第72話



 「……雑草っ、……石ころっ、あとこれは……げっ、オラクタリアピッグの糞かよ!?」



 雲一つない澄み切った空の下、俺は足元にある様々な物に視線を向ける。

 現在位置は始まりの街を出てから徒歩数分もかからない場所であるオラクタリア大草原を歩いている。



 あれから世話になった街の人々に挨拶を終え、とある場所に向かいがてら鑑定士のレベルを上げるため目についた物を片っ端から【鑑定】しているのだ。



 世話になった人と言っても人数が限られており、工房の親方に露店の店主、宿屋の無駄に身体つきのいいオヤジと防具職人のガッツくらいだ。

 他にも思い起こせばいるかもしれんが、二度と会えなくなるわけでもなし、今回はこの四人だけで大丈夫だろう。



 今俺は鑑定士のレベルを上げるために鑑定しまくっているが、あくまでも今やっていることは副目的作業でしかない。

 では主目的は何かと言うと、クエックの卵の補充である。



 だがその前に確認しておかなければならないことがあるのでそちらを片付けていく事にする。

 実は今週の月曜日に新たにアップデートの知らせが公式サイトに掲載されていた。



 月曜、火曜と焼きおにぎり騒動に追われていたため、公式サイトの情報を確認し忘れていたのだ。

 水曜になった今になって確認することになったが、とりあえず内容は以下の通りだ。



 ※いつもフリーダムアドベンチャー・オンラインをご利用いただきありがとうございます。



 最近数多くの仕様に関するご指摘を多くのユーザー様から頂いており、その改善の目途が立ちましたのでここにお知らせいたします。

 つきましては、今回のアップデート内容を下記に記述しておりますので、ご確認のほどお願いいたします。



 【アップデート内容】



 1、レア度の表示の変更



 等級表示が無くなり、☆だけで表現されるようになります。(例 変更前→三等級(星三つ)  変更後→☆☆☆)



 2、リクエストボードの追加



 フリーマーケットの機能に新しく出品主に対してメッセージを残せる【リクエストボード】が追加されます。(リクエストボード機能のオンオフ可能)



 3、トレード機能の追加



 プレイヤー間で物々交換や品物と現金の取引が可能となります。



 4、フレンド登録数の上限の追加



 フレンド登録可能人数の上限が50人から100人に追加されます。



 以上の内容が今回のアップデートの内容となっております。

 尚アップデートの実施日時は今週の金曜日午前0時から午前8時を予定しておりますのでご理解とご了承をお願いいたします。



 【注意】アップデート実施時間が遅れる場合がございますので、その点につきましてもご理解とご了承、並びにご協力のほどよろしくお願いいたします。



 

 ……ということらしい。

 とりあえず、一つずつ見ていこう。まずはレア度の表示変更についてだ。



 俺はあまり気にならなかったのだが、等級で表現するとなれば数字が小さくなるほど上等になっていく。

 福引を例に取れば分かり易いと思うが、五等賞よりも四等賞、さらに上だと三等賞、二等賞といった具合に数字が小さくなるにつれて商品のグレードが上がっていく。



 他に例えるなら兵士の階級も三等兵よりも二等兵、それよりも一等兵の方が兵士としての階級が高くなっている。

 以上の例を踏まえるとFAOの等級はこの法則を知っている人からすれば違和感があったのかもしれない。



 次にリクエストボードの追加だが、これは俺としてはかなり有難い。

 今まで出品した商品を購入してくれる人の声が聞けなかったため、どの商品が最も人気があるのかそれが分からなかった。



 だがこのリクエストボードによって客がどの商品を求めているのか分かるようにもなるし、客側からすれば出品者に新しい商品を提案する機会の場として有効な機能になってくれると俺は思う。



 三つ目のトレード機能は一見するとフリーマーケットの機能と被っている気がするが実はまったく違う。

 フリーマーケットは特定の場所に露店を設け、そこで商品を販売するというもので今回のトレードはプレイヤー個人の取り引きに使われる。



 しかもトレードは、街の中だろうがモンスターの出現するダンジョンやフィールドだろうがどこでも利用可能なのに対し、フリーマーケットは出品自体はどこでも可能だが、購入となると出品している露店に足を運ばなければならないのだ。



 そして、フリーマーケットは基本品物と現金の取引だが、トレードは品物同士の交換も可能としている。

 以上の点から見ても今回追加されるトレードはフリーマーケットと別物と言っていいだろう。



 最後のフレンド登録数の追加はありふれた内容だが、すでに登録数が上限に達している人からすれば地味に嬉しいアプデ内容と言えるのではないだろうか。

 ……まあ俺のフレンド登録人数は1人だけどな、ははっ。



「ふーん、どうやら動画録画とかSS (スクリーンショット)の追加はないっぽいな」



 このFAOが他のオンラインゲームと隔絶しているのは、個人情報の漏洩を防ぐための対策だ。

 その一つとして、かつてのMMORPGには搭載されていたSSや動画録画機能を搭載しておらず、GMによる全プレイヤーの監視という徹底ぶりを取っている。



 当然ながらセキュリティに関しても国レベルの防衛網が敷かれているという噂があり、ちょっとやそっとの事では侵入は不可能とされている。

 ちなみに先ほどのGMによるプレイヤーの監視についてだが、ゲームの外枠の概念から秘密裏に行われているため、ゲーム内でのスキルや魔法で位置を特定しようと思っても、気配や視線などと言うものは一切感じられない。



 さらに別の対策として、このFAOのアバターであるキャラクターは基本的には現実世界のプレイヤー本人の姿形を形成するようになっている。

 つまり性別、容姿などの外見的なものに関しては現実世界とほとんど変わらないよう対策されている。



 その理由として現実世界と仮想現実であまりに見た目や性別が違い過ぎると、仮想現実が本当の現実だと妄信し始め、最終的にゲームに引きこもってしまうという事態を引き起こす可能性があるためだ。



 精々が髪の色や目の色を変えるくらいしかできないようになっているため、よくそれが掲示板で議論されていたりする。

 まあ現実世界を疎かにして仮想現実に没頭し過ぎるなという運営のメッセージなのかもしれない。 



 とりあえずこの話はこれくらいにして、ソロ活動に戻ろうじゃないか……。

 現在オラクタリア大草原を西に進撃中だが、今俺がいるのはモンスターが出現するフィールドなわけで……。



「ピッグちゃんが四匹ね……こりゃ魔法を鍛えるチャンスだな」



 魔法に関しては氷を出すだの火を出すだのと手品感覚でやっていたら、攻撃魔法の【ファイヤー】や【アイス】を覚えていた。

 魔導師のレベル自体も4に上がった影響だと考えられるが、とにかくこれでようやく本格的な遠距離攻撃の鍛錬に入れる。



「悪く思うな、子ブタちゃんたち……これも運命ってやつなんや、うん……」



 使い慣れていない関西弁モドキを言い放ちながらさっそく攻撃魔法を叩き込む。



「【ファイヤー】!」



 テニスボール大の火の塊が右手に発現する。

 それを野球のピッチャーが振りかぶって投げるイメージを思い浮かべ、オラクタリアピッグの一匹に向けて放った。



「プギィィィィ」



 手から放たれた火の魔法がオラクタリアピッグに直撃する。

 断末魔の叫びと共にオラクタリアピッグは地面に体を沈め絶命した。

 少し可哀想だとは思うがこれも俺の魔法の修行のためだ、人柱……いや豚柱となってくれ。



 その後ファイヤーだけでなくアイスの魔法も駆使して四匹のオラクタリアピッグを撃破する。

 そのままゆっくりとした足取りで襲ってくるモンスターに魔法をぶつけながら歩いていった結果ベルデの森の入り口に到着した時点で魔導師のレベルが7にまで上がっていた。



 レベルが5になった時にさらに【サンダー】の魔法と【魔道の心得】というスキルを修得した。

 【魔道の心得】は魔法の威力が通常よりもアップするというものだったが、流石にいきなり高威力になるわけではなく、精々が3%程度の上昇といったところだ。

 恐らくだが、魔導師のレベルが上がるとともに補正率も上がっていくと予想する。



 そのままの勢いでベルデの森へと侵入した俺は、オラクタリア大草原で見せた蹂躙劇を繰り返しながら目的地の大木を目指していた。

 ベルデの森を歩くこと十分後に目的地の大木の先にある空洞までやってきたのだが……。



「クエェェェェェェェェ!!」


「うおっぷ、なっなんだ、何も見えないぞ!?」



 突如として視界が闇へと包まれる。

 顔に柔らかいもふもふとした感触が伝わってきたのを感じた俺は、体毛のある何者かに抱きしめられているのだろうと判断する。

 どうやらその判断は正しかったようで、抱きしめてきた元凶が俺の身体から離れると視界が再び光を取り戻す。



「クエッ、クエクエクエッ!!」


「やはりお前か……」



 そこにいたのは額に剣で斬られたような斬撃のエフェクトに似た痣のあるクエックだった。

 あれから結構な時間が経過したため、俺の腰までの高さしかなかった体躯は俺の頭二つ分程の大きさまで成長している。



 体長で言えば二メートルと三十センチくらいだろうか、まさかクエックという生き物がこの数週間でここまで成長する生き物だとは思わなかった。



 そのまま傷のあるクエックを伴って、母親クエックとその兄弟たちのいる場所まで近づいて行く。

 どうやらクエックというのは鳥系モンスターだが、鳥頭というわけでもないらしく俺のことを覚えてくれていた。


「久しぶりだな、早速で悪いんだが、卵おくれー」


「クエッ」



 母親クエックも俺がここに来た目的を理解しているようで、すぐに仲間のクエック達を呼び寄せ卵を爆産してくれた。

 他の子どもクエック達もたくましく成長しており、卵を産めるほどまでになっている。



 前回と同じく空洞内にはクエックの卵が所狭しと並べられ、広かった空間を占拠している。

 そのまま手を翳し、全ての卵を収納空間に入れると、最終的に手に入れた卵の数は350個にまで達した。

 この場に集まってくれたクエックの数は100羽ほどだったので1羽辺り3個以上も生んでくれたことになる。



「ありがとう、お陰で助か――」


「「「「「「クエーーーーーー」」」」」」


「……はぁ、ですよねー」



 前回同様100羽のクエックが口を大きく開ける仕草をする。

 それは鳥の雛が母親に餌をねだるときの仕草と似ており、とどのつまり「卵やったんだから、なんか食わせろ」というメッセージを孕んでいた。

 その後料理を提供してやり、クエック達が満足したのを見計らって別れの挨拶をする。



「じゃあ俺はこれで行くから、また卵が足りなくなったらよろしくな」



 そう言うと俺は踵を返しその場を後にしようとするのだが、俺の外套を引っ張ってくる感触があった。

 何事かと振り返れば、額に傷を持つクエックが俺の外套を引っ張っていたのだ。



「なんだ? まだ食べ足りないのか?」


「クエクエ、クーエッ、クエクエ」


「うん?」



 どうやら食べ足りなかったわけではないようで、首を横にふるふると振ったあと羽を手のように使って器用に空洞の出入り口をしきりに指差す。



「ああ、もしかして俺と一緒に行きたいってことか?」


「クエクエクエクエクエッ!!」



 そう俺が言うと、千切れるんじゃないかと思うほどに首を縦に振る。

 某有名RPG風に表現するなら「クエックが仲間になりたそうにこちらを見ている」だ。

 以前ベルデビッグボアと戦った時、こいつとは「大きくなったら一緒に冒険しようぜ」と約束していたが、俺としては社交辞令の口約束でしかなかった。



(たしかに、こいつを連れて行けば乗り物としては便利だろうけど……)



 流石に一緒に連れて行けないと思い、助けを求めるように母親クエックの方を見ると。

 羽をまるで人間が使う手のように器用に使いオーケーサインのような仕草を作った。

 ……クエックて意外と人間っぽいんだな。



 保護者である母親の許可と何より本人も望んでいるという事。そして、俺も口約束とはいえ約束したと言えば約束してしまった手前断るに断れない状況が生み出されてしまっていた。

 これはしょうがないなと思いつつ、改めて傷のついたクエックに向き直り真剣な顔を作って問いかけた。



「いいかお前、外の世界は危険が待っている。いつ死んでもおかしくない、それでも俺に付いてくるというんだな?」


「クエッ!!」


「……はぁー、わかった。それだけの覚悟があるならもはや何も言うまい。じゃあ一緒に冒険しようぜ!」


「クエェェェェェェ!!」



 俺の言葉に感極まったのかその場で高く跳躍すると歓喜の雄たけびを上げた。

 こうして、様々な逃げられない状況が作り出された結果、とある1羽の鳥系モンスターが仲間になったのだった。

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