第46話 再会してみたけれど
「それでは、勇者様の元へご案内させていただきます」
最初、私達を怪しげに見ていたハズの信者のお姉さんだったけど、今はまるで賓客でも案内するかのような対応である。
『勇者の仲間となるべく、選ばれし者』の証である《神器》の効果は、絶大だったみたいだわ。
「ククク、腕が鳴ります……」
「裏切り者どもめ、首を洗って待っていろよ……」
ウェネニーヴとモジャさんが、私の後ろでブツブツと呟いてる。
さっき聞いた『勇者の偉業』とか、反抗組織メンバーのその後がそこまで気に入らなかったのかぁ……。
うん、ここは私が冷静に対処しなくちゃ。
「こちらになります」
案内してくれたお姉さんが、一階の奥にある大きな扉の前で足を止めた。
扉の大きさから、たぶん大食堂か何かなんだと思う。
まぁ、実際にそうなのかは知らないけど、領主って立場上、大勢の来客の対応なんかをしなきゃならないから、何かしらの大部屋は屋敷に有るものだって、故郷を出る時にうちの領主であるドルニャコン様から世間話で聞いた事がある。
パッと見オーガみたいな外見の優しい領主様の事を思い出し、ほんのちょっとセンチな気分になっていると、その大扉を案内のお姉さんはノックした。
『……何か?』
少しして、扉の向こうから女の人の声が聞こえた。
「勇者様へのご来客です。盾の《神器》使いと、その御一行がいらっしゃいました」
『なんだと!?』
驚きの声。そして暫しの沈黙。
けれど、『入りなさい』の声と共に、鍵の外される音がした。
んん?何よ、随分厳重な感じね?
変な立場に収まったとはいえ、勇者ともあろう者がそんなに警戒する必要は無いでしょうに……?
小首を傾げる私に構わず、案内のお姉さんが「失礼します」と声をかけて、扉を開いた。が、それと同時に室内から、甘い香りがモワッと噴き出してくる!
うぐっ!こ、これってまさか『勇者フェロモン』!?
勇者の《加護》で精製される、他人に好感を抱かせる香りが私達を一斉に包み込む!
……とは言っても、【状態異常無効】の《加護》を持つ私や、そもそも種族が違うウェネニーヴには通用しないけど。
心配なのはモジャさんだったけど、怒りと自身の加齢臭でどうやら『勇者フェロモン』は通じていないみたいだった。
「ああ……勇者さまぁ……」
完全に勇者の《加護》にやられているっぽいお姉さんは、部屋の主に酔ったような視線を向けながら、熱い吐息を漏らす。
私は、そんな彼女の視線の先を追って部屋の奥へと目を向けた。
「っ!?」
だけど、その奥にいた人物を目視した瞬間、私は思わず言葉を失ってしまう!
「おう……本当に、エアルじゃないか……」
玉座を思わせる立派な大椅子にどっかりと座り、私達を眺めながら呟く人物。
だけど、その人物は私の知る
妙な貫禄が付いたと言うか、威圧感が増したと言うか……まぁ、単刀直入に言うとスゴく太っていたのだ!
「あ、あなたは……本当にコーヘイさんなんですか?」
「もちろんだデブ!」
変わり果てた姿の彼が、力強く頷く。
でも、この短期間で語尾が『デブ』になるほど、太るものなの!?
まだ別人と言われた方が、納得できるわよ!
「お、お姉さま。
さすがのウェネニーヴも面食らったみたいで、自信無さげに私に尋ねてくる。
うーん、それは間違いないっぽいわね。
私の《加護》のひとつ、【加護看破】で見てみたけれど、ずらりと並んだ《加護》の数々は確かに勇者の物と一緒だ。
でも、なんでこんな短期間に、あんな立派な
もしかして、鍛えれば強くなる【身体強化】の《加護》が、怠けていたせいで逆の方向に働いたとか?
「そこの少女、失礼な事を言うな。彼は本物の勇者だ」
「そう。私達が証明する」
つい考え事に耽っていた私に代わるようなタイミングで、ウェネニーヴの言葉に勇者の両脇に控えていた人達が、返事を返してきた。
咎めるような口調ではあったけど、この声は……。
「アーケラード様!リモーレ様!」
こちらは間違いない!
剣の《神器》と杖の《神器》を携えたお二方の名前を、私は思わず叫んでしまった。
「久しぶりだな、エアル」
「おかえり。元気だった?」
逃げていた私を、まるで変わらない態度で迎えてくれる彼女達。
平民の私に、相変わらず気さくに声をかけてくれたけど、私が驚いたそんなお二方の格好だった。
《神器》こそ肌身離さず持ってはいるけれど、二人はかなりきわどい下着に、スケスケのネグリジェみたいな物を一枚纏っているだけ。
「あ、あの……なんですか、その格好は!?」
一応は二人とも大貴族のご令嬢なのに、なんでそんな夜の街のプロみたいな姿に!?
「ん……まぁ、そのなんだ、これはコーヘイのリクエストでな……」
「勇者たるコーヘイのモチベーションを維持するのも、仲間の努め……」
いやいや!そんな劣情を煽るだけの格好なんて、どういうサービスですかっ!?
うう……一番長い間『勇者フェロモン』を吸い続けた二人とっては、もはや常識的な判断よりも勇者を喜ばせる方が目的になってるのかもしれない。
けど、これは危険な兆候じゃないかしら……ほとんど洗脳に近いじゃない。
神様……あなたの与えた《加護》は、とんでもなくヤバい状況を作り出そうとしてますよ!
「それで、いったい何の用事で戻って来たデブか?」
おや?前は無理矢理にでもハーレムに入れてやる!みたいな勢いだったのに、ずいぶんと淡白な反応ね?
どうやら私のへの執着は収まったっぽい勇者は、面倒くさそうにそう尋ねてくるけど……何の用事って。
「そんなの決まってるじゃないですか、邪神を討伐する旅のために、もう一度話し合いをしようと思ったからです!」
まぁ、勇者の元から逃げたやつが何言ってんだと思われるだろうけど、ハーレムとか言わなければ逃げる必要が無かったんだから、そこはお互い様よね。
しかし、コーヘイさんとアーケラード様達は首を横に振った。
「俺達は、邪神を倒すための旅をするつもりはないデブ……」
「なっ!?」
耳を疑うような事を言った勇者に対して、私は思わず声をあげてしまった。
い、いったいどういうつもりよ!
「落ち着け、エアル。これには訳がある」
コーヘイさんとの間に入ったアーケラード様が、その訳を説明し始めた。
「つまりだ、邪神に対抗できうる唯一の希望が勇者だ。その勇者を危険な旅に従事させて、万が一にも命を落としたりしたらそこで希望は潰えてしまうだろ?」
「だから安全なこの街に拠点を置いて、向こうが攻めてくるのを待つという作戦」
「そういう事だデブ」
……いや、ダメでしょうその作戦。
だって、それじゃあ戦場になるのはこの街って事ですよ?
一般市民に犠牲が出たりしたら、最悪じゃない!
「勇者様の足手まといにならないように、頑張ります!」
その可能性を考慮してみたけれど、案内のお姉さまはキラキラした目で、やる気に満ち溢れた返事をしてくれた。
も、もしかして、街の人みんながこんな感じなの……?
怖っ!勇者フェロモンの洗脳、怖っ!
「なんにせよ、強固な盾の《神器》と攻撃力の高い槍の《神器》が合流したのはめでたい事だデブ。エアルは俺の側に、おっさんは街の壁の外に配置する事にするデブよ」
「なっ!ふざけんなよ、小僧!」
「うるせえ!こちとら慈善事業やってんじゃねぇんデブ!男は黙って外で働くデブ!」
うわ、下衆い。
食ってかかったモジャさんに、訳のわからない逆ギレをした勇者の怒声が響いた時、大部屋の左右にある扉から、褌一丁の集団が室内に雪崩れ込んできた!
ええっ!? 何この人達は?
そいつらは流れるように私達を取り囲み、包囲することで逃げ道を塞ぐ!
「久しぶりだなぁ、頭に嬢ちゃん」
褌集団の中から、なにやら見覚えのある人が歩み出てくる。
えーっと、確か……そう!モジャさんの率いていた反抗組織で、副リーダーをやってた人!
「そういや、お前ら勇者の護衛になってたんだな……」
かつての仲間に囲まれて、モジャさんは小さくため息を吐く。
「ああ、勇者様を守る栄誉ある仕事さ。だから、アンタらが勇者様に牙を剥くなら、心苦しいが拘束しなきゃならねぇ」
言葉の端々からは、モジャさんと戦いたくないって雰囲気は伝わってくる。
だけど、勇者に心酔してる彼等は、その任務を遂行するでしょうね……。
「モジャさん、どうしよう……」
さすがにもめたくはないだろうなと思って、どうしようか尋ねようとしてら、彼はスゴい顔で満面の笑みを浮かべていた。
「まぁ、勇者との話はちょっと置いといて、だ。つかぬ事を聞くけど、お前らみんな結婚したんだって?」
「あ、実はそうなんだよ~」
突然の問いかけだったのに、彼等はフニャリとした緩んだ笑顔になった。
「これも勇者様のお陰でよぅ」
幸せそうに笑う元反抗組織のメンバー達に、モジャさんもうんうんと頷いて彼等に近付いた。
「それでぇ?どんな別嬪さんとくっついたのかな?」
にこやかに肩を組んで話しかけてるけど、目がまったく笑っていない。
これは……場合によっては、いつでも投げ技に移行するつもりだわ。
「ああ、見てくれよ、ウチのかみさん!」
ひとりがお嫁さんの肖像画を見せると、元メンバー達も「我も我も」と見せて来ていた。
そ、そんな幸せそうな絵を見せたら、モジャさんが嫉妬で鬼になってしまうんじゃ!?
悪鬼となって暴れるかもしれない彼に備えて、盾を構えるていると不意に彼から立ち上る闘気が消えた。
それと同時に、先程の張り付いたような笑みとは違う、慈愛に満ちた笑みが浮かんでいる。
え?な、何があったんだろう?
キョトンとする私達の所に戻ってきたモジャさんは、小さな声でただ一言。
「あ、あいつらの嫁……ブスばっか」
思わず、私はモジャの頭をひっぱたく!
ちょ、ちょっとぉ!
そんな、どこかから滅茶苦茶に怒られそうな事を言わないでよっ!
しかし、そんな私のツッコミをくらいながら、モジャさんは含み笑いを抑えていた。
あげく、結婚おめでとうなんて、祝福までしている。
ま、まぁ……ちょっと思うところはあるけれど、すっかりご機嫌になってる彼の様子を見て、それで納得するなら変に揉めるよりはいいかもしれないと、このモヤモヤは私の胸の内に仕舞っておくことにした。
「と、とにかく私達は揉めるつもりはなですけど、コーヘイさん達の案には賛同しかねます!一般市民を巻き込むかもしれないな作戦は、勇者としてダメだと思います!」
そうキッパリと言い放ったその時!
いきなり、部屋の扉が勢いよく開かれた!
「まったくもって、その通りですわ!」
突然、よく通る声と共に室内に入り込んで来たのは、ひとりの少女を先頭にした謎の一団だった!
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