ドキドキ初デート 2

「って、そう言えば、その呼び方だとマズイわよね。誰に聞かれてるか分からないんだし」


「あ……」


言われてみればそうだ。


偶然会社の人に聞かれてしまったら、取り返しがつかない事態になる。


「えっ…と……なんて呼べば良いですか?」


「そうねぇ……。『雪ちゃん』でいいわ」


「えっ!?」


「ハナと同じ呼び方だけど、二個も三個も違う呼び方があると頭がこんがらがるし、それで良いわ。ただし、『海外事業部の津田雪哉』でいる時は遠慮して頂戴ね」


「……分かりました」


納得しては見た物の、上司を「ちゃん」付けにして本当に良いんだろうか……。


そう津田部長に訪ねると、


「そんなの気にしない気にしない。だって今は『上司の津田部長』なんかじゃないしね」


と、あっさりした答えが返って来た。


少し頭の中で葛藤はあったけど、もう無礼講だ!と、本日二度目のやけくそで徹底して「雪ちゃん」と呼んでやる!と意気込む。


「では、あの…雪、ちゃ…ん……?」


「なぁに?」


ぎこちない呼び方に、津田部長……雪ちゃんが、クスクス笑いながら返事をする。


「何処へ連れて行ってくれるんですか?」


「ちょっと遠いんだけど、県境の所に水族館が出来たじゃない?あそこに行きたかったんだけど、良いかしら?」


「はい!水族館、大好きですっ」


「良かった。ずっと行ってみたかったんだけど、一人で行ってもつまらないものね。一緒に行ってくれる人がいて嬉しいわ」


雪ちゃんの言葉を聞いて、そう言えば…とずっと気になってた事があるのを思い出した。


「あの、失礼を承知で聞いても良いですか?」


「なぁに?」


「雪ちゃんはその……彼氏さんとか、いないんです…か……?」


ドキドキしながら返答を待つ。


「ん~……いた事はいたんだけどね。別れちゃったわ」


「え……」


や、やっぱり居た事は居たんた……。


でも、どうして別れちゃったんだろう。


「あの、失礼な事聞いてごめんなさい」


「いいのよ。よくある事だから」


あっけらかんと雪ちゃんは言った。


「そう、なんですか?」


「ええ、女の方が良くなる男なんてしょっちゅうよ」


フンッと鼻で笑う。


「結局、男同士なんてなんにも残らないのよ。最初はそれでも良いって言ってくれるんだけど、怖じ気付くのかしらね……」


「酷い……」


その話を聞いて、若干の怒りが込み上げてくる。


だってそんな勝手な言い分、許せる訳ないよ。


「ありがと。美園さんは優しいね」


最初に会った日。


あの公園で見た、儚げな笑顔。それと同じ表情を浮かべている。


その理由が、今日分かった気がする。


言葉にするのが難しい感情。


怒りの様な、切ない様な、悲しい様な、そんな感情。


「今日は、楽しみましょうね!」


グッと拳を握り、私は叫んだ。


せめて今日だけは、雪ちゃんにそんな表情をさせない様に。


「あ、それともう一つ」


「なぁに?」


「その『美園さん』って、止めません?」


「え……」


「私も『雪ちゃん』なんですから、何か違う呼び方にして下さい」


なんだか、「美園さん」と呼ばれると、一線を引かれているようで嫌だった。


「そうね。じゃあ……『江奈』?」


いきなり呼び捨てにされるとは思ってなくて、ドキッとする。


「呼び捨ては馴れ馴れしいかしら……」


うーん、と考え込んでしまったので、「それでいいです」と、私は答えた。


「そう?じゃあそうするわ」


一件落着。みたいな感じで、雪ちゃんがカーステレオから流れる音楽と一緒に鼻歌を歌い始める。


それでいいです、なんて平然と答えたけど、心の中はお祭り騒ぎ位、心臓がドキドキしていた。


(いちいちドキドキするな!)


自分でも、なぜこんな事になるのかよく分からない。


私は早鐘の様に打ち付ける心臓を、ギュッと押さえ付けた。

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