第47話 北から来た者達

 え、誰っ?

 いきなり、室内にドカドカと入り込んで来たの彼女達に見覚えはない。

 だけど……。


「うわ、可愛い……」

 思わずそう呟いてしまうほど、その一団の先頭に立つ少女は群を抜いた美少女だった。

 見た目だけだと、歳の頃はウェネニーヴと同じ、十代前半に見える。

 金糸のようなきらめく髪をツインテールでまとめ、パッチリとした瞳と長い睫毛が印象的な、整った顔立ち。

 汚れひとつ無い真っ白な法衣も清らかで、気高い印象を受ける彼女のためだけに、神様がデザインしたんじゃないかしらと思うくらい似合っていた。


 いやー、それにしてもウチのウェネニーヴもかなりの美少女だけど、それに匹敵するほどの美少女は初めて見たわ。

 でも、うっかり漏らした呟きをウェネニーヴに聞き付けられたせいで、彼女がこの美少女に敵意のこもった視線を向けるようになったのは失敗だったわね。


 それにしても、あの一団……よく見るとひとりの男性を除けば、女性ばかりじゃない。

 しかも、そのたったひとりの男性には何故か首輪を付けられて、美少女が手にする鎖に繋がれている。

 何かのプレイだとしたら上級者過ぎるけど、いったい何者なのかしら……。

 そんな疑問を抱えたいると、美少女はスッと歩み出て、コーヘイさん達に向かって一礼をした。


「初めまして、異世界からいらした勇者様。私は、アーモリー国で大司教を務めております、レルール・トゥアリウムと申します」

「アーモリーの……大司教!?」

 年齢の割りに、しっかりとした挨拶に優雅な振舞い……もしかして、見た目よりも歳上だったりするんだろうか!?

 それとも姓を名乗ったということは、彼女も貴族ということなんだろから、教育が行き届いているのかしら……。


 でも、なにより一番の驚きだったのは、やっぱり宗教国家アーモリーの大司教を名乗った事よね。

 よくわからないけど、大司教ってスゴく偉い役職なんでしょ?

 あの若さでそんな地位に着いてるなんて、どれだけの才能とコネを持っているのか、想像もつかない……。


「アーモリーの大司教だと……?」

「こんな子供が……?」

 レルールの外見も相まってか、アーケラード様達もすぐには信じられないみたい。

 そりゃ、そうよね。

「んん、確かに私は齢十三の若輩者ではありますが、本物ですわ。これが、その証拠です!」

 そう言って、懐から彼女が取り出した物を見て、アーケラード様達の表情が驚きに染まった。


「それは……教会の聖印」

「ならば、彼女は本物の大司教……」

 へー、そういう身分証みたいなのがあるんだ。

 まったくの平民で、その辺の事情に詳しくない私達は、何となく蚊帳の外な気分で、貴族達のやり取りを見ていた。


「……アーモリーの大司教様が直々にお出でになるとは、悼みいります。して、本日のご用件はなんでしょう?」

 勇者に代わって答えたアーケラード様は、丁寧に礼を返しながらも言葉の端にわずかな警戒感を滲ませている。

 まぁ、他所の国のお偉いさんが突然やって来たんだから、警戒するのも無理は無いか。


「貴様!レルール様は、勇者に……」

 コーヘイさんじゃなく、アーケラード様が答えた事に、鎖に繋がれた男の人が咎めるように身を乗り出そうとした。

 だけど、次の瞬間!


「がっ!?」

「私の許可無く、勝手な真似はしないようにと言ってあるでしょう?」

 堅い金属音と共に鎖を締め上げ、レルールが無理矢理に彼を黙らせた。

 可愛い容姿に似合わぬ、そのサディスティックな振る舞いに、室内はシンと静まり返る。

 外見が外見だけに、将来の女王様・・・を思わせるあのムーヴは怖いなぁ……なんて思っていると、モジャさんの槍でキーホルダーの振りをしていたマシアラが、カタカタと震えているのが目にはいった。

 ちょっと、不自然な動きをしないでよ!


 私は周囲の人達に気づかれないようにマシアラを掴むと、モジャさんの影に隠れてこっそり話しかける。

(ねぇ、なにを震えてるのよ!)

 もしも、レルールが震えるほど可愛いかったからなんて理由だったら、この場に捨てていこうかなと内心考えていたけど、彼が震えていた原因は繋がれていた男の人の方にあった。


(た、大変でござるよ、エアル氏!あの、鎖で繋がれている男……あれは、小生と同じ魔界十将軍の一人!『牢拉ろうら』のライアランでござる!)

 …………はぁ!?


「魔界十将軍っ!?」

 あっ……。

 マシアラの言葉に思わず叫んでしまった私に、全員の目が集中した。

「あ……あは、あはは……」

 なんとか誤魔化そうとして、顔を引きつらせながら愛想笑いをしていると、レルールがハッとしたように目を輝かせた。


「盾の《神器》……もしや貴女様は、英雄エアル様ではありませんか!?」

 え、英雄!?

 何よそれ、そんな風に呼ばれる覚えはないけど?

 突然の事に目を白黒させていると、ツカツカと歩いてきたレルールに、ガッと手を掴まれた。


「お会いできて光栄ですわ、エアル様!貴女様のご活躍、あちらの下僕より聞き及んでおります!」

 ええっ?

 魔界十将軍を下僕に!?

 いや、それより活躍って言われても、いったいなんの事?


 私なんて勇者から逃げてたし、《神器》も手放そうとしてただけなんだけど……。

 混乱した頭で、いまいち心当たりのない『活躍』とやらにキョトンとしていると、ご謙遜なされているのですねと、レルールは勝手に納得してるみたいだった。


「貴女様が、世界を滅ぼさんとする邪神軍の大幹部、魔界十将軍の三分の一を単独で退けたと、あちらのライアランが白状しておりました。これはまさに英雄の所業ですわ!」

 あ、そういう事!?

 でも、そんなのは仲間のお陰だし、偶然に助けられたようなものだ。

 それに絶対内緒だけど、魔界十将軍の一人マシアラが着いてきちゃってるしね。

 私はたいした事はしてないと正直に告げるのだけど、レルールはますます目を輝かせて、手に力を込めてきた。


「その奥ゆかしきお言葉、さすがでございます。仲間の功も蔑ろにしないその態度は、大司教として見習わせていただきますわ」

 ダ、ダメだわ!なんか話が通じない!

 すっかり彼女の中で出来上がってる、『英雄エアルの像』はかなり強固な物みたいだ。

 まぁ、無理に私はダメな子ですって卑下するのもおかしいし、そのうち誤解も解けるでしょうけど、ちょっとやりづらいなぁ……。


 そんな感じでレルールが私に熱い視線を送っていると、焼きもちを妬いたのか、ウェネニーヴが間に入ってきた!


「そろそろ、お姉さまの手を離してもらえませんかね?」

「あらあら、申し訳ありません。私としたことが、少し興奮してしまいました」

 ペロリと舌を見せてはにかむレルールは、もう絵に描いたような美少女で、ついため息が漏れてしまう。

 そんな私の自由になった手を、少し顔を膨らませて拗ねた様子のウェネニーヴが握ってきた。

 んもー、こっちも可愛いなぁ。

 昔、家の手伝いをする私の後ろをついてきた、弟や妹を思い出すわ。


「……ずいぶんと仲がよろしいですね」

 微笑ましい物を見つめるみたいに、レルールが私とウェネニーヴを見て感想を口にする。

「その通りです。ワタクシとお姉さまの絆は、切っても切れる物ではありません!」

 ふふんと胸を張るウェネニーヴに、レルールはクスクスと笑みを見せた。


「仲間の絆が強いのは良いことですわ。そんな貴女方と共に戦えれば、きっと邪神も倒せますわね」

 邪神を倒すって……もしかして!?


「はい。私も《神器》使いです」

 や、やっぱり。

 でも、それらしい物は何も装備してなさそうだけど……。

 そんな私の疑問が顔に出たのか、レルールは後方で魔界十将軍を繋いでいる鎖を見せた。


「この鎖が、私の《神器》ですわ。これにより、あのライアランも私に逆らう事はできません」

 そう言って目の高さまで持ち上げた、彼女の鎖。

 言われてみれば、レルールの外見に目を引かれて印象が薄かったけど、その鎖はきらびやかな細かい装飾と、それが《神器》だと納得させるだけの雰囲気に満ちてはいた。

 繋いだ者の自由を奪う『鎖の《神器》』か。そんなのもあるのね……。


 ただ、聞けば彼女の一行には、他にも《神器》使いが数人いるらしい。

 なるほど、それなら十将軍の一人を捕獲できたのも頷けるわ。


「魔族の大幹部が自ら乗り込んで来た時には驚きましけど、皆で力を合わせて捕らえる事ができました」

 うんうん、魔界十将軍の厄介さは、身に染みて知ってる。

 なのに、あんな連中を捕らえて捕虜にしてるなんて、それは普通にすごいわ。

 素直にそう言うと、彼女は「お誉めあずかり、声が光栄ですわ」と、照れた顔を見せる。

 うーん。なんていうか、あらゆる仕草が可愛いわね。

 ここまでナチュラルに人を惹き付けるのも、この歳で偉い地位に登り詰めた理由のひとつなんだろうな。


 でも、そういう事ならモジャさんの事も紹介した方がいいかしら?

 なんせ、彼も《神器》使いだもんね。

 しかし、モジャさんは彼を紹介しようとした私の背中を、彼女達の死角からポンと叩く。

 なんだろうと思って振り向くと、モジャさんは口許に指を当てて言わない方がいいという、ジェスチャーを送ってきていた。

 ……なんだかわからないけど、モジャさんが《神器》使いだという事は、隠しておいた方がいいという事ね。

 彼にも何か考えがあるみたいだし、それならここは黙っておこう。


「ん、んん!」

 不意に咳払いの声が聞こえ、私達はそちらに顔を向けた。

 さっきの私みたいに、話の外に置かれたコーヘイさん達が何か言いたげにこちらを見ている。


「……大司教殿が《神器》使いだったとは、驚きもあったが嬉しくもある」

 少し芝居かかった物言いで、アーケラード様はレルールへと手を伸ばした。

「つまり貴女方も、勇者コーヘイの元で戦うために集ったという事だろう?」

 歓迎ムードで両手を広げたアーケラード様とリモーレ様。

 しかし、レルールが返したのはわずかな嘲笑だった。


「残念ですが、です」

「逆……だと?」

 怪訝そうな顔をするコーヘイさん達に向かって、レルールは高らかに宣言した!

「我々の目的は、異世界からの勇者を完全に管理下に置くこと。それが叶わぬ場合は……」

 いったん言葉を切り、皆の意識がレルールに集まるのを確認してから、彼女はその可憐な唇から思いもよらぬ言葉を発した。


「人類にとって、争いの火種となる勇者という存在を排除することです!」


 えっ!?

 い、いまなんて……?

 レルールから発せられた言葉があまりに衝撃的で、どこか遠くで雷が落ちる音を聞いたような気がした……。

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