第44話 修行道中

 エルフ達の国に来た時と同じように、世界樹の都を出てから数日ほど。

 プルファに案内されて、私達はようやくエルフの国の縄張りを抜けることができた。


「そんじゃ、私が案内できんのはこごまでです」

 短い間だったけど、一緒に過ごして仲良くなれた彼女は、涙を浮かべて別れを惜しんでくれた。

「どうが、気を付けでない。あど、兄ちゃの事もよろしくお願ぇします」

 今は行方をくらましてるけど、ピンチの時に颯爽と駆けつける美味しいポジョンを狙ってるセイライとは、またいつか顔を合わせる時がくるだろう。


「兄ちゃが調子に乗り過ぎたら、遠慮なくシメてくなんしょ!」

「あはは……」

 ブンブンと拳を振って力説するプルファに、私達は苦笑いを返す。

 そうして少しの間、他愛もない話をしていたけれど、いよいよ別れの時は来た。


「んだば、お達者でー!」

 見送ってくれたプルファに手を振り返し、私達は勇者の滞在するフグズマへと向けて、来た道を戻り始めた。


 ──と、いうのが五日ほど前の話。

 それで現在はといえば、フグズマまでの道のりの三分の一ほどを進んで来た辺りに、私達はいた。

 いえね、別にサボっているわけじゃないのよ?


 まず、私達が以前にフグズマの都クロウラーから国境近くまで移動した時は、竜の姿になったウェネニーヴに乗っていた事もあって、正確な距離が測れていなかった事がある。

 あの時はひとっ飛びだっであっという間だったけど、地上を進むとやっぱり勝手が違うわ。


 そしてもうひとつ、私達の歩みを遅くする理由が、マシアラの作り出すゴーレムだった。

 ……とは言っても、悪い意味じゃないんだけどね。


「せりゃあ!」

 モジャさんの気合いのこもった声が、森の中に響く!

 今、彼が対峙しているのは、身の丈二メートル以上もあるオーガだ。

 でも、正確に言えばオーガ風のゴーレム・・・・なんだけど。


 そう、これはマシアラが作り出したゴーレムの一種。

 実は彼、アンデッドタイプや女の子タイプ以外にも、様々なゴーレムを作り出せたのだ。


「究極の肉体をゴーレムで作りたいと様々な種族の研究した結果、いかなる形態のゴーレムも作り出せるようになったのでござるよ」

 そう自慢気に話していただけあって、彼が作るモンスタータイプのゴーレムは、本物と寸分も違わない精巧な物だった。

 っていうか、そんな事ができるなら、悪趣味な物を作らなければいいのに……。


 まぁ、それはさておき、これからの事を考えるとトレーニングをしておくに越したことはない。

 なので、こうして進行速度を緩めては、たまに訓練しているという訳である。


「どうだ、コノヤロー!」

 モジャさんの技がガッチリとオーガゴーレムを捕らえ、ギリギリと締め上げた!

 しばらくは抵抗していたゴーレムだったけど、やがて力尽きてガクンと全身から力が抜ける。

 と、同時にその体が灰になって崩れ落ちていった。


「ふぅ……やっぱり、スパーリングの相手がいると違うな!」

 さっぱりした顔で汗を拭うモジャさんを見てると、彼がゴーレムを使うと言ったのには、こういう意味もあったのかと改めて思う。

 なんていうか、性処理ばかりに使うと思ってた自分が、ちょっと恥ずかしいわ。


 トレーニングを終えたモジャさんは、ウェネニーヴにも訓練をするか?と尋ねていたけど、彼女はまったくやる気のない声で断っていた。


「竜がなぜ強いと思います?……生まれながらに強いからですよ」

 命をかけた戦いならいざ知らず、訓練なんて遊びはやる気にならないと嘲笑って、ウェネニーヴは私の隣にちょこんと腰を下ろした。

 うーん、この傲慢とも言える態度でも、竜の言葉となると説得力があるわね。

 さすがは、最強種と言われるだけの事はあるわ。


「……それじゃあ、次は私が訓練しようかな」

 そう告げた私に、モジャさんやマシアラが珍しい物でも見たような顔になる。

「どうしたってんだ、やる気じゃないか」

「うん……私も足手まといになりたくないし」

 今まで奇策と幸運に助けられてやってこれたけど、これから勇者とパーティを再結成して邪神に挑むようになるかもしれないと思えば、私なんてまだまだ弱すぎる。

 せめて、この盾を生かした防御で、敵の攻撃を引き付ける位はできなきゃね。


 そう話すと、マシアラはいたく感動したように、骨だけの手で拍手を送ってきた。

「素晴らしい心構えですな、エアル氏!そういう事なら、小生も力の限りお手伝いいたしますぞ!」

 いや、あんまりキツいのは無しにしてね。

 うちのパーティには回復魔法を使える人がいないんだから、大怪我とかしたらヤバいんだから。


 一応、注意はしたけれど、聞いているのかいないのか……気合いを込めてマシアラが生成したのは、奇妙な姿のモンスタータイプだった。

円筒状の本体に無数の触手を生やし、スライムみたいなブヨブヨした軟体生物っぽい体で出来ている。

 意思の無いゴーレムながら、邪悪な雰囲気を醸し出すその姿は、こちらの世界では見たことがない、まさに魔界のモンスターって感じだった。


「それでは、このゴーレムの触手攻撃を、盾で受け止めるなり避けるなりしてくだされ」

 なるほど、確かにあらゆる角度から多彩な攻撃をしてきそうな造形だわ。

 予測しづらいこのゴーレムの攻撃は、私にとっていい訓練になるだろう。

 よーし、かかってらっしゃい!と盾を構えた所で、マシアラが思い出したように口を開いた。


「そうそう。ちなみに、捕獲されるとエッチな感じに縛り上げられますので、お気をつけくだされ」

「なによそれはっ!」

「なんですか、それはっ!」


 マシアラの注意喚起に、私とウェネニーヴの声が重なった。

「お姉さまにそんな辱しめを受けさせるつもりですか……」

 主と仰ぐウェネニーヴの迫力に、マシアラは小さなその身がさらに縮んで見えるほど気圧され、畏縮している。

 いいわよ!もっと言ってやって!


「ぜひ見てみたいので、全力でやりなさい!」

 うおぃ!なに言ってんのよ、ウェネニーヴさん!?

「大丈夫です、お姉さま!いざという時は、ワタクシが助けますから!」

 いや、そういうこっちゃないでしょ!?

 しかし、私の抗議など彼女の耳に届いている様子はない。


 こ、これはひょっとして、私そっくりなゴーレムで欲求不満を解消した事で、ウェネニーヴの中で新しい扉が開いてしまったのかしら……。

 触手に捕まり悶える私を想像してるのか、うっとりとした表情を浮かべる彼女の横顔には、以前とは別の情欲みたいな物を感じる。

 ぐっ、変な趣味に目覚める前に、いっぺんキツく叱っておかないとダメかもしれないわね。


「グフフ……それでは、参りますぞエアル氏」

 心なしか、いやらしい笑みを浮かべて、声をかけてきたマシアラに、私も覚悟を決める。

 こうなったら、自分の身は自分で守るしかない!

 誰が触手に絡まれて「イヤン、エッチ♥」な姿を晒してなるものかっ!


「それでは……スタート!」

 マシアラの合図と同時に、あらゆる方向から振るわれるムチのような触手の嵐に、私はこれまでにない緊張感と集中力を持って立ち向かっていった。


          ◆



 ──とまぁ、こんな感じで、修行しながら二週間ほどかけて、私達は因縁の街クロウラーの入り口へとたどり着いた。

 ちなみに、修行の時に触手に絡まれたのは一度だけ。

 けど、メチャクチャ恥ずかしい格好をさせられたから、あの触手モンスタータイプのゴーレムは二度と使わないと心に誓った。


 まぁ、それはそれはどうでもいいんだけど……なにこの光景?

 唖然とする私達の目の前には、街の入り口から「勇者教」と大きくかかれたのぼりのような物が数本、立ち並んでいる。

 さらに、門を守る衛兵は勇者教の腕章を着けて、出入りする人間に胡散臭いまでのにこやかな笑みを投げ掛けていた。

 でも、その笑顔がなんだか人間味を感じなくて、逆に怖いわ。


 できれば近づきたくないと思いはするけど、ここまで来て街に入らないんじゃ意味がない。

 とにかく一度、街の中へ入ってみなきゃね。


 身分証明とかできる通行許可書はないし、モジャさんは褌一丁と怪しすぎるけれど、《神器》を見せればたぶん大丈夫でしょう。

 そんな事を考え、少し不安を抱えながらも街に入る人の列に並んでいると、なにも問われる事無くすんなり入る事ができた。

 って、完全にスルー!?衛兵のいる意味が無くない!?

 疑問は残った物の、ここで下手に突っ込んで揉め事が起きては困るので、モヤモヤしつつ街の中を進む。


「おい……どうなってんだ、こりゃ」

 モジャさんがそう思うのも無理はない。

 なぜなら、街中はあらゆる意味で「勇者教」一色に染まっていたからだ。

 街の入り口みたいに、あちこちに幟が立ってることから始まり、一部の商魂たくましい人達が街の外から来た人達に声をかけている。


 「勇者まんじゅう」だの「勇者モナカ」だの、観光地でよくある名物商品みたいなものまで売られていたのには、つい失笑してしまった。


「ほんとに、どうなってんだよ……」

「うーん、これは……」

 私だって、こんな訳のわからない光景を説明しようがない。

 私達みたいに街の外から来た人達はこの光景には困惑してるみたいだけど、前情報でも待っていたのか、大きなトラブルなんかはないようだった。

 でもまぁ、さすがに聞いた話と実在に見た街並みのギャップはに、戸惑ってるみたいだけど。


「うう、これからどうしましょうか、お姉さま……」

 居心地が悪そうなウェネニーヴの問いに、私とモジャさんは顔を見合わせる。

「そう……ね。取り合えず、ジャズゴを倒した後がどうなったか気になるから、領主様の所に行ってみましょうか」

「ああ、それがいいかもな。チームの連中がどうなったかも気になるし……」

 チームの連中……つまり、モジャさんが以前にリーダーを勤めていた、反抗組織『裸がユニフォーム』の面々の事だろう。


 元々は「悪徳領主にお灸を据える」ために結成されたのが彼等だったけど、領主様に成り済まして悪事を行っていた黒幕、魔界十将軍の一人、蛙人間フロッグマンのジャズゴは、なんやかんやで私達が倒した。

 その後、乱入してきた勇者から逃げるのに精一杯だったから、後の事は知らないのよね。

 どういう経緯があってこうなったのか、ちょっと事情を知りたい所だわ。


 たぶん、無事に助け出されたであろう領主様なら、その辺について話を聞けるかもしれない。

 だから、情報収集も兼ねて、ひとまず領主様の屋敷へ向かった私達だったけど……。


「なにこれ……」

 屋敷にたどり着いた私達は、その変わり果てた屋敷の様子に、再び唖然とさせられるのだった。

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