第47話


「おういらっしゃい、ってあんたか……」



 工房のすぐ裏手には数店舗ほど店が立ち並んでいる。

 そこは主に工房で製造された装備などを売るための場所だが、店の経営者と装備を作る職人が同一人物の店がたまに存在する。

 お察しの通り、ガッツさんの店は後者の方の店であるため、店の店主と防具を作る生産者を両方兼任している。



 ガッツさんが経営する店に入ると、当然のことだがガッツさんが店の店主として出迎えてくれた。

 簡単な挨拶もそこそこに、俺は早速彼に本題を投げかける。



「実はガッツさんに教えていただきたいことがありまして……」


「そんな他人行儀にしなくてもあいつと同じ話し方でいいぜ」


「では遠慮なく。実はこの合金の加工方法を教えて欲しいんだけど……」



 そう言って俺は収納空間から自作の【鋼合金】を取り出し、会計カウンターに置いた。

 置かれた物をガッツはカウンターの奥から身を乗り出して一瞥した後、俺を見上げながら答えた。



「鋼合金か……あんたも最初の壁にぶち当たってるようだな」


「最初の壁って?」


「ああ、実は職人にとって最初の壁になるのがこの【鋼合金】の加工になんのさ。工房のあいつも言ってただろうが、こいつぁ加工がやり易い分思う通りの形にするのが大変でな。この合金が加工できりゃ、職人としては一人前になった証になるんでぃ」


「確かに親方もそう言ってたけど、だったら親方も加工できるってことだから教えてくれてもよかったのに……」


「おそらくあんたの腕を俺に見せたかったのかもな。そういう回りくどいやり方するんだよなあいつの場合」



 そう言うと長い髭を上から下に撫でながら顔を綻ばせるガッツさんだったが、こちとら時間が無いんだ。親方との絆の再確認はまたの機会にしてもらいたい。

 俺の生温かい視線を感じ取ったのか、バツの悪い顔を浮かべながら俺を店の裏手へと案内してくれた。



「ここがガッツさんの工房かい? ちょっと狭いけどなかなかいい工房だね」


「おおっ、分かるかい。流石だね」



 店の裏手に回り、少し歩いたところにある小屋に案内された俺はガッツさんより先に中へと入った。

 後に続いて彼も小屋の中へと入っていく。

 小屋の中は六畳ほどの広さに炉や作業台などが所狭しと設置されており、移動するためのスペースは大人二人分ほどと狭い。



 ちなみに俺がいつも通っている工房の広さは【坪】で表すと大体150坪ほどになる。

 平均的な工房の坪数は100坪になるので普通の工房よりも少し広めの造りになっているようだ。

 ガッツさんの工房の感想もそこそこに俺はさっそく鋼合金の加工法を教わることにした。



「まず手本を見せるためにお前さんの持つこの合金で簡単なチェストプレートを作るが構わないな」


「ええ、足りなければまた作りますし」


「へっ、簡単に言ってくれるなぁ、おい。この合金一つ作るのでも最初は数か月も掛かるってのによ……まあいいじゃあまず工程を見せるぞ」



 ガッツさんは一つ一つ手順を踏んで丁寧に教えてくれた。

 まず炉で加熱した合金をハンマーで叩き形を作る。今回の場合はチェストプレートなのでほぼ平らだ。

 次にからくり仕掛けの器具に先ほど叩いたものを乗せると、足を使ってペダルと踏み始める。



 すると歯車が連動して器具の先端に設置されているハンマー状の工具が一定のリズムで合金を叩き始めた。

 どうやら現実世界にあるプレス機の手動版のようなものらしい。

 このプレス機を使ってより細かい部分を形作っていく。



「いいか、次の工程、これが重要なんだ。見てろよ」



 ある程度形が整ったら千度から千百度という高温に加熱し、その後水を掛けて冷却する。

 これは俗に言う【焼き入れ】という処理で、一度高温に熱することで鋼自体の硬さを高める処理だ。

 さらに【サブゼロ処理】と呼ばれる一度高温に熱した合金を零度以下にまでさらに冷却することで、硬度の均一化と経年変化による曲がりや割れを防止することができるらしい。



 それから【焼き戻し】と呼ばれる焼き入れ温度よりも低温の二百度前後で再び熱を加え冷却する処理を行う。

 こうすることで靭性が生まれ使い勝手がよくなるのだそうだ。



「この【焼き入れ】と【焼き戻し】はセットだからな、忘れんじゃねえぞ」



 そして一度冷却したプレートをハンマーで叩き強度の確認と凹凸を付ける工程を踏み、ようやく完成した。それがこちら。




 【鋼のチェストプレート】



 鋼合金を使い正しい製法で製造されたチェストプレート。

 防御能力の高さもさることながら、耐久性にも優れている。



 防御+40  耐久値:800 / 800



 製作者:ガッツ(NPC) レア度:3等級(星三つ)




「防御40って、ガッツさんに作ってもらった【ベルデボアプレート】よりも上じゃないか! しかも耐久値もベルデボアシリーズの1.5倍はある」


「それがこの鋼合金の魅力ってやつさ、ちゃんとした製法で作ればかなり性能のいい武器にも防具にもなる。どうだ、少しは役に立ったか?」



 役に立つも何もこんな大事な事を一介のプレイヤーである俺なんかに教えていいのだろうか?

 こういうのは一子相伝的な感じで、代々受け継がれていくようなものではないのだろうか?

 俺がそう問いかけると――。



「イッシソウデン? なんだそりゃ、酒の名前か?」



 これですよ……全く親方といいガッツさんといい、どうして職人はこうも自分の損得を後回しにするのだろう。

 まあ教えてくれって頼んだのは俺だけどさ……。



 とりあえず、ガッツさんのお陰で鋼合金の加工法についてのヒントというかまるっきり答えを教えてもらったので、お礼を言いそのままガッツさんの工房を後にした。

 ちなみに先ほどのチェストプレートは授業料ということでガッツさんに寄付することにした。

 最初は「そんなものが欲しくて教えたんじゃねえ」と受け取って貰えなかったが、何とか説得して受け取ってもらった。



 後日、このチェストプレートがガッツさんの店に並ぶと、【高性能の防具発見!】という情報で掲示板に書き込まれ、ますます彼が忙しい日々を送ることになるのだが、それはまた別の話である。






 ガッツさんの工房を後にした帰り道にあるプレイヤーが俺に声を掛けてきた。

 言っていなかったが、前と比べて次の目的地に向かう移動中に他のプレイヤーが声を掛けてくることが多くなった。

 というのも、以前親方の不手際で製作者である俺の名前が公開された鉄の剣が出回り、一時俺のプレイヤー名【ジューゴ・フォレスト】という名がFAOの世界に轟くことになってしまった。



 この手のネトゲーは一度名が知れ渡ってしまうと、他のプレイヤーの注目を集めてしまうことになり、目立った行動が取れなくなる。

 俺も例に漏れず、いまだに鉄の剣を作ってほしいという依頼やパーティーの勧誘、珍しいものだと弟子入りしたいという生産職のプレイヤーが少なからずいるのだ。



 まったく、こっちは“まったりのほほん”とマイペースにゲームを楽しみたいっていうのに他の連中ときたら俺を放っておいてくれないのだ。

 今さら言っても仕方のない事なのだろうが、敢えて言おう“どうしてこうなった”と――。

 そんなことを考えていると俺が反応しなかったことを怪訝に思ったのか、再び声を掛けてきた。



「なあ聞いてんのか? あんたジューゴ・フォレストだろ?」


「だったらなんなんだ?」


「あんたに聞きてえんだが、フリーマーケット場に設営されてる【セルバ百貨店】ってあんたが出品者じゃないのか?」



 俺は辛うじて顔には出さずに問いかけてきたプレイヤーの顔を見た。

 さて、ここで返答を間違えるととんでもないことになるのは明白だ。

 ただでさえ性能のいい剣を作るプレイヤーとして名が知れ渡っているのにこれ以上有名になったら、最悪粘着されて何もできなくなるぞ。

 とりあえず俺は平静を装いセルバ百貨店の情報について聞くふりをすることにした。



「それってあれだろ。フリーマーケット場の一番奥に設置してある店舗のことだよな。確か料理を販売してて、かなり繁盛してるっていう。残念だが、俺は出品者じゃない」


「ホントだろうな?」


「俺のことは知ってるだろ? 性能のいい剣は作れても料理は作れねえよ」



 FAOのシステム上ではプレイヤーのステータス情報は自分以外のプレイヤーでは見ることができない。

 だが、特定のスキルを所持していたり、特定の鑑定アイテムなどを使用した場合はこの限りではない。

 そして運の悪いことにそいつはどうやら“この限り”ではないプレイヤーだったようで……。



「でもあんた料理人の職業持ってるよな? しかもレベルもかなり高い。これをどう説明するんだ?」


「……」



 やばいやばいやばいやばい、ここに来てまさかこんなトラブルに巻き込まれるとは。

 どうする? ここでとぼけたとしても否定は肯定を表すなんてことになり兼ねないし、もうすでにこいつの中で俺がセルバ百貨店の出品者だって結論付けたかもしれん。

 そんな土俵際の状況の中とある人物が俺に声を掛けてくる。



「ジューゴ君、お久しぶりです」


「あっ、あなたは」



 そこにいたのは俺が二度目のベルデの森の攻略に赴いた際に、モンスタートレインを引き起こし、何とか逃がすことに成功したユウトさんだった。

 その瞬間俺の右脳がフル稼働し、とんでもないことを思いついた。彼に迷惑が掛かってしまうかも知れないが、モンスタートレインを救ってもらった借りもあるのでここは彼に頼ることにした。



「なあ、あんた」


「な、なんだ?」


「さっき俺言ったよな、“俺はセルバ百貨店の出品者じゃない”って」


「それがどうした?」


「確かに俺はセルバ百貨店で出品されてる料理は作ってる、だが出品者じゃねえ。セルバ百貨店の出品者はここにいるユウトさんだ」



 俺はユウトさんの肩を組むとプレイヤーにそう言い放った。

 当然だが、状況を理解していないユウトさんは驚愕の表情を浮かべ、どういうことかと俺に説明を求める視線を向けてきた。

 なので俺が詳細を説明し、ここは俺の話に合わせてくれと頼むと快諾してくれた。



 その後は話をうまく合わせて、何とかそのプレイヤーをやり過ごすことに成功したのだが……。



「ジューゴ君、大事な事を一つ忘れてないですか?」


「なんですか?」


「セルバ百貨店の出品者が君じゃなかったとしても、実際料理を作ってるのが君だとバレたら意味ないんじゃ……」


「……あっ! ああああああああ!!」



 その時初めて俺がとんでもない失態をしたことに気付いてしまった。

 そうだ、ユウトさんの言う通り俺が料理を作ってるって知られたら意味ないじゃん。

 俺は頭を両手で抱えながら、現実世界では絶対にすることのない絶叫をしてしまう。



「……」


「……」



 微妙な空気が流れたが、何とか気を持ち直しユウトさんに謝罪する。



「なんか、いろいろとすみませんでした……もしかしたら今後ユウトさんにも迷惑かけちゃうかもしれません」


「僕も了承したことだし、それに気付いたのも後になってからだったし、こっちこそなんか申し訳ないです……」



 そのままその場にいても仕方のないことだと思った俺たちはお互いの無事を再確認した後「また何かあれば」ということでフレンドに登録した。

 ちなみにこのFAOにもフレンド機能があり、フレンドに登録するとログイン状況の有無と個人チャットが使えるようになる。

 こんな形での初フレンドだったが、ともかくユウトさんと再会できたしよしとしよう……よくはないがな。

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