第十章 謁見からの御前試合と迫りくる厄災

第84話



 がたがたと一定のリズムで揺れる馬車の中で、俺は複雑な表情を浮かべていた。

 馬車を操る御者の人は、一言も話さず馬を操ることに集中している。まさに“いい仕事してますね”状態だ。



「がるるるる……」



 対面に膝を抱えながらこちらを威嚇する獣……もといケモ耳少女がいる。

 言葉の通り牙を剥き出しにしながら、もふもふとしたケモ耳を逆立て今もこちらに飛び掛かって来そうな勢いだ。



「はぁー、いい加減機嫌直せよー、知らなかったんだからしょうがないだろうが」


「ぐるるるる……」


「クエクエ……」



 彼女との死闘をクーコと共に生き残った俺は、少々オイタ過ぎる彼女を折檻した。

 具体的には彼女の尻尾をもふもふしただけだが、残念ながら手つきが18禁に引っかかるためアニメ化されたら見せられないよ君が仕事をすることだろう。



 今自分が置かれている現状に苦笑いを浮かべつつも、彼女の目的は大体であるが聞いている。

 彼女の名前はサリアといい【セリアンスロゥプ】の狐人族に属している女性だ。

 セリアンスロゥプとは俗に言うケモ耳族たちの総称でケモ耳と尻尾があれば基本的にセリアンスロゥプになるらしい。



 彼女の言動から、ケモ耳族たちの事を【獣人】と呼称することはセリアンスロゥプ達にとって侮蔑を意味するらしい。

 だから俺も【獣人】と呼ぶのは止めたのだが……【セリアンスロゥプ】って日本語に訳すと【獣人】だったはずなのだが、これ如何に?



「ロールスロイスにとって尻尾が恥部だなんて人間の俺にわかるかよ」


「セリアンスロゥプだ! 一文字も合ってないじゃないか!!」


「そんな細かいことはどうでもいい。それよりもサリア、国王が俺を呼んでいるという事だが呼び出しの理由はなんだ?」


「細か……コホン、それについては私がお前に説明する許可を陛下にいただいておらぬので、陛下から直接聞いてくれ」



 恐らく俺の“細かい事”という言い方に反論しようとしたが、俺の質問に答えることを優先した結果の間だと結論付ける。

 なるほど、ここで下手に内容を説明してバックレられたら堪ったもんじゃないだろうからな。……こいつ、ケモ耳のくせになかなか小賢しいじゃないか。



「お前何か失礼な事を考えていないか?」


「うん? サリアは可愛いなって思ってただけだけど?」


「なぁ!?」


「クエぇ!?」



 俺が冗談全部(?)で冗談を言ったら、途端に顔を赤くするサリア。そして、クーコが何故か驚愕の声を上げている。



「な、ななな何を言っておるのだっ、おまっ、お前は!? 私が可愛いだとっ!? そ、そんなわけないじゃないか!」


「ははっ、サリアは面白いなー(棒)」


「クエッ、クエッ、クエッ!」



 まるで熟れたトマトのように、顔を真っ赤にしながらサリアが俺の言葉を否定する。

 そして、クーコよ、手羽先で俺の肩を叩くのは止めてくれ、地味に痛いんだが……。



 その後、目的地の王都に到着するまでサリアをおもちゃにしながら時間を潰した。

 その間クーコは、何故か俺の肩を手羽先で叩いてくるのを止めなかったため、一度真面目にツッコんだら頬を膨らませて「クエクエ」と鳴いていたので、右手で頬を掴み頬にため込んだ空気を抜いてやった。



 ドゥーエチッタの街からコルルク荒野経由でとある岩場まで到着した後、そこから転移魔法を使って王都へとやってきた。

 ちなみに転移魔法はサリアが持っていた【テレポートストーン】というアイテムを使って発動させた。御者の人が置き去りだが、馬車の回収も兼ねてるようなので気にしないことにした。



 転移魔法によってやってきた場所は厳かな雰囲気だった。

 そこは25メートルプールをちょうど半分ほどにした広さの場所でどこかの建物内のようだ。

 床には幾何学模様の魔法陣が浮かんでおり、おそらく転移魔法の魔法陣なのだろう。



「ガーデンヴォルグ伯爵、戻られたか」


「ただいま戻りました、ヴォルフ様」



 そこにいたのは魔法使い風のローブを身に着けた、一目見ただけでも高価そうな宝飾が施された杖を持った老齢の男性だった。

 白髪交じりの髪と年かさを重ねた証である顔の皺が、彼が今まで経験してきた人生の深さを物語る。



「彼が勇者殿か?」


「はい、ジューゴ・フォレストです」


「待て、勇者ってなんだ? サリア聞いてないぞ?」



 いきなりぶっ飛んだ発言をする男に思わずタメ口で話してしまった。

 しかもサリアが伯爵だと? 一体どういう事なんだ!? 俺が今の状況を飲み込めないでいると男が自己紹介してきた。



「申し遅れました。私はディアバルド王国宮廷筆頭魔導師を務めさせていただいております。ヴォルフ・ザジ・ラインベルトと申します。以後お見知りおきくださいませ」


「こ、これはご丁寧に……ジューゴ・フォレストと申します。冒険者をやっております。それで先ほどの勇者というのはどういうことでしょうか?」



 先ほどのタメ口を訂正し、こちらも丁寧な口調で答えるよう勉める。

 日本人の性というか社会人としてのエチケットというか、相手が丁寧に接してきたらこちらも丁寧な対応になってしまう。



「……? 伯爵、勇者殿になにも説明していないのですか?」


「申し訳ございません。陛下の方から説明のご許可をいただいておりませんので、詳しい話は陛下からお聞きいただくようにとだけ伝えました」


「そうですか。とりあえず立ち話というのもあれですので、こちらへどうぞ」



 ヴォルフの案内に従ってとある部屋の一室に入る。

 この部屋に来るまでの建物内を見てみたが、どうやらここは王都というだけあって城の内部のようで、厳格な雰囲気の回廊が続いていた。



 部屋の内装も豪華絢爛と言っても過言ではなく、高価な調度品や家具が並べてあり今俺が座っているソファーだけでも俺の所持金で買えないような品質の良さだ。

 カーペット、本棚、シャンデリアにテーブルやソファーという差し詰め応接室のような場所だという事が窺える。



 しかも俺がこの部屋に入ってソファーに座ったタイミングで、給仕服に身を包んだメイドが紅茶を運んできた。

 服の上からでも分かるほどの大きな膨らみと女性らしい柔らかな微笑みを浮かべており、母性的な雰囲気を持っている人だ。



「どうぞ」


「どうも」


「クェ……」



 俺が彼女から紅茶を受け取ると手が少し触れてしまった。

 真っ白な白魚のような手は柔らかくどことなくいい匂いがした。この時何故かクーコが小さく鳴いた。



「それでは陛下の謁見の準備が整うまでもう少々ここでお待ちくださいませ」


「え? あ、あの、何も説明がないんですが……」


「……しばらくお待ちください」



 どうやらぶっつけ本番らしい、ヴォルフは俺に一言だけ告げると部屋を後にする。

 サリアは部屋に残ったので目一杯のジト目を向けてやると、顔をあさっての方向に向け俺と視線を合わせないようにしていた。



「ハ〇ゲンダ〇ツ伯爵、説明して欲しいのですがっ!」


「私はガーデンヴォルグ伯爵だ。そんなアイスクリームみたいな名前じゃない!」


「いいから俺の質問に答えるんだ。バーゲンセール伯爵」


「だ・か・ら! 私はガーデンヴォルグ伯爵だ!!」



 その後謁見の準備が整った事を伝えに来たヴォルグが来るまで、サリアで暇つぶしした。

 彼女はセリアンスロゥプらしく、愛玩動物の才能があるようだ。実に有意義な時間だった。

 そう思いながら、母性メイドが入れてくれた紅茶を飲み干すと、ヴォルフとサリアを伴って謁見の間へと向かった。

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