第2章 徐々に近付く距離

ドキドキ初デート 1

デート当日。


私は待ち合わせの時間より二時間も早くに用意を始めた。服は、前日にあれでもないこれでもない。と奮闘してやっと選んだ。


もうすぐ夏だし、清楚に見える白のワンピース。それに七分丈のピンクのカーディガン。


全身鏡の前でクルクルと回った。


「津田部長、気に入ってくれるかな」


少し気合いが入り過ぎているだろうか。


「だって、デートって言ってたし……」


昨日一日あんなに悩んだのに、今になってまたグルグルと考えてしまう。


「あーっ!もうっ!これで良いんだ!」


また色々考え出したら頭がパンクしそうで、なかばやけくそになりつつ用意を完了させた。


時間を確認すると、約束の10分前。


「そろそろ下にいた方が良いよね」


待ち合わせの場所は、私のアパートの前。


先日送ってもらった時に、


『道覚えたし、デートの日はアタシが車で迎えに来るわ』


と、有無を言わさず決定した。


「結構、強引だよね……」


その時を思い出してクスリと笑う。


靴を履き、玄関にあるスタンドミラーで前髪をチョイチョイと整えて、よしっ!と気合いを入れた。


「あら江奈ちゃん、おはよう。オシャレして、デート?」


玄関の鍵を閉めていると、丁度通りかかった大家さんに声を掛けられた。


朝の掃除だろうか?ホウキとチリトリを持っている。


「あ、おはようございます、大家さん。まあ、そんなトコです……」


照れながらそう答える。


「良いわねえ~。いってらっしゃい♡」


「はい。行ってきます」


ご苦労様です、とお辞儀をして下へ降りる。


津田部長はまだ来ていない様だった。


「良かった」


初デートで上司を待たせる訳にも行かない。


ホッと胸を撫で下ろし何気なく顔を上げると、左側の通路から真っ赤なスポーツカーがこっちに向かって走って来る。


凄い車だなぁ。なんて思いながら見ていると、その車は私の目の前に停車した。


(え?もしかして……)


ビッカビカに磨かれたスポーツカーから黒髪ロングヘア―をなびかせ降りて来た長身美女。


(そっちだったか……!!)


と、その姿を見た瞬間、私は心の中で頭を抱えた。


それは、女装をした津田部長だった。


オールバックの髪型は黒髪ロングストレートに。銀縁オシャレ眼鏡はこれまたビッカビカ真っ黒のサングラスに。ビシッと着こなすスーツはオレンジのマキシ丈ワンピに、変貌を遂げていた。


「おはよう。ごめんなさい、待たせちゃった?」


津田部長がサングラスを外しながらこちらに向かって来る。


「……おはようございます。いえ、時間通りです……」


今更、気合いを入れまくった自分が恥ずかしくなって来た。


今までの行動が全て男らしさ全開だったから忘れていたけど、津田部長はオネエだった。


デートって言うからてっきり……って、残念になんて思ってないからね!?


「良かった。じゃあ、乗って」


「はい」


津田部長が助手席のドアを開けてくれたので、「ありがとうございます」と言って乗り込んだ。


車の中はすごく良い匂いがする。


「さて、アタシの行きたい所で良いかしら?」


「あ、はい。構いません」


「そう?行きたい所があったら遠慮なく言ってね」


「はい」


「じゃあ、しゅっぱ~つ!!」


車がゆっくり動き出す。


「天気が良くて良かったわ~。雨とかだったら最悪だものね」


ウキウキ声で話をする津田部長をチラッと横目で見る。


表情も声も、なんだかキラキラしていた。


「そうですね」


窓から空を見上げると、雲一つない青空が広がっている。


「……ビックリしたでしょ。この格好で迎えに来て」


突然言われて、一瞬、心を見透かされたと思ってドキッとする。


「え?いえ!そんな事は……」


「休日くらい、本当の自分でいたいのよ」


さっきは嬉しそうに話をしていた津田部長の声が、少しだけ悲しみを帯びている。


「津田部長……」


本当は少しビックリしたけど、格好なんて関係ない。


「私ずっと、お姉ちゃんがいたら良いな。って思っていたんです。だから、嬉しいです」


これは、嘘のない私の素直な気持ち。


「美園さん……。ありがとう」


私の言葉を聞いて、津田部長の表情が和らいだ。


「そのワンピース、よく似合ってるわね」


「あ、ありがとうございます」


突然誉められて、ちょっと焦る。


でも、嬉しい。


「津田部長も、その服お似合いです」


「あら、ありがと」


二人で、ふふふと笑い合う。

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