第11話 出発
「じゃあ!」
「あぁ」
この世界に来た時のキャンプ道具の入ったザックを背負い、凛久は門の前で蒼と別れの挨拶をする。
お互いが手を差し出し握手を交わす。
「魔物や盗賊に気を付けるんだぞ」
「あぁ、なるべく街道沿いを進むつもりだから大丈夫だと思うが、そっちはクウ頼みだ」
この町にいるだけでは、ただ毎日が過ぎていくだけだ。
半年以上もの長い間過ごした町を離れるのは名残惜しいが、日本へ帰るための方法を探さないといけないため、凛久は異世界旅を決行することにしたのだ。
この世界には魔物も盗賊もいるため、危険を察知するためにクウを手に入れた。
クウは従魔にしたばかりの時は弱っていたが、薬草入りの食事を与えたことで元気になった。
しかも、子犬なのに変異種ではないかというくらいに強いため、魔物や盗賊を発見しても、逃げるより倒してしまうかもしれない。
「頼むな?」
「ワウッ!」
「ハハッ!」
蒼の訓練を受けて、凛久は多少の魔物は問題なく倒せるようになった。
とは言っても、まだまだたいした実力ではないため、なるべく戦闘は避けて安全な旅を心掛けるつもりだ。
そのためには、戦闘と察知の面でクウに期待している。
凛久に頼めれると、クウは嬉しそうに返事をする。
強いとは言っても子犬に守られる主人なんて、想像するだけで面白い。
凛久とクウのやり取りを見ていて、蒼は思わず笑ってしまった。
「……ありがとう。蒼がいなかったら、俺はどうしようもなかった」
「初めて会った時も言ったが、故郷から遠く離れたこんな地で同郷に会えたのも何かの縁だ。少しの助力をしただけだよ」
旅立ちを前にして、凛久は改めて蒼に感謝の言葉をかける。
それを受けて、蒼は照れくさそうに返答した。
「理由はなんでもいいさ。役に立てるか分かんないけど、俺が役に立てることがあったらギルド伝いに連絡してくれ」
「あぁ、その時は遠慮なく頼らせてもらうよ」
どんな理由でも、蒼はこの世界で生きる方法を教えてくれた恩人だ。
借りた金を返しただけで恩を返せたとは思っていない。
高ランクの冒険者の蒼が助力を求めることがあるか分からないが、困った時はいつでも駆けつけるつもりだ。
その時の再会を約束して、凛久は蒼と別れた。
「ワウッ?」
「あぁ、少し寂しいが、仕方がない」
まだ短い付き合いだが、どうやらクウは頭が良い。
町から離れ、凛久の表情が暗いのを感じ取ったのか、心配そうに声をかけてくる。
半年いれば当然愛着もわく。
蒼やあの町の者たちと別れるのは寂しいが、それでも帰還する方法を探すためには仕方がない。
心配そうな表情のクウを安心させるため、凛久は頭を撫でてあげた。
クウの表情が元に戻ったのを確認して、凛久は移動を再開する。
「それにしても……」
「行ってしまったか……」
故郷から最も遠いこの町で、偶然遭遇した同郷の者。
半年の間面倒見たことで、だいぶ仲良くなった凛久との別れ。
その凛久の姿が見えなくなり、蒼は1人呟く。
「風巻!」
周囲に誰もいないというのに、蒼は誰かを呼ぶように声を上げる。
「ハッ!」
蒼の声に反応するように、どこからともなく中年の男性が現れた。
誰かと思えば魔道具屋の主人だ。
片膝をついて頭を垂れている姿からすると、彼はどうやら蒼の部下のようだ。
「私は密かに凛久を追いかけようと思う」
「っ!!」
蒼の言葉に、風巻と呼ばれた男性は片眉を上げる。
「……まさか、彼が?」
「かもしれないというだけだよ」
そう言うということは、蒼が探していた存在が凛久ということになる。
何かそう思う理由があるというのか。
そう思って風巻が尋ねると、蒼は曖昧に返事をした。
「初めて会った時から、違和感を感じていたからね……」
「だから面倒を見たのですか?」
「うん。まあね」
凛久に会った時、蒼は最初から違和感を感じていた。
故郷の日向から遠く離れたこの町に、ドーラ語を使わずに来ることなんてできるわけがない。
ドーラ語の使える友人と共に来たと言っていたが、それにしたって全く話せないなんてありえない。
それに、魔道具や魔法を見た時の態度がおかしい。
凛久は気付かれないようにしていたが、まるで初めて見たかのような反応をしていた。
大人になるまでそれらを見たことが無い人間なんて、どれだけ人里離れた場所で生まれ育ったというのか。
例えそうだったとしても、この町に来るまでに見聞きしたりしていないわけがない。
態度などを見る限り特に問題もないようだったため面倒を見ていたが、どうも怪しさが残っていた。
その怪しい部分が、探していた人物に適合していたからこそ、凛久を追いかけることに決めたのだ。
「それに、初代様の命日だったからね」
凛久の態度もそうだが、もう1つ気になる理由がある。
理由というほどのことでもないかもしれないが、遭遇した日が問題だ。
凛久に遭遇した日が、たまたま初代日向王国国王の命日だったのだ。
その偶然も、何か関係があるのではないかと考えてしまう。
「念のため、彼に見張りを付けてくれる?」
自分が指導をしたこともあり、凛久は多少の魔物相手なら問題なく倒せるようになった。
それに、クウという従魔も付いている。
凛久が言っていたように、街道沿いに進むというのなら命を落とすようなことはないだろう。
しかし、いくら街道沿いだからといって、全く危険がないわけではない。
そのため、蒼は見張りを付けるように風巻きに指示を出した。
「畏まりました。
蒼の指示に、風巻は頷きと共に返事をする。
そして、すぐにその場から姿を消した。
「……さて、準備を始めよう」
蒼の中で凛久を追いかけることは決めていた。
しかし、その準備を始めていれば、凛久に気付かれる可能性がある。
そうならないようこれまで通りに過ごしていたが、凛久が出発したのなら問題ない。
ギルドへの説明や、宿を引き払うように手はずを整えなければならない。
そのため、蒼は早々に行動を開始することにした。
「蒼は何であんな格好しているのかな?」
クウと共に進む凛久。
もう町が見えなくなったところで、ふと疑問を口にする。
蒼が初めて会った時に疑問に思ったように、凛久も気になっていたことがある。
「女性なのに……」
気になっていたのは、蒼が女性なのに男装をしているということだ。
蒼の顔は中世的で、袴姿は似合っていた。
男性と言われればたしかにそう見えなくもない。
事実、あの町の住人は、蒼を男性のように扱っていたが、口調や態度を男性的にしても、凛久には宝塚の男役のように見えていた。
もしかしたら、この世界では女性でもあのような格好をするのかもしれないため、疑問を口にするようなことはしなかったが、やはり気になる。
「いつか聞けたらいいか……」
男装している理由は何か意味があるのかもしれない。
深い所まで踏み込むのは、恩人である蒼に迷惑がかかるかもしれない。
そう考えた凛久は、その疑問を胸にしまって、歩みを進めるのだった。
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