第21話 堕ちた英雄

 セイライと別れてから三日後。


 遥か北のアーモリー国を目指すはずの私達は、いまだウグズマ国と隣り合わせである、マーガータ国との国境近い山岳地帯をウロウロしていた。

 いや、違うのよ、サボってる訳じゃないの。

 なるべく人目につかないように移動したい私達は、街道以外でマーガータ国に入るルートはないかと探していたのよ。


 私の故郷であるファーキン国からウグズマ国に入る時は、ウェネニーヴの巣穴の近くだったりとか、モジャさん達のグループと一緒だった幸運があったから、うやむやのまま国境を越えられた。

 だけど今回は内部の事情に詳しい人はいないし、下手に関所を通れば足がついちゃうかもしれない。

 だから、こうして山の中を進んで、人知れずマーガータ国に入ろうとしていたのだ。


 いやー、それにしても道が険しいだけじゃなく、この辺はモンスター多すぎじゃない?

 山や森によく出る魔物の代表格なゴブリンを始め、オーク、コボルト、さらにオーガなんかもいた。

 まぁ、それらはウェネニーヴが威圧してやれば大概は逃げたんだけど、問題はそういった魔物を食う事で凶暴化した、野生動物なのよね。

 あいつらは魔物を食べた影響で、並みの個体より強くなってるんだもん。

 揚げ句の果てに空腹にかまけて、どんな相手にも襲いかかるから危険きわまりない。


 とはいえ、私でもなんとか倒せるレベルだからウェネニーヴの敵じゃないし、魔物食いの動物の肉はめっちゃ美味しくなるから、悪いことばかりじゃ無いんだけど。

 それにしたって、それらとの遭遇率が高すぎる。

 色々な意味でタフな仲間達と違って、私は少しうんざりしながら進んでいた。


 そして、さらに翌日の昼ごろ。

 ちょうどよく木々の間の開けた場所に出たので、そこで昼食を取っていた時の事だった。


「──囲まれていますね」

 魔物食いの猪肉にかぶりついていたウェネニーヴが、ポツリと呟いた。

「もう……せっかくゆっくり出来たと思ってたのに……」

「昼飯の匂いに釣られて来たかな?」

 まったく迷惑な話だわ……仕方なく、私達は食事を中断して迎撃のために立ち上がる。

 取り囲むくらいの連携が取れてるって事は、数や知能からして野生動物ではなく、魔物の類いだろう。

 オークかな?コボルトかな?


 しかし、身構える私達の前に現れたのは、意外にも十数体のゴブリンだった。

 大概は頭が悪いので、数に勝っていれば連携もクソもなく、勢いまかせで襲って来る魔物なのに、ちゃんと統率が取れてるとは珍しい。

 もしかして、リーダーシップを取るような、強い個体に率いられた群れなのかも。

 でもまぁ、ウェネニーヴがいるから楽勝でしょう。


「失せなさい、雑魚ども」

 竜の闘気を軽く解放して、ウェネニーヴがゴブリン達を威嚇する。

 ビリビリと空気が震え、近くにいた小動物達が一斉に逃げ出していった。が、ゴブリン達は恐怖におののきながらも、逃走しようとはしない。

 はてな?どういう事なのかしら?


「……なんだ、こいつら?」

 疑問に思ったらしいモジャさんも首を捻る。

「たかがゴブリン風情が……なめられた物ですね」

 彼女の威嚇に屈しない下級の魔物達に、竜のプライドが刺激されたのだろう。

 好戦的な微笑みを浮かべて、ウェネニーヴが踏み出そうとしたその時。

 突如、一本の矢が彼女の足元に飛来した!ってあれ?

 この矢は……。


「やはり……そうだったんだな……」

 聞き覚えのある声と共に、ゴブリン達の背後の森から姿を現す、細い人影。

 包帯を右腕に巻き、眼帯で顔の半分を隠した奇妙なエルフ。

 それは数日前に勇者に会いに行くからと言って別れた、弓の《神器》の持ち主セイライだった!

 な、なんで彼がここに?っていうか、そこにいたら危なくない!?


「心配無用……こいつらは、私の命令には絶対服従しているからね」

 そうなの?だからウェネニーヴが威嚇しても逃げなかったのか。

 でも、すごいな……ゴブリンを従えるエルフなんて初めて見たわ。


 あ、でも待って……勇者の所に向かった彼がここにいるって事は、ひょっとしてすでに彼等と合流して、私達に追い付いて来た!?

 うそっ、そんなの早すぎる!

 近くに勇者の姿が無いか、キャロキョロと辺りを見回す私の姿に、セイライはククク……と喉を鳴らして笑う。


「動揺しているようだね……無理もない。こんなのは計算外だったんだろう。なぁ、勇者よ!」

 そう言って、セイライはビッと指をこちらに向ける!

 え、ひょっとして私達の後ろに!?

 盾を構えて、セイライが指差した方向に振り替えると……そこにいたのはモジャさんだけだった。


「ん?」

「えっ?」

 指名されたモジャさんと、なんで彼が指差されたのかわからない私達が困惑して声を漏らす。

 しかし、そんな私達の様子もお構いなしに、セイライは語り続けていた。


「してやられたよ……まさか、すでに勇者達と遭遇していたとはね。惚けていた所をみると、私を怪しんでいたのかな?なら、いつ気がついたんだい?」

 んん?

  さっきから、微妙に何かが噛み合っていないような気がするんだけど 、何を言ってるのかしらセイライは?

 ひょっとして、彼は私達を勇者の一行だと勘違いしてる?


 訳がわからずキョトンとしていると、「まだ惚けるのか……」とセイライはわざとらしくため息を吐いた。

「そうか……私から手札を晒せという事か。いいだろう、腹芸は無しだ」

 そう言って、セイライは懐から取り出した三枚の紙を私達の方に投げてきた。が、それらは当たり前のように風に流されて飛ばされていく!

 ああ、もう!変に格好つけるから!

 それを慌てて回収したゴブリン達が、息を切らせながらも私達に紙を渡してきた。


 そこには、勇者としてモジャさんが!

 その仲間として、私とウェネニーヴの顔が描かれていた!

 ええっ!なにこれ!?

 以外に美人に描いてくれてる!ちょっと嬉しい!


「おお、よく描けてるじゃねぇか」

「ワタクシって、こんな感じなんですか?」

 モジャさんやウェネニーヴも、似顔絵を見比べてワイワイ言い合ってる。

 うん、二人の顔もよく描けてるわ。


「……おい!君達は。何をキャッキャッしているんだ、その絵の下にある文言を読んでみたまえ!」

 えぇ?んん~と……。

 『勇者とその仲間達』ね……は?

 ど、どういう事!?

 なんでモジャさんが勇者で、私達がその仲間って事になってるのよ!?


「お、俺は勇者だった……?」

 いや、違うし!

 その気にならないでよ、モジャさん!

「ふっ……その手配書・・・は、私の仲間達に行き渡っている。もう惚けられないぞ」

「て、手配書って何よ!まるで私達が罪人みたいじゃないの!」

「そう、ある意味では罪人さ」

 言いきるセイライに、ますます訳がわからなくなってくる。

 なにより、モジャさんと勇者コーヘイを間違えて手配するなんて、どこの間抜けよっ!


「一体、ワタクシ達が何をしたというのです?」

 再びウェネニーヴが威圧感を出しながら、セイライに問いただす。

 すると、「もうわかっているんだろう?」等と呟きながら、彼は体を捻るようなポーズをとった。


「困るんだよ、勇者に邪神様・・・の邪魔をされては」

 邪神……様!?

 思わぬ言葉に、私達はギョッとする。

「フフ、そんなにわざとらしく驚かなくてもいいんだよ……」

 いやいやいや!

 だって《神器》持ってるって事は、邪神と敵対してるわけじゃない!

 なのに、様付けっていうことは、向こう側に寝返った!?

 そして……邪神の軍勢の全員が、モジャさんを勇者だと・・・・・・・・・・思ってるって事・・・・・・・!?


「もちろんその通りだ!私達の目は、誤魔化せないよ」

 ア、アホかぁ!

 邪神の軍勢は、みんな揃いも揃って目が節穴か何かなの!?

 どこの世界に、褌一丁で体毛モジャモジャなおっさんの勇者がいるっていうのよっ!

 訳のわからぬ誤解に困惑している私達を、セイライはすべてお見通しといった感じで見ている。


「どうやらかなり動揺しているようだね。無理もない、《神器》持ちな味方のはずの私が、こうして敵に回っているんだから……」

 まぁ、確かにそれもあるけど、あなた達の見る目の無さにもビックリしてるのよ。


「まぁ、十将軍・・・の中でも、私の手にかかる事をありがたいと思いたまえ。せめて、痛みは感じないように一撃で仕止めてあげよう」

 何がありがたいと思い……って、十将軍?

「そう、改めて名乗ろう!」

 バッ!と両手を掲げて天を仰ぎ、セイライは高らかに叫んだ!


「我が名はセイライ!魔界十将軍の一席、『破情はじょう』の名を冠せし者!またの名を、闇の力を宿した堕ちた英雄!」

 どこか誇らしげに名乗りをあげると、周りにいたゴブリン達が、一斉に拍手をしだす。

 それは彼に敬意を持っているからという訳ではなく、たくさん練習した訓練の成果が見えるほど足並みが揃っていた。

 な、なんだか大変なのね、ゴブリンも……。

 そうして、ゴブリン達の拍手が鳴り止む頃合いで、セイライは私達に顔を向けた。


「闇の力を宿した、右腕と左目が疼くんだ……君達を殺せとね」

 世界を救うために戦うはずの、選ばれた者が敵に回ったという事実。

 そして、彼に宿るという闇の力。

 もう、一辺に事が起こりすぎて混乱しそうになる。

 そんなセイライの命に従い、私達を取り囲んだゴブリン達が、ジワジワと包囲網を狭めてきていた。

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