第42話 マシアラからの提案
「とりあえず、潰します」
躊躇なく、小さいマシアラを踏み潰そうとするウェネニーヴ。
しかしそんな彼女に向かって、「ありがとうございます!」とマシアラが両手を広げて返した瞬間、それは嫌そうな表情でウェネニーヴの動きが止まった。
「お、お姉さまぁ……」
ううん、なんていうのかしら……もう、触るのも嫌って感じで、ウェネニーヴが泣きついてくる。彼女にとっては、ゴキブリとかを踏み潰すみたいな嫌悪感に近いのかもしれないわね。
それにしても、竜であるウェネニーヴにここまで嫌われるというのは、ある意味スゴいわ。
「グフフ、そう嫌わないでいただきたい……。割りと傷付きますぞ」
声を振るわせながら訴えるマシアラはちょっと哀れに思えたけど、よく考えたら自業自得だもんなぁ。
ウェネニーヴにいやらしい事もしてたし、同情とかはできない。
「いったい、何しに来たんですか!」
うん、それが問題よね。
さっきウェネニーヴを様付けしてたけど、どういうつもりなのかしら?
「グフフ、それなら簡単ですぞ。小生、このたび邪神軍を抜けて、ウェネニーヴ様達ご一行にお供させていただきたいのでござる」
はぁ?
何をいきなり……。
「そんな言葉が、信じられるとでも思っているんですか?」
完全に拒否モードのウェネニーヴに、マシアラは土下座しながら懇願してきた。
「小生、このまま邪神軍に戻っても粛正されるのを待つばかり。それならば愛しき
「ようは、失敗して殺されるのは嫌だから裏切るという事ですね。そういう手合いは、また命の危機が迫れば平気で裏切るでしょう……」
即座に切り返したウェネニーヴの言葉は、マシアラを凍りつかせる。
全くもって彼女の言う通りだし、ついでに言えば十代前半な外見のウェネニーヴに、愛を告げるあたりもどうかと思う。
「そ、そこをなんとかっ!アンデッドのこの身で、命を惜しむものではござらん……ただ、ウェネニーヴ様のお側にいたいだけの余生なのであります!」
恥も外聞も投げ捨てて、それでもマシアラは食い下がってくる。
し、しつこいなぁ……。
それからしばらくの間、二人の押し問答は続いていたけど、息を切らせていたマシアラが、不意におとなしくなった。
やっと、諦めたのかしら?
「……こうなったら、小生の奥の手を使わざるをえませんな」
奥の手?まさか、またアンデッド風ゴーレムの軍勢を大量発生させるつもりなんじゃ……!?
警戒して盾を構えていると、マシアラの影から黒い霧のような物が立ち上った!
それはみるみる形を変え、骨格を形成すると、筋肉が絡み付き、脂肪を身に付け、皮膚を纏い仕上がっていく。
さらに、髪が伸びて服を……って、これは!
「お……おお……」
ウェネニーヴが思わず、感嘆の声を漏らす。
マシアラが造り出したゴーレムは、アンデッドなどではなく、
「グフフ、いかがでござろう。これぞ、小生の技術の粋を集めた逸品!名付けて、『HGフルスケール・ゴーレム、タイプお義姉さま』!」
なにその名称!?あと、誰があんたの義姉なのよ!
「グフフ、ウェネニーヴ様にとってお姉さまなら、小生にとってはお義姉さまも同然でござるよ」
その理屈がわかんないって言ってるの!
しかし、いつもだったらとっくにマシアラに対してツッコミを入れたであろうウェネニーヴは、眼前の私にそっくりなゴーレムに目を奪われている。
「こ、これは動くのですか?」
興味津々の彼女がマシアラに尋ねると、もちろんでござるとアンデッドは自慢気に答えた。
「今のままでも小生が操る事はできますが、よりいっそうモデルに近づけるためにそこらの低級霊を利用した擬似人格をインストールするのでござる。すると、ウェネニーヴ様の理想とする反応を返すようになりますぞ!」
「ほう!」
「例えば、夜に寂しくなった時にこのゴーレムを利用していただければ、ウェネニーヴ様がご満足いくような一夜を過ごせる事、請け合いですぞ!」
「ほうほう!」
「そして、小生の技術力の最高峰ともいうべきこのシリーズは、内臓の形まで再現しております故、いわゆる下の方も……」
そこまでマシアラが解説していた時、彼の言葉を遮るような破壊音が部屋に響いた!
なんの音かって?
私が、この私そっくりのゴーレムを、盾でもって粉砕した音よ!
「お、お姉さま……?」
「エ、エアル氏……?」
ゴロンと転がり、そのまま塵となったゴーレムの頭を見て、ウェネニーヴとマシアラはなんて事を……と言いたげに声をかけて来る。
けど、私が一睨みすると「ヒッ!」っと小さな悲鳴をあげた。
「あ、あの……何かお気に召さぬ点でもござったでしょうか?」
創作者の意地なのか、マシアラはビビりながらも再び問いかけてくる。
んー、気に入らない点ね ぇ……。
「あのね?どこの世界に、自分そっくりな
私の指摘に、二人がビクリと震え上がった!
この反応は、やっぱりいかがわしい事をしようと思ってたのね。
まぁ、寂しい夜の相手だの、下の方も再現だの、思い通りの反応だの、もう
「……こんな物を作るなんて、やっぱりマシアラは連れていけないわ」
「そ、そんなぁ……」
そんなぁ……じゃないでしょう!
百歩譲って、あんなゴーレムを作った事には目を瞑ったとしましょう。
でも、私の正確な身体データなんてどうやって調べたっていうのよ!
「小生ほどのアンデッドなら、見ただけで骨格から何から看破できますし……」
それはそれで、気持ち悪すぎて無理!
しかし、思いがけぬ方向から擁護の声は飛んできた。
「いえ、お姉さま……今後、敵の攻撃が激しくなる事を考えれば、マシアラを連れていくべきだと思います」
うぉい、ウェネニーヴさん!?
さっきとは言ってる事と態度が、全然違うじゃないの!
「これだけ精巧な影武者を作れると考えれば、連れていくだけの価値はあります!それにワタクシ以外には、お姉さま型のゴーレムを作らないと誓わせますので……」
「確かにエロスな目的がないと言えば嘘になるでござるが、ある意味でウェネニーヴ様のガス抜きに使えるし、エアル氏も一人になりたい時があるでござろう?そんな時、小生のゴーレムが……」
唐突に早口になった二人に挟まれ、左右からステレオで説得する声が響く。
その怒濤のような論調に押されて耳を塞ごうとしたけれど、必死の形相で迫る彼女達に手を押さえられてしまった。
ちょっと!なんでいきなり連携がとれてるのよ!
声にならないツッコミを入れるけど、熱のこもった彼女達には届くことはなく、その拷問にも近いお願いはこの後二時間近くにも及ぶのだった……。
「……ですから、」
「……そういう訳で、」
二人の声がちょうど途切れた時、私は片手を上げて言葉を止めさせた。
「……わかった……好きにしていいわ……」
もう降参……。
精も根も尽き果て、なかば
「わぁい!今後ともよろしく!」
「ええ!あなたのゴーレムには、期待していますよ!」
利害が一致して、腹に一物持ったような笑みを浮かべる二人の様子を見ながら、私の意識は暗い闇の中に沈んでいった。
だめだ、疲れた……おやすみなさい……。
◆
翌朝。
いつの間に運ばれたのか、私はベッドの上で目を覚ました。
ウェネニーヴが運んでくれたのかしら……そう思って辺りを見回すけど、彼女の姿は見当たらない。
代わりといってはなんだけど、なぜか目隠しをされて一人良い姿勢で床に正座する、マシアラの姿は確認できた。
……いったい、どういう状況よ。
「ちょっと、マシアラ!ウェネニーヴはどこに行ったの?」
「おお、エアル氏。お目覚めになられましたか」
軽く挨拶を返してくるマシアラに、もういっぺん状況の説明を求めた。
「はっ。ウェネニーヴ様なら、例のゴーレムを連れて昨夜から別室で休んでおりますぞ」
れ、例のゴーレム……。さっそくかぁ……。
軽く目眩がしたけれど、仕方ない。それより……。
「そ、そう……。それで、あんたは何をしてるの?」
「はっ、ウェネニーヴ様の命令に従って、あの方が戻ってくるまで、ここで放置されておりまする」
放置って……。
一瞬、何やってんのと言葉に詰まるけど、当のマシアラはまんざらでもなさそうだ。
「いやぁ、小生は放置プレイというのは初めてでありましたが、これで中々……悪くありませんな!」
主から粗雑に扱われる感覚が被虐心を刺激すると、マシアラは息を荒げたけれど、私はそれを無言でスルーしてベッドから起き上がった。
とにかく、マシアラと二人きりになるのは嫌だったので、ウェネニーヴを探しにいこうかと思っていると、プルファがひょっこりと顔を覗かせる。
「あ、おはようプルファ……」
朝の挨拶をすると、なぜか顔を赤くしたプルファは部屋の入り口辺りで、しきりに室内の様子をうかがう。
あ、まさかマシアラの気配を感じているんじゃ……。
さすがに、昨日まで戦っていた彼がいると知れたら、色々と面倒だわ。
今は機転を効かせて、床に転がって死んだふりをしているマシアラが見つからないように、なんとか誤魔化さなきゃ。
どうした物かしらと考えを巡らせていると、「あの……」とプルファがオズオズと口を開いた。
「……今はウェネニーヴちゃんは、いねぇんですか?」
ん?ウェネニーヴ?
彼女に何か用なのかな?と、用件を聞いてみる。
「いや……むしろエアルさんに」
私に……なぁに?
「エアルさんどウェネニーヴちゃんが
それだけ告げると、プルファはそそくさと去っていった。
「……どういう関係よ」
言葉の意味が理解できず……いや、正確には理解したくなくて、私はそんな言葉を漏らす。
あ……なんだか、変な汗が流れてきたわ。
そんな風に内心動揺していた所に、今度はモジャさんが姿を現した。
「よ、よう……」
なんだか気まずそうに挨拶してくる彼に、私も少し緊張しながら挨拶を返す。
すると、モジャさんは、意を決したように口を開いた。
「あのな……ウェネニーヴを受け入れたのはいいんだが……なんていうか、ホドホドにな?」
優しさと哀れみのこもった、彼の気遣うような物言いに、私の姿を中で何かが弾けた!
「ウェネニーヴゥゥゥゥゥッ!」
もう、間違いない!
おそらく、彼女は私の姿をしたゴーレム相手にハッスルし、それを目撃されて誤解が広まったのだろう!
やり場のない様々な感情がごちゃ混ぜになった私は、血を吐くような思いで彼女の名を叫ぶ事しかできなかった……。
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