第10話 陽気な男エルフが綺麗な女エルフになっちゃった!
私と勇者様は戦いの後だし、非常にお腹が空いている。ということで、ふたりでご飯を食べに行くことにした。
勇者様が気に入っているという店に案内してもらうことに。味も良いが個室で落ち着くという理由で気に入っているみたい。勇者様は楽しそうに話す。そんなに美味しいなら…ぜひ食べてみたい。話を聞いているだけで、お腹がますます減ってきた。
まずい…腹の虫がなった。恥ずかしい…。勇者様には気づかれていないようだ。相変わらず楽しそうにおすすめの料理を喋っている。
あれ? 向こうから歩いてくるふたりに見覚えがある。
「こんにちは! エドワーズさんとジャレントくんじゃないですか!」
私はふたりに声をかけた。
「あ! ソシエちゃんと勇者ディナードくん!」
「お姉ちゃんと勇者様!」
ふたりとも笑顔になった。そして…。
「ソシエちゃんは相変わらず可愛いなぁ~」
ふたりに抱き着かれた! ジャレントくんは子供だしまあいいかな。エドワーズさんはちょっとスキンシップが激しい! スリスリしてくる。もう恥ずかしいな!
でも不思議と不快にならない、なんか男の匂いがしないし、甘い匂いがする。
その時、ぽわんぽわんと煙があがった。“ボンッ” という音と共にエドワーズさんがきれいな女性になっていた。
「ええ〜っ!!!」
偶然通りかかった見知らぬ人たち、そしてあの船長さんもたまたま近くにいてびっくりしている。もちろん私も勇者様もジャレント君も驚いている。
「お兄ちゃんがお姉ちゃんになっちゃった! かわいい! 綺麗!」
ジャレント君がそういって抱き着いた。この子、将来女たらしの素養があるのでは?
「あっ、解けちゃったか。もうそんな時期なのね。すっかり忘れていたわ」
エドワーズさんが美しい女性の声でそう言った。
やがて船長さんが小走りにやってくる。
「あ〜君たち、ちょうど夕飯を食べるところだったのだろう? 私は酒場にいくつもりだったが丁度いい。エドワーズさんに聞きたいことができたのでここに入ろう。私のおごりだ」
5名が入れる個室に案内してもらいテーブルに着く。先の出来事のインパクトが大きくて全員が落ち着かない。ひとりを除いて。
「さて、なにから聞かせてもらおうかな…。ええと、そうだな…ディナードからにしよう。どうだいソシエさんを仲間にして進捗はあったかい?」
船長さんは勇者様と話をして落ち着くつもりのようだ。
「はい、イノセント船長、俺は彼女を王様に紹介して一緒にグラスローの塔を奪還するように命じられました。まぁ…彼女のサポートのおかげで先ほど無事に攻略できました」
「そうか! よかった! 彼らも浮かばれる」
船長さんは目を大きくつぶりながら涙を流し始めた。
「長らくお待たせしてすみませんでした」
勇者様が頭を下げる。しばらくして船長さんも落ち着いてきて口を開く。
「すまない。私の友人があの塔奪還作戦で戦死してな」
「そうだったのですね」
「さて、次は君だ。エドワーズさん、説明してくれ…さっきのは一体…」
皆うなずきながらエドワーズさんに注目する。
「驚かせましたね。私の本当の名前はエルミーユ。エドワーズは男性のときの名前です。結論から言うと魔法で男性に変身していたの」
髪をかき上げながら言うエドワーズさん、いやエルミーユさん。すごく綺麗だ…羨ましい。
「そうだったのか…」
「どうして?」
勇者様、船長さんがそれぞれ反応する。
「私は吟遊詩人なのです。男性の姿のほうが旅しやすいですし、女性のひとり旅は危険ですからねぇ。まあ効果が途中で切れて街中であのような騒ぎに」
袋からリュートを取り出して見せてくれた。
「お詫びに一曲」
即興で一曲歌ってくれた。美しい歌声だ。そういえば無人島でも歌っていたけど随分印象が変わるものだ。エドワーズさんの時はパワフルで勇気をくれた、エルミーユさんの時は心を落ち着かせてくれる。すごい才能だ。
歌い終わって自然と拍手した。
「ご清聴ありがとうございました。まぁ、変身せざるを得なかったのは、魔王軍が最近活発ですからね。勇者ベルスとの死闘で傷がいえたのか、再び魔王が復活したと噂されだしています。人間、ドワーフ、エルフは魔物にさらわれる事案が増えました。特にエルフの女性は狙われやすいようです。その対策でもあります」
「なるほど」
私はうなずいた。
「しかし、変化の魔法をかけてもらいに故郷に戻りたいですね〜 でも、しばらくハイランドに滞在しようかとも考えています。ふたりが魔王を倒すまでのんびりと過ごしますよ」
「ええっ! それはお待たせしすぎてかわいそうです。その魔法は究極絶対変化でしょうか? 普通の変化魔法だと数分で効果は切れてしまいますよね。誰か使える人はハイランドにはいないのですか? 勇者様?」
「う〜ん。王宮の魔術師だれも使えないと思う」
勇者様は首を振りながら答えた。
「ソシエさん、よくその魔法をご存じですね。しかし、レア魔法のため誰でも習得できるわけではありません」
エルミーユさんは言った。
「その魔法は…エルフの忌まわしき歴史の中で生まれ、使い手は私たちダークエルフの村にしかいないと言われています」
「忌まわしき?」
私と勇者様は顔を見合わせてエルミーユさんの顔を見る。
「知りたいですか?」
皆うなずく。
「シャロット王国の歴史書にもありますし、隠すことでもないのでお伝えしましょう。私たちの祖先は約3000年前にシャロット王国に住み着いたと言われています。シャロット王国は代々エルフが統治してきた国。しかし昔は違います」
「シャロット王国の前身コルマール共和国に私たちの祖先は滅ぼされようとしていました」
「!?」
「エルフの大多数は…美形揃い、そして寿命が長い。それに若い期間も他の種族と違いとても長い。そのため外敵から狙われ続けました」
「娼婦、男娼として、または奴隷として。そして素材にまで利用されたのです」
「素材……?」
私は嫌な予感がして息をのんだ。
「エルフの美しい髪の毛は衣服やつけ毛の材料、爪は剥がされ付け爪にされました。眼球は特殊な防腐剤で義眼、そして血は長寿の薬の材料にされました。そんな効果はあるはずがないのにね…。また皮膚は鞄や壁紙の材料、身体はすべて余すことなく食材となり栄養価の高い料理として振舞われました」
「っ! 酷い!」
私は思わず口を押えた。
「バカバカしい迷信が3000年前は信じられていたの。コルマール共和国の嫉妬深いアナイネス女王が自分より美しいエルフを許さなかったのが発端のようです」
「そしてエルフの美しい男性は自分の周りに置き、エルフの女性や好みではないエルフの男性は先に説明した被害にあったと言われています」
だんだんと聞いている皆も顔が引きつってきている…。
「ひっそりと森で暮らし、かよわく美しいだけが取り柄のエルフは狩られる日々。仲間は減っていき絶滅寸前に追い込まれました」
「ある時、人間達に追いつめられ最後と思った瞬間、閃光が走り人間達は塵となりました」
「すると茶褐色の肌をした人間の男性が現れました。彼はエルフたちが忌み嫌う人間でしたが様子が違っていたようです。なんと囚われていたエルフたちを解放し、引き連れていました。そして、こう言いました。俺は人間だが人間が憎い。俺をエルフの仲間にしてくれと…」
「その男性は女王の腹違いの弟でした。姉からは肌の色が違うということで嫌われていました」
「彼はエルフの女性と親身になるうちに、恋に落ち仲間を解放した英雄ヤンと伝えられています」
「すごい…」
私は息をのんだ。
「数少ないエルフが生き残るには戦うしかないと、彼はみんなを奮い立たせました。戦いのセンスがある者を集め、徹底的に狩人と魔法の特訓を行いました。戦えないエルフには人間の姿に変身する魔法をかけました。彼等には情報収取や大勢の人間を罠へ誘導して一網打尽、ヤンは知略にも優れ戦局を瞬く間に変えました」
「なるほど、そこで生まれたのですね究極絶対変化魔法」
エルミーユさんはうなずく。
「数分しか持たない変化魔法では、危険ですからね。生き残るために、あえて大嫌いな人間に姿を変えなければならないという葛藤もあったと思います。それでも、なりふり構わず戦わないと生き残れなかったのでしょう…」
改めてコホンと咳をしてから彼女は続けた。
「遠距離からの狙撃や魔法を駆使して戦う集団に変貌したエルフたち。復讐に燃えた彼らは人間の男はもちろん女子供、年寄りさえも許さずに全ての人間を殺めました。こうしてコルマール共和国は滅びました」
「すげぇな…言葉もない…」
勇者様は呟いた。
「ヤンの戦いぶりは凄まじかったそうです。彼は姉に謀られ、何度も殺されそうになり命からがら王宮から脱出しました。さらに世界中に指名手配犯にされてしまい、味方だった母と弟は殺されました。信じられる人間は誰もいませんでした。そのため人間でありながらエルフ以上に人間を憎んでいたそうです」
「そうしてシャロット王国が建国されました。血塗られた歴史があったのよ…」
ふぅと息を静かに吐きながらエルミーユさんは言った。
「そしてエルフを率いた唯一の人間ヤンは乞われるように王に就任しました。しかし悲劇を繰り返したくないという思いから、国内が安定するとエルフの中から人望のある者に王位を譲り引退しました」
「やがて妻のエルフと共に南側の森に移り住みました。彼を慕って何人かが移り住み村となりました。彼の子供たちはやがてダークエルフの始まりともいわれています」
なんというか思ったよりキツイ話だった。そのためみんな暗い顔になっていた。
「あっ、でも今は3000年前と違って、人間を差別することはないので大丈夫ですよ! ハーフエルフも大分いますしね」
暗い顔をしていた私たちに気づいて、明るい声で言ってくれた。
「そういうわけで、今も変化の魔法は、一族ののみに脈々と伝えられています」
有事の際は自分たちエルフだけが助かるように保険をかけているのかもしれない。
「なるほど…因みに、その効果が詳しく書かれた魔導書を見たことがあるけどあなたの村の使い手が?」
「そこまでは詳しくないけど…たぶんね」
「まあ、この王都にもエルフの住人はいるしここは安全だよ」
勇者様が心配させないように、エルミーユさんに伝えます。
「ありがとう。しばらくハイランドに滞在させてもらうわね」
その後、みんなで世間話をしながら和気あいあいとし夜は更けていった。
うぅ…眠い…私はお酒弱かったのですねぇ…。あっ…また…ベルスの声が聞こえて来た。
――エルミーユの変化魔法解けたときは驚いた。あの様に解除されるのだな。羨ましい。人格分裂してないし。ということは…俺の中にはある仮説が浮かんだ。
…やはり、ベルスは元の体に戻りたいよね、でも私の問いかけには反応してくれないからな…。無視されているのかな…悲しい。
――魔王テンダエルはエルフの関係者。色々と拗らせすぎて自分の王国を作るため魔王となった。または、異なる次元からやってきた。まだまだ調査は必要だけどな。
…そうかもしれませんね。
――しかし、ずいぶんとのんびりとした魔王だな。魔物に世界の各大陸の攻略は任せて玉座に座っているだけとは。俺がヤツなら世界をとっくに滅ぼしているだろう。
うーん…確かに…。
――それにしても、ヤンは凄い奴だな。姉から常に命を狙われていたのが皮肉にも彼の戦闘力をあげる結果となり国を滅ぼす力になるのだからな。
そうだね…怨みと怒りは力になるのはよくわかるかも…。
――人間を憎みエルフを庇護するのはいいが、国内の人間を皆殺しはやり過ぎだ。さすがの俺もそこまではなぁと思う。昔の俺ならヤン寄りだろうけど。ソシエやディナードを見ていたら俺も甘くなってきたのかもしれん。それにしてもソシエは酒弱いのか。やれやれだ。
そうだよ…ベルス…私はお酒弱いのら〜。
あれれ…目が回ってきた。勇者様…おやすみなさい。
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