第77話



 ドゥーエチッタの人ごみは思ったよりも多くはなかった。

 これも【冒険者たちの武闘会】が始まりの街で開催されている影響であることは明白だ。

 それでも大通りを行き交う人の数は一定数いるため、宿を出る前に使用した【認識阻害】が無駄という事にならずに済んでいる。



 荷物が積み込まれた馬車を操る御者や手押し式の荷車などを引いている人もちらほらと見かけ、少なからずプレイヤーの姿も見受けられた。

 サイドで纏められた三つ編みをした年端もいかない幼女や、豊満な身体つきをした妙齢の女性なども見かけ、色んな意味で目の保養となっている。色んな意味で。



 大通りの両端に設けられた屋台で様々な物が売られていたが、主に歩きながら食べられる軽食を販売しているようだ。



(そう言えば、携帯食料と俺が作った料理以外の食べ物を食った事なかったな……よし)



 物は試しという事で、適当な屋台を見繕いそこへ向かって突撃してみた。

 見たところ何かの肉を串に刺して塩で味を調えた俗に言う【肉串】という料理を売っている様だった。

 さっそく店員に頼もうと声を掛けたが、俺に一切反応しない素振りを見せたところで【認識阻害】が発動しているためだと気付き、慌てて店員に俺を認識させるように意識を集中する。



「へーい、らっしゃいらっしゃい、肉串いかがっすかー、肉串ぃー、にくぐ――って、ぼあーびっくりしたあああ!!」


「ども」



 認識阻害の対象外になったため、店員が俺に気付いた。

 気付いてもらえたところまでは良かったのだが、それにしたってそんなに驚かなくてもと心の中で思った。



「急に現れたんでビックリしましたよー、ハハハ。それでお客さん……でいいのかな?」


「ああ、うん、その【肉串】ってやつを一つもらおうか」


「クエクエ!」


「うん? どうしたクーコ」


「クエェェェ」



 店員に肉串を頼もうとしたら、クーコが口を大きく開け、自分も食べたいアピールをしてくる。

 俺はそのリアクションに肩を竦めると、肉串を二つ注文する。

 ちなみに肉串二つでお値段120ウェンだった。一つで60ウェンか……高いか安いか分からんな。



 店員から肉串を貰い、そのうちの一本をクーコに手渡すと器用に羽を手のように使って食べ始めた。

 ……まったく、お前の手羽先は一体どうなっているんだ?



 一応食べる前に【鑑定】を使って見てみた結果がこれだ。



 【肉串】


 よく街の露店で売られている。

 魔物の肉を焼き、シンプルに塩で味付けしたもので味は可もなく不可もない。



 製作者:ドゥーエチッタの肉串屋  レア度:☆☆




 【鑑定士】のレベルが30になった事で、鑑定の結果も詳細が見れるようになっていた。

 それと金曜日の深夜にアップデートが入ったため、レア度の表示にも以前とは異なり星マークで表現されるようになった。



 それから肉串を食べながら露店を冷かして回り、【認識阻害】が二度切れそうになったので切れる前にかけ直した。

 それと肉串のお味についてだが、鑑定結果の通り本当に可もなく不可もない普通の味だった。

 しばらく歩いていると、手作り感満載などでかい看板を見つける。



「なになに……【バレッタ工房】? なるほど工房か」



 どうやら適当に散策をしていたら、工房にたどり着いてしまったようだ。

 こちらとしても工房は【鍛冶職人】を持っているので、無関係ではない場所だ。

 いずれ見つける予定だったが、予想に反して向こうからやってきてくれたようだ。よしよし。



 工房に足を踏み入れると、中からもわっとした熱気が伝わってきた。

 慌ててメニュー画面の装備欄からフード付きの外套を外す。

 肩にクーコが止まっていたので一度降りてもらおうかと思ったが、クーコが止まった状態で外套だけが消えるという現実ではありえない現象が起きた。



「こういうところはゲームっぽいよな」


「クエ?」


「なんでもない……さてと、ここの責任者はどこだろう」



 このFAOというゲームの仕様なのか、それとも運営の手抜きなのか、どちらかははっきりしないが工房の内装は始まりの街で通っていた工房とほぼ同じものだった。

 となると以前の工房で、親方が陣取っていた場所にいる人物がここの工房の責任者になるはずなのだが、そこには該当する人物がいた。



「うん? 客かい?」


「ども」



 俺はその人物を認識阻害の対象外に設定する。

 認識阻害から外れたことで、人の気配を感じ取ったその人が工房の入り口に視線を向けたことで俺と目が合い先のセリフを発した。

 ちなみにだが、すでに作業に勤しんでいるプレイヤーの姿もあるため、認識阻害はこのまま継続することにした。



「おーい、タロス、ちょっとこっちに来な!」


「なんすか姐さん、今忙しいところなんすけど?」


「いいから、オレが来いっつったらお前は黙って来りゃあいいんだよ!」


「そんな理不尽なー」



 そう言いつつも素直に来る彼も彼だと思ったが、そんなことはどうでも良かったので彼も認識阻害の対象外に入れてやる。



「ああ、客だったんすね。すいやせん、全然気が付かなくて」


「構いませんよ、ところであなたがこの工房の責任者の方ですか?」


「そうだ。オレがここの工房を取り仕切ってるバレッタだ。こいつはオレの舎弟のタロスだ。それであんちゃんは?」



 認識阻害の対象に外れたことで俺を認識したタロスが俺に気が付かなかったことの謝罪を受け入れた後、彼女に向き直り先の質問を投げかける。

 バレッタと名乗ったのは妙齢の女性でどうやら俺と同世代くらいのようだ。



 作業用ズボンに上はタンクトップ一枚というなんとも色気のない格好ではあるが、無駄な脂肪が付いていない引き締まった体躯をしている。

 薄着のタンクトップからこぼれ落ちそうなほど、それはそれは大きな二つの果実をたわわに実らせていた。不謹慎だが、一瞬「美味しそう」という感想を頭の中で思ってしまった。



 格好自体は色気がないものの、中身が女性……否、雌としてのフェロモンをこれでもかという程迸らせている。

 赤髪に黒の瞳を持ち、顔立ちは鍛冶仕事で煤だらけになっていたものの概ね整っており、着飾れば相当の美人になるとお見受けする。



 一方タロスと呼ばれた男もまた俺と同世代の男性で、少し小柄ながらも日々の鍛冶仕事で鍛えられた体は脂肪がなく筋肉が浮き彫りになっている。

 緑の髪に緑の瞳を持った青年で、少し三下臭が漂っていたがいざというときは頼りになりそうな印象を受けた。



「初めまして、俺の名はジューゴ・フォレスト。外を歩いていたらこの工房が目に入ったので、立ち寄ってみました。できれば鍛冶仕事をするときに、この工房の施設を使わせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」


「へえ、アンタが噂のジューゴ・フォレストか……ふーん」



 そう言いながら俺の姿を頭のてっぺんから足のつま先まで品定めをするかのように視線を巡らす。

 そしてひとしきり値踏みが終わると、口端を三日月状に歪めながら挑発するかのような態度を取る。



「どうやら噂通り本当に鍛冶をやるらしいねぇー。ああ、工房使用の件なら条件次第で使わせてやってもいい」


「また姐さんの悪い癖が始まっちまったよ……はあー」


「それで、その条件とは?」



 どうやら何かやらされることになってしまったようだ……。

 面倒事は避けたいのだが、これも工房を使うためのサブイベント的なものなのかね?

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