第99話



「いてててて、けつが、俺のけつが3つに割れ……てはいないな」



 突如として、何もない空間に穴ができそこに落とされてしまったジューゴだったが、冗談が言えるほどには余裕があるようで自らの臀部をさすりながらむくりと立ち上がった。



 自分が落ちてきた上方向を見るとそこには2メートル強ほどの穴がぽっかりと空いていた。

 そこから見覚えのある緑色の物体Xが顔を出しこちらの様子を窺っている。



「クーエ、クエクーエ?」



 まるで「ジューゴ、大丈夫?」的なニュアンスで鳴くクーコに苦笑いを浮かべると、自分の無事を伝えるようにジューゴは彼女に向かって手を振った。



「クーコも降りて来いよ」


「クエッ」



 ジューゴがそう言うと了解したとばかりにすぐさまこちらに降りてくる。

 急に落とされたジューゴとの違いは彼が落下したのに対し、クーコは自身の羽をバタつかせ落下速度を軽減しながらゆっくりと降りてきた。



(ちぇ、お前もけつから落ちればよかったのに……)



 醜い願望を心の中で吐露するジューゴであったが、クーコにそれを知るすべもなく無事にジューゴの元へと降り立つ。



「さて、ここは一体どういう所だ?」


「クエー」



 そこは縦横が大体10メートルほどのドーム型の空間で、所々に崩れた岩盤が点在している。

 当然人が作り出したものではないため、松明などの明かり取りもなく天井に開いた穴から差し込む陽ざしのみがその場を照らし出していた。



「まさか、ただの空洞ってやつなのか? だとしたら俺が無駄にけつを痛めただけになるぞこれ」


「クー……クエッ、クエクエ!!」



 ジューゴが「俺のけつはそんなに安くないぞ」と心の中でどうでもいいことを考えていると、クーコが何かを見つけたようで手羽先で俺の服を引っ張ってきた。



「どうした、何か珍しいものでも見つけた……のか?」



 服を引っ張るクーコに視線を向けると、とある壁の一角に巨大な模様が描かれた場所を発見する。

 それはどうやら壁を掘って作られた壁画のようなものだと最初は思ったが、よくよく観察してみたジューゴはそれが巨大な扉だということに気付いた。



 その扉は高さが5メートルで2枚の扉によって入り口が閉ざされており、その幅は3メートルにもなる。



「なんでこんなものが、地下にあるんだ?」


「クエー」



 その問いに対する答えが返ってくるはずもない呟きにクーコが同意したように頷く。

 だが目の前にあるものが扉である以上、それを無視して立ち去るという選択肢をジューゴは持ち合わせてはいない。



 プレイヤーたるもの未知なるものに出会った場合、とりあえず突き進んでみるというのが自然な事ではないだろうか。

 増してやジューゴはこの世界を満喫するためにFAOを始めたと言っても過言ではないのだ。



 だからこそ目の前にそびえる未知なる世界へと続いている扉を前にして撤退するなど考えられない事であった。



「よし、扉といえばまずはこれだろ」



 そう言いながら扉の前へと歩を進め3メートルほど手前まで接近すると、両手を掲げながらあの合言葉を口にする。



「……開けゴマ!!」



 それは実に自然に出た言葉だった。

 閉ざされた扉を開く時に使う合言葉ランキングというものがあるなら堂々の第一位に輝き続けている言葉を彼は言い放った。



 だがその言葉は空しく空洞に響き渡り、何も変化がない。

 静寂がその場を支配し、ジューゴともう一人……否、もう一羽がその静寂を破った。



「クエー?」


「いや、これは、その、だな……テヘペロ♪」


「クエクエ」



 クーコが「まったくまったく」という感じに肩を竦め、まるで欧米人が取るようなリアクションにジューゴは恥ずかしさとクーコに対する苛立ちを覚える。



(合言葉が違ってるとかか? それともそれとは別の条件で開くとかなのか? こうなったらそれっぽい合言葉を並べ奉るだけだ)



 その後彼は自分の知識の中で思いつく限り、扉を開けるための合言葉を叫び続けた。

 だが扉はうんともすんとも答えてはくれなかった。そう、彼はある致命的なミスを犯していたからだ。



「クエー」



 ジューゴが一生懸命扉を開けようとしているが、一向に扉が開かないことに痺れを切らしたクーコが、直接扉に干渉しようと歩を進める。



 ここで一つ哲学的な話をしよう。

 物事というのは複雑なプロセスを踏むことで、必ずしも目的の結果に到達できるとは限らない。

 むしろ、ごくごく単純で簡易的な言動は時として、複雑なプロセスよりも最善な一手となりうるのだ。



 クーコが扉に近づいていきその距離が1メートル半を切った時、突如として轟音が響き渡る。

 巨人族が通れるほど余裕のある扉がゆっくりと開いていきその入り口を露わにする。



(な、なんでいきなり開いたんだ!? そう言えばクーコが近づいたら開いたっぽいけど、それってまさか?)



 現代の知識に照らし合わせて、近づいたら独りでに開くシステムをジューゴは知っていた。

 だからこそ、彼が今の状況でツッコんでしまったのは無理もないことであった。



 彼が今の状況でどうツッコんだのかと言えば、こうだ。



「自動ドアかよぉぉおおおおお!! 俺のあの恥ずかしい時間を返せぇぇぇえええええ!!」



 ジューゴの心の叫びが木霊するも、その願いか聞き届けられることはなかったのであった。

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