第14話 美雨と二人きりでその②

「えっ、飛鳥さんは二つも習い事しているんですか?」

「うん。華道とバイオリンの二つしてる。だからいつも帰ってくる時間が遅くなってるの」

 美雨の部屋に来て30分が経った頃。

 ベッドの上で女の子座りをしながらコクコク頷いている彼女とコミュニケーションを取っていた。

 高校三年の問題集を問いていたことで、早めにその学力を理解できたことで。


 今日立てていた目標は二つ。美雨の学力を測ること。次に美雨と仲良くなること。

 今はその二つ目に入っていた。


「飛鳥さんが習い事をしてることは知っていたんですけど、まさか掛け持ちをしていたとは思いませんでした」

「おねえちゃんはどっちもすごく上手なの。お部屋に賞状とかいっぱい飾ってあって」

「へえ……。それは凄いですね」

「うん。ただいつもわたしに自慢してくるんだよ? うるさいくらいに」

 褒めてからの落とし。綺麗な流れを見せてくれた彼女だが、今の表情を見て一つわかった。


「それにしては嬉しそうに言うんですね?」

「っ。それは……違う。そこは迷惑と思ってる……」

「あはは、そうでしたか。勘違いをすみません」

「平気」

 こうして素直に謝るものの、わかりやすい嘘をつくなぁ……。なんて微笑ましい気持ちだった。姉のことを語る美雨は誇らしげに、楽しそうに話してくれていたのだから。

 ただ、自分が恥ずかしくことを突っ込まれたら思わずツンとした言葉が出てしまうようだ。


「ですが言われてみると、確かになんでもこなしそうなイメージはありますね」

「うん。習い事もしてて、お勉強もできて、優しくて……。イジワルだけど自慢のおねえちゃんなの」

「ちょっとアレな発言もありましたけど尊敬してるんですね」

「すごいところばっかりだから……。おねえちゃんの妹になったらみんなわたしのようになると思う」

 少し力の入った声。誇張しているわけでもなく、本音を言っているのだろう。どこか羨ましげに瞳を細めていた。

 俺としては高一で高三の勉強をしている美雨も十分凄いと思うが、捉え方はやはり人それぞれと言うべきか。

 どこかしんみりしたような空気を感じたからこそ、俺はあのことを伝えることにした。


「あの。これは後出しのような形になってしまいますけど、自分は美雨さんのことを尊敬してますよ」

「っ? ど、どうして……? わたしはおねえちゃんみたいにすごいところない」

「これは自分が高一の頃の話なんですけど、当時の自分は適当に授業を受けてたり、サボったりしてましたよ」

「……純さんが?」

「はい、お恥ずかしながら」

 ただ、俺の家庭は本当に厳格で父親には逆らえなかった。自宅では本当におとなしく自学をしていたものではある。


「自分が落ち着き始めたのは高校を卒業してからですね。学生時代はいつも先生に怒られて、いわゆる悪ガキの類いでした」

「そ、そんなこと信じられない……。今、すごく大人の男性……」

 こんな反応をしてもらえるのは嬉しい限りである。そんなに驚きだったのか、目を大きくした彼女と目が合った。


「それでも実際に事実なので、当時の自分と照らし合わせると今の美雨さんは本当に凄いですよ。少し話は飛びますけど、英語は特に積み重ねの教科ですから、中学生の頃から真面目に取り組んでいないと高三の問題は解けないですし」

「っ」

 やっぱりこの考察は当たっていた。鳩が豆鉄砲を食らったような可愛い表情をしている。


「っと、これは前置きなんですけどね」

「ま、まだ……あるの?」

「はい。ここからが本題になりますけど、本当に敵わないと思ったのは今日話してもらったカフェ前のことです」

「カフェの前……? そ、それなら全然すごくないよ。困ってた外国人さんを助けたのは純さんだよ? わたしはなにもできなかったから……。だから、憧れた……んだよ?」



「それは大人になって英語にも多少なりの自信があったからですよ。もし自分が美雨さんと同い年だとして、同じ現場に遭遇した時、自分は見て見ぬフリをしてます。美雨さんのように立ち止まって、、、、、、どうすれば助けられるのか考えずに」

 俺に憧れたと言ってくれたものの、高校一年の俺ならあの行動には移すことは絶対にできない。あの時は英語も苦手だったのだ。

 自信のない言語で喋る勇気はない。


「ま、待って。純さんどうしてそう思った? わたしが立ち止まってって……」

「あぁ、それは美雨さんがあの場所にいた記憶がうっすらあることと、美雨さん言ってましたから。『勇気出なくて声をかけられなかった』って」

「うん」

「それは立ち止まって様子を見ていたからこそ強く出る感情で、言葉だと思います。自分なら、『勇気なくて声をかけられなかった』と言いますから」

「……」

「ですので本当に頭が上がらないです。この一件で美雨さんがもっと英語の勉強に時間を割いてますし」

「っっ!?」

 パチパチと大きなまばたき。小さな体を仰け反らせながら俺の言葉を待っている。


「英語の問題集に解いた日にちを記していたのでわかりました。2日から3日置きに進めていたページが、とある日をキッカケに毎日解かれていましたから」

 あの日は月の初め。偶然にも印象に残りやすい日でもあったからこそピンときたのだ。

『もっと英語を頑張って、次、あのような現場に遭遇した時に助けられるように……』

 そんな思いで美雨が毎日解くようになったのだと。


「本当に偉いですよ。美雨さん」

「う、うぅ……」

 この言葉になにを返せばいいのかわからなかったのだろう。

 唸るような声をあげる彼女は耳の付け根まで赤くしながらコクリと小さく頷いた彼女。


 本当に恥ずかしそうな様子に思わず笑ってしまう。

 だが、こんなほんわかとした時間はすぐに終わる。

 こんなことを言ってしまったばかりに、美雨の座る体勢を変えさせてしまったのだ——。


 ベッドの上でペタンと足をつけた女の子座りをしていた美雨は、脚を立てると両膝を手で抱え込んだのだ。


「純さんにそんなこと言われる、の……恥ずかしい……」

「……ッ!?」

 ベッドの上で体育座り。膝の高さを使って真っ赤になった顔を器用に隠す美雨だが……、彼女は学校の制服、チェック柄のスカートを履いているのだ。


 そんな体勢に変えてしまえば、腰から下を覆うスカートがめくれてしまう。

「ち、ちょ……」

 不可抗力。それ以外にない。

 細くしなやかな脚。照明が反射しているのか白く光った太もも。傷のない肌と水玉模様の下着を目に入れてしまうのだ。


 そして、運の悪いことにこのタイミングで目が合ってしまったのだ。

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