偽装彼女 7
「いやね、アタシったら」
そう言いながら血のにじんだ手を引っ込め様としたので、私はその手を掴んだ。
「そのままにしては駄目です」
私は持っていたハンカチを広げ、クルクルっと津田部長の手に巻いた。
「社に戻ったらちゃんと消毒して下さい」
「……大袈裟ねぇ。でも、ありがとう」
多分、ハナちゃんを呼べば救急箱を貸してくれるかもしれない。
でもなんとなく、私はそれをしなかった。
何故か分からないけど。
「でも……」
キュッと結ばれたハンカチの先をチョンチョンと整えながら、津田部長が話を再開する。
「異変に気付いた奥さんがすぐに見付けてね。大事には至らなかったの。運の良いやつよね」
ふっと津田部長に笑顔が戻る。
「それから間もなくだったかしら。会社も辞めて、離婚もして……。しばらくは塞ぎ込んでいたんだけど、ある日バーにひょっこり顔を出してね。なんだか清々しい顔して、『お店を開く!』って言うもんだからビックリよ。ご覧の通り、料理の腕は確かだったから、誰も反対はしなかった。なにより、アイツが笑ってたから」
津田部長が目を細めて私の後ろを見る。
その目線を辿り振り返ると、鼻歌を歌いながら楽しそうに料理を作っているハナちゃんが目の端に映る。
「お店をやり出してからは、見ての通りよ。素の自分を隠さなくて良い分、前よりも生き生きとしてるわ」
先程のハナちゃんを見たら、とてもじゃないけどそんなドラマがあったなんて想像が出来ない。
会ったばかりだけど、私はハナちゃんが大好き。
ハナちゃんには笑顔が似合う。
その笑顔を、これからも絶やして欲しくはなかった。
「……良かったですね」
「え?」
最後の一口のハンバーグを食べようとしていた津田部長が、私の言葉にキョトンとする。
「素敵なご家族と、津田部長と言う素敵なご友人がいて」
「家族は分かるけど、アタシは何もしてないわよ」
「いいえ。ハナちゃんが立ち直れたのも、ご家族と津田部長がいたからだと、私は思います」
「そ、そうかしら」
「はい。そうです」
私はそう言い切った。
だって、自信を持って断言出来る。
「そ、そう……」
津田部長は、照れ隠しなのかハンバーグと残りのサラダを掻き込む様にして平らげた。
それをニコニコしながら見ていたら、
「ア、アンタも早く食べちゃいなさい!時間無くなるわよ!」
と顔を真っ赤にして怒った。
「はぁい」
私は、適温よりも大分冷めてしまったグラタンを口に運ぶ。
(うん。やっぱり美味しい)
冷めてもこんなに美味しいんだから、熱々はもっと美味しいのだろう。
(今度は、火傷覚悟で熱々を食べに来よう)
そう誓い、津田部長より少し遅れてごちそうさまをした。
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