第3話 6月10日

☆☆☆


 その翌日、会社へ向かう前のこと。

 家を出ると、彼女が立っていた。


「おはようございます」

「お、おはよう」


 彼女は手に俺が昨日貸したコートを持っていた。どうやら、律儀に返すために待ってくれていたらしい。次に会った時でもよかったのに。


「お母さんが、ちゃんと返しなさいって」

「そっか。ありがとう」


 俺は彼女からコートを受け取った。


「ところで、寒くないのか?」


 見たところ、彼女は昨日と同じ服装だ。コートを着るのを忘れたのかと思っていたが、そもそも着てなかったようだ。


「平気。寒いけど、大丈夫」


 なんだそれ。

 もしかして、あれか。オシャレをするには我慢も必要ってやつか。たしかに、彼女はオシャレとか好きそうな感じの顔をしてるけど。休日はバリバリおしゃれしてお買い物行ってますみたいな、今時の女子高生みたい感じだけど。ばっちりメイクもして、スカートの丈も昨日と同じく短い。制服のボタンは開けて、中に着ている茶色のカーディガンが見えている。


 昨日は、暗くてよく見えなかったけど、かなりの美人だ。髪は明るい茶色。パッチリと大きくて綺麗な瞳に薄い唇。俺の目に写っているのはそんな整いすぎた顔の女子高生だった。


「じゃあ、私はこれで、失礼します」


 礼儀正しく頭を下げて、女子高生は学校へと向かって行った。

 それからというもの、彼女とは何回か家の前で出会った。しかも、それは決まって俺が残業の日だった。その時も、特に長話をしたりはしなかった。

 あれから、数ヶ月が経って今は夏直前。

 なぜか、助手席に女子高生がいる。

 名前と年齢くらいしか知らない女子高生が。


「ねぇ、お兄さん。聞いてる?」

「え、ごめん。聞いてなかった」

「むぅ〜。ちゃんと聞いててよね」


 チラッと横目で見た愛菜ちゃんは頬を膨らませて唇を尖らせていた。


「ごめん。で、なんて言ったの?」

「だから、最近、またお母さん仕事で帰りが遅くなるんだって」

「ああ、そうなんだ」


 愛菜ちゃんのお母さんは何をしているのか知らないけど、帰りが遅くなることがよくあるらしい。俺と同じだな。この時期は新作とかで何かと忙しく、残業が多くなる。今日も残業だった。

 

「帰りどうしよう。この雨の中、帰らないといけないのかー」


 愛菜ちゃんは俺に何を求めているのか。さっきから、チラチラと俺のことを見ていた。

 まぁ、なんとなく、分かるけどね。


「ごめん。俺も遅いから無理なんだ。てか、この一回だけて約束だろ」

「ちぇー。ケチー。でも、仕事ならしょうがないかー」

「頑張って帰るんだな」

「こんな美少女に風邪をひけっていうの?」

「ここで、下ろしてもいいんだぞ?」

「ごめんなさい。私が悪かったです」

「冗談だ。そんなこと、するわけないだろ」

「むぅ〜。意地悪!」


 どうやら、これが怒った時の癖らしい。愛菜ちゃんはまだ頬を膨らませて唇を尖らせていた。

 なんだか、こうしてると兄妹みたいな感じがした。俺がお兄ちゃんで愛菜ちゃんが妹。妹がいたら、こんな感じなのかもしれない。俺は一人っ子だから、こんな感覚味わったことなかった。なんだか、甘酸っぱいようなむず痒いような。


「あ、そろそろ着くよ」

「了解」

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