第20話 選ばれしエルフ
「フッ……なんてね。ちょっと脅かしすぎた……」
不意に笑みを浮かべながら、緊張を解いてエルフは弓を下ろす。
しかしその瞬間、ウェネニーヴが動いた!
地を蹴り、一瞬で間合いを詰めると、するりとエルフの懐に潜り込む!
そして、隙だらけな腹部に鋭い拳を打ち込んだ!
「おぶらっ!」
吐瀉物の水音が混じる悲鳴を漏らし、エルフはフラフラと数歩さがって
「お姉さまに傷を付けようなんて、万死に値します。死にたいんですか?なら殺してあげます。楽に死ねると思わないでください!」
胃の中の物をぶちまけながら嗚咽するエルフを冷酷な目で見下ろし、ナイフのような冷たい殺意を向けて、ウェネニーヴは彼に近付いていく。
っていうか、なにその怖い三段活用!?
いやいや、こんなの本当にかすり傷だから!殺す必要とか無いから!
慌てて私は、彼女を後ろから羽交い締めにした。
確かに向こうに非は有るけれど、こんなんで命のやり取りをしていたら、この先どうなるかわかったもんじゃない。
彼も何か言いかけてたし、とりあえず話を聞いてみましょう。
そうして、なんとかウェネニーヴを宥めて、襲ってきたエルフの方に目を向けるが……なんだか、妙に特徴的だなぁ。
端正な顔立ちを苦痛に歪めているのはともかく、顔の左側が眼帯のような物で隠されている。
さらに右腕は指先まで、全て包帯で覆われ、その上からエルフの文字っぽい物でなにやら書き込まれていた。
大怪我?それとも何かの術式?でも、その割りには元気そうね……。
私の村の近くに住んでいたエルフ達は、こんな物々しい格好をしていた事がないから、よくわからない。
まぁ、エルフって集落ごとに独自色があるみたいだから、彼の所ではこういう儀式めいた物があるってだけかも。
だけど、何より私が気になったのは、彼の持っていたあの弓。
あれって、間違いない……《神器》だ!
と、いう事は、このエルフも勇者と共に戦うべく、選ばし者という事なんだろうけど……いきなり攻撃してきたのは、なんのつもりだろう。
さて、しばらく苦しんでいた彼だったけど、やがて自分で回復魔法を使用したのか、柔らかい光に包まれると共にゆっくりと立ち上がる。
そうして、キッと私達に顔を向けると、ふぅと深く息を吐いた。
「すまないね。試させてもらっぷ……挨拶が過激過ぎっおぇ……たかな?」
髪をかきあげ、少しばかり胃の中の物をリバースしながら、エルフはお詫びの言葉を口にする。
試す?私達を?
「ふふ……私以外の《神器》持ちに出会ったのは、初めてでね。その実力に興味があったのさ」
そういう事か……でも、初対面の人物に矢を射かけるなんて、失礼な話ね。
こちとら、(見た目は)か弱い女の子が二人と変態が一人だっていうのに。
「君達も、勇者の仲間となるべく選らばれた者達なんだろう?なら、あれくらいの攻撃は軽く捌けると思ったのさ」
再び髪をかきあげ、最初の攻撃にちょっとビビっていた私達に対して、少し嫌みっぽく彼は言う。
むぅ……なんて言うか、口調が妙に上から目線で仕種と態度がちょっとウザい。
この辺のエルフは、皆こうなんだろうか。それとも彼だけかな。
そんな彼に、ウェネニーヴかトコトコと近付いていく。
「お前からの評価なんかどうでもいいんですよ。まずは、お姉さまにちゃんと謝りなさい」
「申し訳ありませんでした!」
握り拳をちらつかせるウェネニーヴの姿に、エルフの彼は「これが頭を下げる時の見本だ!」と言わんばかりの一礼を私に向かってして見せた。
ああ、彼女のパンチは、よっぽど辛かったのね……。
ひとまず、モジャさんにスープを作った時の火を使って湯を沸かし、
うちの村に時々やって来る、近所のエルフ達がくれたこのお茶は、精神を落ち着かせる効果もあるから、ウェネニーヴやエルフの彼にちょうどいいだろう。
「そういえば、まだ名乗っていなかったね。私の名はセイライ。ご覧の通り、弓の《神器》を授かった者さ」
そう名乗った彼は、自身が持つ弓の《神器》を見せてくる。
「君のその盾、それも《神器》だろう?他の二人は……」
セイライはウェネニーヴとモジャさんにちらりと目をやるけど、《神器》らしき物を持っていないと見ると、興味を無くしたようだった。
いや、本当はモジャさんも《神器》持ちなんだけどね。
どうやら、普通の槍に擬態している、彼の《神器》には気付いていないみたい。
やっぱり、槍のカムフラージュ能力はすごいわ。
それにしても……さっき自分に回復魔法を使ったみたいだけど、包帯が巻いてある右腕や、眼帯で隠してある顔の左側は治ってないのかしら。
気にはなるけど、デリケートな問題だしなぁ。
「お前さん、その腕と顔は回復魔法で治んないのか?」
やはり気になっていたのか、モジャさんがストレートにセイライに尋ねる。
んもう!私が気を使っていたのに(気になってもいたけど)。
「これは怪我じゃないからね……」
ポツリと漏らして、セイライは包帯でグルグル巻きになった右腕を撫でる。
「この包帯と眼帯は『封印』……私自身にも抑えきれない、力を封じるための物だよ」
どことなく禍々しさを感じさせる口調で、セイライは包帯や眼帯を擦り続ける。
うーん、封印しなきゃならないほど、自分でも制御できない力ってなんなのかしら。
そんな話を聞いた後では、何となく怪しいなーくらいに思ってた包帯のエルフ文字がすごく怪しい物に見えてくる。
なんだか、ちょっと怖いな……。
いずれその力を見せる事もあるだろうと、セイライは唇を歪めて笑ったけど、できればそんなコントロール出来ない力にはお目にかかりたくないなぁ。
「ところで、僕はまだ勇者に会った事は無いんだけど、君達は彼等がどこにいるか知らないか?」
「ああ、ウグズマ国のシュアーク侯爵領辺りにいるはずだぜ」
「おや?君達は勇者と会った事があるのかい?」
あまりにも自然な雰囲気でセイライに問われて、モジャさんも何気なく答えてしまった。
そりゃ、顔見知りだと思われるわよね。
「君達も勇者と共に戦う者だろうに、なんでこんな所に?」
うっかり口を滑らせて、しまった!って顔をするモジャさんと、後で罰を与えますって顔で彼を睨むウェネニーヴ。
そんな私達の様子に小首を傾げながらながらも、セイライは気にした風もなく勇者の所に案内してくれないかと提案してくる。
ええっ、それはちょっとマズいわ!
「ええっと……私達はその……まだ、修行中なんです!」
突然の私の言い分に、皆がキョトンとする。
「修行?」
「そ、そうです!ゆ、勇者様と一緒に戦うには、ちょっと力不足だから修行してたんですよ!ほら、私の《神器》は盾だし!」
私の必死の言い訳に、ウェネニーヴ達もうんうんと頷いてみせた。
いや、強引なのはわかってるけど、ここは押しきらなきゃ。
「だけど、そっちのお嬢さんは十分……」
「いえいえ、お姉さまの事で逆上したからです」
「そうそう。それに、あんたほどの弓の名手に比べたら、俺達なんてまだまだよ!」
しれっと謙遜するウェネニーヴに合わせて、モジャさんがセイライを持ち上げる。
でも、エルフに弓の名手って誉め言葉になってるのかしら?
当たり前すぎてスルーされるんじゃ……なんて思ってたけど、セイライは満更でもなさそうな顔をしていた。
おだてられると弱いのね……チョロいわ!
それから適当に自分達を卑下しつつ、セイライを誉めちぎると、最高潮に気をよくした彼は納得してくれたようだった。
「んん、わかった。まぁ、僕には及ばないだろうけど、それなりに強くなったら、また会おう」
完全に浮かれているセイライは、役者のようなリアクションを交えて立ち上がると、これまた芝居がかった動きで私達に背を向ける。
なんかこう、いちいちオーバーリアクションなのよね。
「……この背中が、君達の目標となる。よく覚えておきたまえ」
え、いや……別に目指してはいないけど。
「もっとも、僕の後に来ても
「え……?それって、どういう……」
「さらばだ、諸君!」
私の問いかけには答えず、セイライは颯爽と身を翻すと、森の中に消えていった。
勇者に会えるかは疑問って……どういう事なんだろう?
正直、ほんとに会わなくてすむなら、すごくありがたいんだけれど。
「あれじゃないのか、勇者と合流した自分達の旅の速度に、追い付けるかな?的な話とか」
ああ~、なるほど。
追い付けなかったら置いてくぞって感じで、発破をかけたって事なのね。
うん、そういう事なら理解できるわ。
よし、それなら益々ゆっくり進もう。
希望としては、私達がアーモリーにつく前に、勇者一行が敵をぜんぶ倒してくれると嬉しいな。
「それにしても、あのセイライというエルフ……やたらとおだてに弱かったですけど、そのうち悪い奴にでも騙されそうですね」
うーん、
まぁ、《神器》持ちだし勇者と合流すれば、そうそう変な奴に引っ掛かりはしないんじゃないかな。
「しかしなぁ……あの勇者が、エルフとはいえ男をパーティに加えるかね」
うっ、そういえば自分のハーレムに男はいらないなんて、最低な発言してたっけ。
でもまぁ、口には出さないけど、褌一丁なおじさんであるモジャさんはともかく、見映えのいいエルフなら男でも仲間するかもしれない。
それに、弓とか攻撃力も高いしね。
「ま、セイライが勇者一行と無事合流して、ちゃっちゃと邪神を倒してくれる事を期待しましょう」
我ながら他力本願な事を言いってるけど、それでもとりあえずはアーモリーを目指す。
どうか、ここからの道中が平穏でありますように。
──しかし、そんな儚い私の願いは、後日、思いもよらない形で破られる形となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます