幕間「デスペニストと呼ばれた男の軌跡」



 この近代において、新世代家庭用ゲーム機である【VRコンソール】通称Vコンが世に登場した。

 仮想現実多人数参加型オンラインロールプレイングゲームことVRMMORPGのローチンソフトである【フリーダムアドベンチャー・オンライン】にとあるプレイヤーが参戦する。



 彼は名のあるプレイヤーでもなければ、何かしらの能力に特化しているプレイヤーでもない。

 だが、彼には一つだけ異常なまでの拘りがあった。



「うおおおおおおおおおお!」



 男が死を覚悟したような咆哮を上げながらモンスターに特攻する。

 彼の目の前には【オラクタリア大草原】に主な分布域を持つと言われているオラクタリアピッグの群れがおり、このFAOの世界では最弱のモンスターの一匹として広く知られる存在だ。



 この男の本名は定かではないが、プレイヤー名を【ニコルソン】と名乗っており、運よく【VRコンソール】の抽選人数である30万人の中に選ばれたラッキーボーイだった。



『ニコルソンは【オラクタリアピッグ】に殺された』



 何の変哲もないメッセージウインドウが先の戦闘結果を物語るも彼は何故か優越感に浸っている。はっきり言って気持ちが悪い。

 この世には様々な性的嗜好を持つ人間が存在するが、どうやら彼もまた特異と呼ばれる特殊な性癖の持ち主のようだ。



「はぁー、素晴らしい。やはり今までのオンラインゲームとは違い、仮想現実は痛みがあるのが素晴らしい」


「そういう発言は誰もいないところで呟いて欲しいものだね?」


「まったくでござる。同じ人種だと思われたら堪らないでござるよ」



 ニコルソンがデスペナから復帰した時、ちょうど彼らもこの世界へとやってきたばかりだった。



 今はまだ初期装備に身を包んでいるため、誰だかわからないが後に貴族の恰好をした突っ込みを担当することになる【ほろ酔い伯爵】と忍び装束を纏い二人の間に入る緩和剤的な役割を担う【ハッタリ半蔵】である。



「それでお前は一体何をしてたんだ?」


「また死んじまったぜ、てへぺろ」


「テヘペロじゃねえよ! またか!? VRMMOでもデスペニストで逝く気か!?」



 デスペニストというものを知らない方のために説明するが、ゲームをプレイする上で【縛りプレイ】というプレイ方法がある。

 ある特定のプレイ内容を制限することで、ゲームの攻略難易度を自主的に上げて楽しむというものだ。



 その中でも彼のやっているのは嗜好的縛りプレイというジャンルに属している内容のもので、簡単に言えばフェチのようなものである。

 無謀な特攻などを繰り返し死ぬことを至上の喜びとしている特殊なプレイ方法で、マゾヒズムの要因も持ち合わせているため他のプレイヤーからは変態だと認識されることが多い。



 日に一度は死ななければ気が済まないというほどデスペナを受けたがっており、そのプレイ内容と変態的な価値観も相まって侮蔑と尊敬の意味を込め彼のようなプレイヤーは【デスペニスト】といつしか呼ばれるまでに地位を確立していた。



「何を言っているんだ伯爵? 俺は【デスペニスト】じゃない。ただの特攻野郎だ」


「なお悪いわ!!」



 こういった類の人間は自分が【デスペニスト】であることを認めない傾向が強い。

 自分自身の事を客観的に見るのが難しいのと同じように、自分がやっていることの異常性が理解できないのだ。



「まあまあ、二人ともそれくらいにするでござるよ。今回はVRMMOを初めてプレイするでござるから、街を見て回るところから始めてはどうでござろう?」


「いや、今からまたフィールドに出て特攻を――」


「待て待て待て! さっきも死に戻ったんだろ!? 今日のデスペナはこれで終わりだ」


「チッ」


「「なんでそこで舌打ちなんだよ(するでござるか)?」」



 二人が突っ込んだことで、なんとか死に戻り衝動を思いとどまらせることに成功したニコルソンはログアウトの時間が来るまで二人と一緒に街の散策をして過ごした。







「行ったぞニコルソン、止めを刺せ!」


「よし、任せろ。今逝くから! 絶対逝くから!!」


「俺の言ってる“いく”はそっちじゃねえよ!!」


「ニコルソン殿、早く止めを刺すでござる!」



 数日後、三人はパーティーを組んで今日初めてのモンスターとの戦闘を行った。

 ニコルソンだけは初日にモンスターに特攻を仕掛けているので、実質初めてなのはほろ酔い伯爵とハッタリ半蔵の二人だ。



 まず陽動役の半蔵が、オラクタリアピッグのヘイトを集めるため敵の注意を引きつけ、中継役の伯爵が半蔵のヘイトを奪わない程度に敵の体力を削り、最後の止め役をニコルソンが請け負うという三人パーティーではありがちなフォーメーションなのだが……。



「よし豚共、掛かってこい。今楽になるから!」


「楽にしてやるだろうが!? 妙な表現使ってんじゃねえよ」


「いや伯爵殿、彼が使うのなら表現としては正しいのかもしれないでござるよ?」


「ま、まさかあいつ!?」



 そう思ったところで、時すでに遅しであった。

 瀕死状態のオラクタリアピックの最後の悪あがきである突進をその身に受けたニコルソンは、体力がゼロとなり光の粒となって消えていった。消えるときに清々しい爽やかな笑顔を残して。



「ニコルソおおおおん!! ……また逝きやがったぞあいつ?」


「あの人のあれはもはや病気でござるな」


「質が悪いのはそれを本人が自覚してねえってことだ。半蔵さん、戻りましょう」



 この後伯爵の手によって小一時間ほど説教されたのは言うまでもなかった。








「よし、掲示板の書き込み終了っと……」



 それからさらに数日後、失った経験値を取り戻すべくオラクタリアピッグを乱獲した後、ニコルソンはいつもの待ち合わせ場所である広場へと向かった。



 そこにはすでに待っていた二人がおり彼の姿を確認すると、ジト目で呆れた口調で話しかけてきた。



「お前さ、デスペナ食らって失った経験値取り戻すのはいいけどよ。そもそもデスペナを食らわなきゃそのレベル上げしなくていいんじゃねえのか?」


「……」



 もう一人は言葉には出さなかったが、首をコクコクと動かしてるので彼の言葉に同意しているのだろう。

 だが、その程度で【デスペニスト】と呼ばれている人間が自身の行動を省みるはずもなく……。



「二人とも何か勘違いしてないか?」


「「……?」」


「【デスペナ】は食らうものじゃなくて受け止めるもの――」


「だまれえええええええ!!」


「だめだこりゃでござる……」



 また一つ、無意味な迷言が誕生した瞬間であった。









「今日はどうするでござるか?」


「そうですね。薬草採取のクエストでも行きましょうか?」


「逝くのかっ? 本当に逝ってしまうのか!?」


「「“いく”の意味が違うんだよ(でござるよ)!!」」



 相も変わらず、この男は死に戻ることを至上の喜びとしてるようで、二人の突っ込みなどなんのそのである。



「待てよ、たまには毒草で自爆死というのもなかなか乙なもの――」


「「死に方に風情を求めてんじゃねえよ(るなでござるよ)!!」」



 流石の半蔵もニコルソンの最近の行いに我慢の限界だったのか、普段伯爵の突っ込みを窘めるはずの彼でさえ突っ込んでしまうほど最近の彼の死にたがり衝動は目に余るものであった。



 それでも死に戻りで失った経験値やお金などは三人一緒にプレイする時には元に戻しているため、二人もあまり強くは言えないでいた。

 だが、死に戻りをしなければそもそもレベル上げの必要が無いため、努力の方向が間違っていると頭に疑問符を浮かべてしまう二人だった。



 そして、今日も今日とて彼はモンスターに特攻を仕掛け死に戻っていく。

 己が欲望を満たすために、崇高な目的のために、今日も今日とて死に戻りライフを満喫中なのであった。



「だから、【シニモドリウム】が足りな――」


「シニモドリウムってなんだよ!? そんな物質この世に存在してねえええええ!!」


「もう好きにするでござるよ……」



 【デスペニスト】の変態(?)プレイはまだまだつづく……。



――――――――――――――――――――――――



【作者のあとがき】



 お疲れ様です。こばやん2号です。

 第九章が終わり節目となる第十章までやってきました。



 前話の83話でいきなりの急展開予想できた人いたでしょうかね?

 無理矢理突っ込んだ感が否めませんが、次の章でまた新たな面倒事が起こるかもしれませんね。



 感想でリクエストをいただいていたので、第九章の幕間はニコルソンに焦点を当てて書いてみました。

 相変わらず我が道を逝くニコルソン、振り回される伯爵と半蔵の苦労が忍ばれますね。

 ちなみにここの“我が道を逝く”の“逝く”は間違ってないので誤字脱字報告は上げないように。



 感想も小説家になろう&アルファポリスの両方でいただくようになり、有難い限りです。

 特になろうでの誤字脱字報告がすごく助かってます。これからも誤字脱字報告よろしくお願いします。



 さて、ここで読者の感想について一つ気になったものがあったので、それにお答えいたします。

 感想でよくいただくのが【ヒロイン】についての言及なのですが、この作品にヒロインはいません!!



 この作品のジャンルを言うなら【ハートフル疑似的ラブコメディ】というものに該当します。

 主人公は恋愛する気がないけど、周りの女の子たちが主人公を我がモノとすべく、奮闘するといった類の作風となっております。



 恋愛に発展する可能性はほぼゼロですが、そうなるべく頑張る女の子たちの健気(?)な光景を楽しんでいただければ幸いです。

 まあ一部というかほぼ全部の女の子キャラが残念な事になってますが、突っ込んだら負けです。そこは大人としてスルーしてあげてください。



 次回第十章はケモ耳っ娘がジューゴの前に現れた事で何が起こるのか、そこに注目といったことであとがきの挨拶とさせていただきます。



 それでは次回乞うご期待!!

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