガからもドン引かれて、ライアランは微妙な表情で唇をとがらせる。
あ、ついでに言えば、仲が悪いからなのかもしれないけど、妙に早口で捲し立てるマシアラも、十分に気持ち悪いわよ。
「それよりもよぉ、レルール相手に得意になりすぎて、俺達の前で計画の事をべらべら喋ったのは、大失敗じゃないのか?」
コーヘイさんの言う通り、ライアランの計画を聞いた以上は、黙って見ていられる訳がない。
「私もね、弟や妹がいる身としては、あなたみたいな女の子を泣かせて喜ぶ奴は放っておけないわ!」
小さい子をいじめるような輩は、《神器》使い云々を抜きにしても、懲らしめてやらねば!
ライアラン達を前に構える私達を、当の吸血鬼はフンと鼻を鳴らして一瞥した。
「無論、こちらとて君達を放っておくつもりはない。それに、忘れていないか?」
パチン!と再びライアランが指を鳴らすと、奴に操られている《神器》使い達が前に出てくる。
「こちらには、君達の《神器》を無効にできる者がいることをなぁ!」
ライアランから下された命令に従うモナイムが、天秤の《神器》を翳す!
しまった!私達のやり取りの間に、彼女はすでに発動の準備を終えてのか!
止める間もなく、《神器》から発せられた光が、対峙する私達を飲み込んでいった。
「くっ!」
光がおさまると同時に、コーヘイさんが苦々しい表情で、何かを確認するように自分の鎧を見回していく。
「ちくしょう……やっぱりダメか……」
「フハハハ、これで君達に勝ち目は完全に無くなったなぁ!」
勝ち誇るライアラン。
やはり、コーヘイさんの鎧の《神器》も、その能力を封印されてしまったらしい。
確かに、《神器》が使えなくなれば、私達は圧倒的に不利な立場だ。立場なんだけど……。
「んん?」
緊迫した雰囲気で睨み合うコーヘイさんとライアランを余所に、私は気の抜けた声を漏らして小首を傾げてしまった。
いやね、なんだか私の《
試しに重量操作をしてみるけれど、やっぱり重さは変えられた。
あれー?と思いつつ、もう一人の《神器》使いであるモジャさんに目配せしてみる。
すると、彼からも「大丈夫」といった仕草が返ってきた。
これは、どういう事だろう……。
私達の《神器》と、能力が封じられた《神器》。
その違いは…………あっ!
そうか、アレの違いだ!
原因に思い至った私は、思わずポン!と手を打っていた。
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