第56話
アイリーンは驚愕していた。
突然目の前に現れたダークエルフ族の恩人である俺に対してもそうだが、何より彼女が驚いているのは……。
「あ、あの……ジューゴさ……ん?」
「何だい、アイリーンさん」
「今私を鋏で捕まえている、サソリの尻尾は何処に行ったのでしょうか?」
「え? 尻尾? 邪魔だから斬った」
「は、はぁ!?」
俺が事実をありのまま伝えると、声を荒げ驚いている。
今の今まで目の前の巨大なサソリのモンスターに命を狙われていたにもかかわらず、次の瞬間には尻尾が無くなったサソリが目の前にいる。
まるでマジシャンの手品のような、狐に化かされた人間のような、呆気にとられた顔をアイリーンは張り付けていたが、一先ず彼女とアゼルさんには安全地帯に避難してもらうとするか。
「アゼルさん、危ないのでアイリーンさんと一緒に離れていてください」
「そうしたいのはやまやまなんだけどよ、こいつの鋏が固くてアイリーンを助けられないんだ」
「どれどれ……」
彼女を助けることができないアゼルさんが無力感に苛まれているようで、苦々しい表情を浮かべる。
俺はそんな彼の機微などお構いなしに、持っていた鋼の剣でアイリーンさんを捉えている鋏の付け根部分からさらに裂け目を広げるような感覚で下から上に払い上げた。
放たれた斬撃はまるで解れた糸を引っ張るかのようにサソリの鋏部分の付け根から割けていき、ついには横に真っ二つになる。
「これでよし、と……」
「「……」」
二人とも何が起こったのか、頭が付いて行かないのかしばらく呆然としていたが、サソリの束縛から解放されたとわかった途端、アゼルさんがアイリーンさんの手を取り彼女の体を抱き寄せる。
「アイ、良かった無事で……」
「アゼル……」
お互いの名を呼び合い無事を喜ぶ二人だったが、今はそんなことをしてる場合じゃないだよな、一応……。
俺は二人にもわかるようにあからさまにわざとらしい咳ばらいをした後、皮肉を込めて言い放った。
「お二人の仲がおよろしいことは分かりましたから、早く安全な場所に避難していただけますかねぇ~。そういったことはできれば誰もいない二人っきりの場所でやるべきではないかと思うのですがねぇ~」
俺の皮肉が伝わったようで二人とも顔を真っ赤にして俯いてしまう。
何とも締まらない雰囲気が漂い始めた時、業を煮やしたような、まるで「俺の存在を忘れんじゃねえ!」と言わんばかりの叫び声が響き渡る。
「シャシャー」
「悪ぃ悪ぃ、お前の事すっかり忘れてたぜ。てことで二人とも危ないから下がっててくれませんか?」
「わ、わかったぜ」
「ジューゴさん、無理はしないでくださいね」
そう言うと二人がその場から離れていきサソリと俺だけがその場に残った。
俺はとりあえずモンスターの詳細情報を確認することにした。
「【エルダーコルルクスコーピオン】ね……またこのパターンか」
どうやらこのFAOというゲームはそれぞれのフィールドに存在する固有種がレアモンスター化するみたいだな。
オラクタリア大草原ではオラクタリアピッグの進化系のオラクタリアホッグが、ベルデの森ではベルデビッグボアがレアモンスターだったので、おそらくベルデボアも存在するのだろう。
そして今回のコルルク荒野ではコルルクスコーピオンの進化系のエルダーコルルクスコーピオンがレアモンスターとなっているようだ。
「こっちとしては分かり易くていいが、毎回毎回出てこなくていいだろう、レアモンスターよ……」
レアというのは「稀な、珍しい、滅多にない」といった意味の言葉だ。
だというのに、毎回新たなフィールドに赴く度にレアモンスターに出会っていては、何をもってしてレアモンスターなのだろうか。
もう少し自重してくれ……。
「まあ、出てきちまったのはしょうがないし、何よりこのまま放っておいたら村が滅茶苦茶になるからな、じゃあ殺るか……いや、やるか」
無駄なことに頭の処理を使うのを止め、目の前のモンスターを倒すことに意識を集中する。
今のところ、不意打ちとはいえエルダーコルルクスコーピオンの尻尾の毒針部分と、アイリーンさんを捕縛していた左の鋏は部位破壊が完了している。
だがしかし、これで調子に乗って余裕ぶってしまうと手痛い反撃を食らうかも知れないため、気は抜かない。
窮鼠猫を噛むなんてことわざにもあるように、追い詰められた相手というのは自分を犠牲にして相手を道連れにするという選択肢を取る能性だってある。
慎重すぎる方が丁度いいのだ。相手を侮る行為というのはいかなる分野においても愚行以外の何ものでもない。
相手を油断させるために敢えてそういった戦法を取るのならまだしも、今回の相手はその策を必要としないモンスターだ。
どうやら少し考えすぎたようで、スコーピオンが打って出てきた。
スコーピオンは自分の体に乗っかっている俺を振り落とそうと、残っている尻尾部分を器用に使い、毒針を打ち込む要領で攻撃してくる。
だが尻尾を切断されたことにより、射程が短くなってしまっていた。
今の俺であれば容易く躱せる攻撃なので、上体だけで難なく躱す。
尻尾攻撃が有効でない事を悟ったスコーピオンは早々に諦め、攻撃手段を変えてきた。
自分自身がその場でぐるぐると回転することによって、遠心力で振り落とそうとしてきたのだ。
流石にこの巨体がその場で回転すれば、相当な遠心力が働き、スコーピオンの体に取り付いていられなくなる。
「よっと」
俺は奴が作り出した遠心力に巻き込まれないよう後方に跳躍し、ダメージを回避する。
ようやく俺が離れたことで、ここぞとばかりに突進してきた。
5メートルを超える巨体が突撃してくれば並の人間であればひとたまりもないだろう。そう、並の人間であれば。
俺はスコーピオンの突進を下段に構えた鋼の剣で受け止めた。
これが現実の世界であれば、そんな物理の法則を無視したことができるはずもないが、幸いなことにここは仮想現実で創造されたゲームの世界なのだ。
「はっ」
短い気合の入った声と共にそのまま剣戟を食らわせると、硬い甲殻を貫通し内部の柔らかい部分が露出する。
そこからお互い睨み合っていると、どこからか声が響き渡った。
「ジューゴ、負けないで!!」
俺が声のした方に視線を向けると、ルインが両手を祈るように組みながらこちらを見ていた。
どうやら俺が苦戦してると勘違いしたらしく、彼女の性格からは及びもつかないほどの大音声の叫びだった。
先ほど油断しないと思っていたが、どうやら遊び過ぎてしまったようだ。
俺は自分の行いを反省するためとルインの声援の気恥ずかしさをごまかすために左手で頭を掻く仕草をすると、スコーピオンを見据えた。
「じゃあ遊びはこれでおしまいってことで、本気出そうかね」
そう呟くと俺はスコーピオンに向かって突進する。
迎撃のために横に薙ぎ払われた右の鋏は俺を捉えることなく空を切る。
鋏が薙ぎ払われる前にスキル【縮地】を使って、一気に距離を詰めたからだ。
そこから鋼の剣を一振り、二振りと攻撃を加える。
攻撃が当たる度に鉄の剣では貫通しないほどの硬度を持った甲殻が剥がれ落ち、足が斬り飛ばされ、だんだんと惨い様相になっていくが、俺は攻撃の手を止めない。
一旦体勢を立て直すべく、距離を取った時、突然メッセージウインドウが起動する。
『特定条件を満たしましたので、【剣士】スキル【地竜斬】を獲得しました』
うん? なんかこの土壇場で新しいスキルが出てきたな、どんなスキルだ。
俺はウインドウからスキルの詳細を確認する。
どうやら剣を地面に向かって下から上に払い上げる事で地面を這うように斬撃が狙った相手に襲い掛かるものらしい。
威力や射程は使ってみないとわからないが、獲得したタイミング的にもこれで止めを刺すべきだと思った俺はそのままスキルを使用する体勢に入る。
「えっと、下から上に払い上げる……下から上に……よし。これで止めだ。スキル発動【地竜斬】!!」
払い上げられた剣から発生した斬撃はまるで蛇が高速で地面を這うようにスコーピオンに向かって行く。
一方のスコーピオンは目にも止まらぬ斬撃に、抵抗することすらなく地竜斬の攻撃を受けてしまう。
5メートルを超える巨体に地竜斬の一閃が走った刹那、スコーピオンの体は左右に分かれ、真っ二つになった。
最後の命の灯火のようにもがき苦しむ様子を見せた後、スコーピオンの体は動かなくなった。
スコーピオンが絶命した直後すぐに耳をつんざくほどの大歓声が響き渡った。
どうやら村人たちが安全な場所から戦いを見ていたようだ。
その後すぐにアゼルさんやアイリーンさん、村人たちが俺を取り囲むように寄ってきた。
「ジューゴさん、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「大丈夫です。意外と弱かったので」
「救世主だ。あなたはこの村の救世主だー!」
村人の一人がそんなことを言い出したため、村人から救世主コールが沸き起こる中、エゼルさんとルインが近づいてくる。
アイリーンさんが感極まったように泣いていたので聞いてみると、どうやらもう一匹エルダーコルルクスコーピオンがいたらしく、村人の避難の時間稼ぎのためエゼルさんと村の戦士たちが命がけで食い止めていたらしい。
ちなみにそのエルダーコルルクスコーピオンは村の戦士たちの連携もあって何とか討伐は出来たようだ。
幸いなことにこれだけの事態が起こったにもかかわらず、怪我人は多数いるものの奇跡的に死亡者は一人も出なかった。
「ジューゴ殿、いや救世主様、此度はこの村を魔物の手から救っていただき、感謝の言葉もありませんですじゃ。村を代表してお礼申し上げます」
そう言うとエゼルさんは俺に向かって平伏する。
村人たちもそれに倣い、まるで神が降臨したかのような光景に俺が戸惑っていると、ルインが近づいて来る。
そして、俺に正面から抱き着き顔を俺の胸に押し付けてきた後、とんでもないことを言い放った。
「ジューゴ、ボクと結婚して」
「はぁ? お前何言ってんだよ。そんなことできるわけないじゃん」
「できる。ジューゴ、ボクの裸見た」
「そっそりゃ見たけど、それだけで結婚はさすがに……」
「それに……おっぱいも揉んだ……」
「うっ」
確かにそうだけど、それは事故みたいなもので決して邪な気持ちで見ようとしたわけじゃないし、おっぱいだって彼女を助けようとした結果起こってしまった不運な出来事だ。
俺がそう説明しようと口を開こうとした時周りの様子がどよめき立っていた。
何事かと戸惑っていると、エゼルさんが俺に問いただしてきた。
「救世主様、誠にルインの肌を見たのですかな? そして、胸を触ったと?」
「た、確かに見ましたし、触りましたけどだからと言って結婚は大げさでは?」
「我らダークエルフ族は肌を見せる相手は生涯の伴侶になる相手にしか見せてはいけないという掟があるのです。加えて男から女の胸を触るという行為は我らにとって「自分のものとなれ」という意味があり、つまるところ求婚のようなものなのですじゃ」
そう言った宗教も現実の世界にあるから理解できなくはないがだからって結婚なんてできるわけがない。
第一ここはゲームの世界なんだぞ、現実世界で彼女すらいない俺がそんなことできるか。
「じょ、冗談じゃない。俺は結婚なんてしないからな!」
「ジューゴ待って、ボクと結婚して」
「断る! 第一俺とお前は出会ったばかりじゃないか」
「ふふ、スピード結婚だね」
「やかましい! とにかく断るっつったら断る!」
ダークエルフの村に来たと思ったらモンスターの襲撃を受け、しまいには族長の妹と結婚とか、どんな展開だよ。
今後自分の身に降りかかる面倒事に嫌気が差しながらも、俺はこの状況に対して「勘弁してくれえええええええええ!!」と悲痛な叫び声を上げるのだった。
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