雪ちゃんとの生活、開始 5
「そんな事になっていたなんて、全っ然知らなかった……!」
ハナちゃんが手で顔を覆って肩を震わせている。
もしかして、泣いている?
そう思ってハナちゃんに向かって手を伸ばそうとした瞬間、
「そんな面白い事、なんでアタシも混ぜてくれないのよっ!」
そう叫びながら、ハナちゃんがガバッ!と勢いよく顔を上げた。
「は…ぇ……?」
お、面白い……?
泣いてはいなかったみたいでホッとしたけど、私は予想外の言葉に口を開けたままポカーンとしてしまった。
そのままで目線だけを雪ちゃんに向けると、大体同じ様なリアクション。
ただ雪ちゃんの場合、呆れて物が言えない。そんな感じだった。
「ちょっとハナ。アンタ何言ってるの?江奈は酷い目に会ってるのよ?」
雪ちゃんがこめかみをピクピクさせながらハナちゃんを睨む。
「その事じゃないわよ!盗撮は絶対許せないけど、二人で暮らしてるなんてずるい!」
……そこに食い付いたんかいっ!
思わず関西弁で突っ込みを入れそうになったのをグッと堪えた。
「全くアンタは……」
雪ちゃんが、ピクピクさせていたこめかみに人差し指を立てて、首を横に振った。
ハナちゃんはキィーッ!と、持っていたおしぼりを口にくわえている。
「だってだって!江奈っちを雪ちゃんが独り占めにしているなんてずるいじゃない!」
独り占めって……。
「あの…ハナちゃん、落ち着いて」
私は興奮しているハナちゃんをなだめた。
すると、いきなりガバッ!と抱き締められる。
「わっ!」
「江奈っち!そんな卑劣な事をする奴になんか負けるんじゃないわよ!雪ちゃんやアタシがいるからね!」
「ハナちゃん……」
ハナちゃんの温かさや言葉が、じんわりと心に染み渡る。
「ありがとう」
私も、うりゃっ!と、負けじと抱き付いた。
「んもぅ~~~♡可愛いんだからっ!」
すると、ぎゅぅぅぅぅっとより力が込められる。
ち、ちょっと苦しい……。
「ハナ!いい加減離しなさい。江奈が苦しがってる」
「え?……あら、ごめんごめん。江奈っち大丈夫?」
ハナちゃんの腕の力が緩んだ。
「……はぁっ!大丈夫です」
離された瞬間ちょっとヨロけたけど、大丈夫。
「ハナ、コーヒ―持って来て頂戴」
ぶっきらぼうに雪ちゃんが頼む。
「はいよ。江奈っちも同じで良いい?」
「あ、はい」
「ちょっと待っててね」
ハナちゃんがウインクをしてカウンターへと小走りで走って行く。
「はぁ……。ハナの抱き付き癖にも困ったものね」
腕と足を組みながら雪ちゃんが呆れた様にボソッと呟いた。
「嫌な気はしませんけどね」
そう言うと、雪ちゃんがじーっと睨み付ける様な目線を私に向ける。
「な…なんです?」
「……随分ハナには心を許してるのね」
「え、そんな事ないですよっ」
首をブンブンと振った。
「そうかしら。初対面の時だって、抱き付かれて満更でもない様な顔をしていたけど」
「してませんよ!あの時はビックリして固まっちゃっただけで……」
「ふ~ん」
私の言葉に納得が行かないのか、フイッと顔を背けてしまった。
(な、なんなのよ……)
なんでそんな不機嫌になる??
「なぁに?雪ちゃん、アタシにヤキモチ?」
ハナちゃんの声が聞こえ、振り向くとコーヒーを持ったハナちゃんが呆れ顔で立っていた。
「コーヒーお待たせ」
目の前に置かれたコーヒーからは、いつもながら良い香りが漂っている。
「……そんなんじゃないわよ」
「どーだか。はい、これも良かったら食べて」
コーヒーと一緒に出されたのは、苺ジャムやクロテッドクリームがたっぷり添えられた、スコーン。
「わっ!美味しそう!私、スコーン大好きなんです!」
「そ?良かった♡」
「いただきます!」
パカッと二つに割り、まずはそのまま頂く。
サクサクしっとりふわ~ん。
焼き目の香ばしさと、バターの香りが鼻から抜け、うっとり。
ジャムとクリームもたっぷり塗り、パクリともう一口。
「ん~!正に三位一体!バターの香りとジャムの甘み。それにクリームのほのかな酸味が心地良いですね!」
「ありがと~♡」
「私もよく作るんですけど、格段に味が違いますね。なんでだろう……」
「うふふ♡今度作り方教えてあげる」
「本当ですか!?うわ~、嬉しいなぁ」
二人で盛り上がっていると、いきなりガチャンッ!と雪ちゃんが勢いよくコーヒーカップをソーサーに置いた。
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