第23話


 日が変わって月曜日、再びFAOの世界へと舞い戻る。

 仕事を終わらせ、家に帰宅した俺はすぐさま飯を食べ風呂に入りすぐに寝れる状態に用事を片付けるとVRコンソールに横たわりスイッチオン。

 いつもの木造の天井が目に飛び込んで来ると同時にすぐさまベッドから起き上がり状況を確認する。

 それからメニュー画面を開きGMへとメッセージを飛ばした。



 GMとは『ゲームマスター』の略称で現実世界で例えるならマンションやアパートなどの大家のような存在だ。

 こういったオンラインゲームではプレイヤーと直接対応するGMという管理者権限を持つキャラクターのような存在がいる。

 プレイヤー間のトラブルやゲーム上のバグの報告、悪質なプレイ行為などの監視または処置など運営が細かく対応できない事案にその都度対応する役割を持つのがゲームマスターことGMの主な役割である。



 ではなぜそのGMにメッセージを飛ばすのかと言えばかねてより気になっていた『物を生み出した時に表示される製作者を非公開にできるようにして欲しい』という要望を送るためだ。

 こういったオンラインのゲームにおいて注意すべきなのは有名になり過ぎないことだ。

 名が売れれば売れるほど、依頼や質問あるいはクランやパーティーへの勧誘といった他のプレイヤーの面倒な対応に追われることになる。

 


 そういう面倒事に巻き込まれないようにするための一番の方法は名前を知られず影でひっそりと動くことだ。

 できれば矢面に立つ隠れみののような存在がいればなお良いのだが、そんな存在がいない場合絶対に名を知られてはいけない。

 もうすでに俺の事を認知しているNPCやプレイヤーはいるが現状問題はない。



 相手に自分の情報を与えすぎるのは現実の世界でもあまりいいことではない。

 特にこういう不特定多数の人間が参加するMMO形式のゲームにおいては尚更だ。

 だからこそ自分が作ったという形跡が残る製作者の名前を非公開設定にできることは今後の俺のまったりのほほんプレイに大きく影響することなのだ。



 何故ここまで俺が他プレイヤーの存在にビクビクしているのかと言うと、VRMMOを題材としたラノベの存在が大きい。

 俺が学生時代の時仲の良かった友人から“とある”VRMMOを題材としたラノベを読ませてもらったことがあった。

 そのラノベにはマイペースに楽しくVRMMOをプレイする主人公が描かれていたのだが、主人公の作り出したとある物が原因で注目されてしまいそれを他のプレイヤーにひたすら提供し続ける羽目になり自分のやりたいことができないまま時間が過ぎていくという場面があった。



 このゲームを始めるときに俺はそれを思い出し気を付けようと思った矢先に【白いプレイヤー鬼ごっこ事件】が起こってしまったのだ。

 出鼻を挫かれたとはまさにこのことだったがなんとか逃げ切ることに成功して今こうしてマイペースにプレイができている。

 あのままプレイヤーに捕まり真実を話していたらパーティー勧誘やどこでその装備を手に入れたかなどの質問攻めにあっていたのは想像に難くない。



 そういう予備知識があったからこそ俺は今まで慎重にこのFAOでプレイしてきた。

 だから製作者の非公開設定の導入は有名プレイヤーになりたくない俺にとっては必要な事だったのだ。



「これでよしと……」



 俺はGMに要望を送るといつもの外套に身を包み宿を出た。

 今回の目的は“卵をGETすること”だ。

 だが今日は平日なのでプレイ時間に余裕がない、そのため少し小走りで目的地の【ベルデの森】を目指す。

 本音を言えば大振りで腕を振って全力疾走したかったが、明らかに不自然のため自重した。



 それでも普通に歩くよりかは早いので数十分ほどで西の丘を抜け森の入り口までやって来れた。

 視界の広かった大草原とは違い、鬱蒼と木々が覆い茂る森は不安感を煽り立てる。

 だがお目当ての卵はこの森の中にあるのだ。虎穴に入らずんばなんとやらだ行ってやる。

 そう気合を入れ覚悟を決めた俺はまだ見ぬ新天地ベルデの森へと足を踏み入れた。



 森の中は木々が折り重なっている影響で視界が見通せない、急なモンスターの不意打ちに注意を払いながら進む。

 森に入ってしばらくするとオラクタリアピッグの群れ五匹が目の前にエンカウントする。

 どうやらオラクタリア大草原からこの森に迷い込んだ群れのようだ。



「これはこいつを試すのにちょうどいいな」



 そう呟くと俺は腰にぶら下げている新たな得物である【卓越した鉄の剣】を見やる。

 木の剣から鉄の剣にアップグレードが叶ったところではあるのだがこいつの重さに未だ慣れていない。

 実戦形式でこの武器の重さに慣れる必要があるので手ごろなモンスターを狩りたいと思っていたところそこへやって来た哀れな豚五匹。これはもうるしかないでしょ?



 そう考えていると生意気にも俺を取り囲み臨戦態勢を取るピッグだったが、俺にとっては最早苦戦するような相手ではないので鉄の剣の錆になってもらうとするか。

 だが一番肝心な鉄の剣の重さに慣れる訓練を重要視しているため剣を振った時の重心の移動を意識しながらピッグを一匹ずつ倒していく。すまぬ豚ちゃん、俺の礎となってくれ、なんてね。



 どうやら鍛冶職人の補正が効いているらしく早々に鉄の剣の重さに慣れたようだ。

 それと同時に剣士のレベルが1上がり待望のスキルを修得した。



『ジューゴ・フォレストの【剣士】がレベル5に上がりました。スキル【十文字斬り】を獲得しました』



 十文字斬りか。スキルというよりも剣技という言い方の方がしっくりくるスキル名だな。

 さっそく詳細を確認してみる。




 【十文字斬り】



 縦斬りと横斬りを組み合わせた剣技で相手を攻撃する。

 縦横単体の攻撃よりも強力な一撃を放てる。  消費MP 5




 これまた中二病チックなスキルだな。

 まあ新たなスキル獲得で確実に強くなったのは確かなので良しとしておこう。

 となればだ、早速使ってみることにする。



「【十文字斬り】!!」



 そう叫びながら縦斬りからの横斬りが斬撃の閃光となり一瞬で消えた。

 攻撃対象がいないためどうやら効果が発揮されずに消失してしまったようだ。

 やはりここは手ごろなモンスターに使って確かめてみたいところだな、さてどうしたものか。



「おっ、とか思ってたらモンスター発見」



 そいつは狼の姿をしたモンスターだった。

 俺はこっちに奴をおびき出すために手ごろな小石を拾ってそいつに投擲した。

 命中のステータスが低いためか命中せずに奴の近くに生えていた木に命中する。

 だがこちらの注意を引き付けることには成功したので万事オーケーだったが、ここで予期せぬ事態発生。



「げっ、む、群れですか……」



 どうやらそこにいた狼は一匹だけでなく全部で七匹だったらしく、その七匹全てが俺に向かってきた。

 近くまで接近してきたところで情報を確認するとそいつの名は【ベルデウルフ】と表示されていた。

 どうやらこの森に生息する狼系のモンスターで間違いないだろう。

 だが問題は数だ。俺一人に対して敵モンスターの数は七匹、まさに多勢に無勢だ。



 これがオラクタリアピッグ七匹であれば楽勝だったが今回は初見の相手という事もあり非常に不味い。



(どうする? 逃げるか? いやいや逃げても追っかけてくるだろうしなぁ~)



 まあこのゲームでの鬼ごっこは経験済みだから逃げようと思えば逃げられるが、モンスタートレインなんかを引き起こすのが怖い。

 モンスタートレインとはダンジョンなどのエリアでモンスターと戦わずに逃げた時にモンスターが追ってきている状態がまるで列車のような光景に見えることからそう呼ばれているが実際はいいものではない。



 逃げれば逃げるほどモンスターの数が増えるばかりか他のプレイヤーの迷惑にもなる。

 ゲームによってはそれを利用したモンスタープレイヤーキル通称MPKという戦略もあるらしいが、このFAOにおいて意図的な目的でモンスタートレインを引き起こしそれによってプレイヤーが死んでしまった場合その行為もPK行為と見なされてしまう。



 ちなみにこのFAOではPVP以外のプレイヤーへの直接攻撃は基本的にNGでそれを行った場合然るべき処罰が下される。

 軽いものだとアカウント一日停止処分から始まり最悪アカウント消去もありうる。

 それ故に俺は逃げるという選択肢を取れないでいた。



「って向かって来たしぃ~!!」



 俺が頭の中でいろいろ考えていると二匹のベルデウルフが突進してきた。

 一匹は躱したがさすがに二匹目は躱しきれずに直撃を食らう。



「うっ」



 衝撃が体へと伝わり鈍い痛みが全身を襲う。まずい、かなりまずい。

 ダメージは一割程度だが、こんな攻撃を連続で受けていたらいずれ力尽きる。

 なんとか体勢を立て直そうとするもそんなことをさせてくれるほど優しい相手ではないわけで――。



「がっ、ぐっ、げっ」



 そこから畳み掛けるように連続攻撃を受けてしまい見る見るうちに体力が削られる。

 残り体力が四割になってしまったところでようやく攻撃が止んだが、状況はかんばしくない。

 依然として敵の数は七匹と変わらず、こちらは体力を削られ動きに支障をきたし始めていた。



「か、下級ポーションを……」



 こんな時のためにと買っておいたポーションをぐびぐびとあおる。

 体力が四割から六割まで回復したがそれ以上に敵の弾幕のような連続の突進で再び体力が削られる。

 まさにサンドバック状態もいいとこでボコボコにやられてしまい残り体力が二割半になる。



(このままでは死ぬ。こうなったら特攻をかけるしかねえ!)



 俺は覚悟を決め近くにいたベルデウルフの一匹に向かってさっき修得したばかりの【十文字斬り】を放った。

 動く的に当てるのは初めてだったが見事にウルフを捉え地面に横たわるとそのまま沈黙する。

 これで残りは六匹だがまだまだ数では圧倒的に不利な状況だ。


 

 さらに事態が悪化する出来事がここで起きてしまう。

 どうやら近くにいたらしい体長約二メートルほどの大きさの熊のモンスターが乱入してきた。

 名前表示は【グリズリーベアー】と表示されていたがグリズリーとベアーって同じ意味なんじゃないのかと冷静にツッコんでしまった。



 そう言えば最近本屋でそんなタイトルの本を見かけたな、確かくま、k……ってそんなことはどうでもいい。

 こんな状況で俺はなにを考えているんだ。とにかく目の前の敵に集中しろ。

 目の前の敵に気を取られていたため背後にいたベルデウルフに気が付かず奴の噛みつき攻撃をもろに食らった。

 牙が腕の肉に深々と突き刺さる感覚はあまりいいものではない。



「くそっ、離せこの犬野郎!!」



 なんとか奴の牙から逃れたものの残り体力はもう一割しかなく風前の灯火だ。

 薄れゆく意識の中再び背後に気配を感じたため恐る恐る振り返るとそこには――。



 ――クエエェェエエエエ!!



 俺の数倍の体躯を持った黄色い何かが奇声を発していた。

 そして、気が付くと俺は街の広場に立っていた。




 ※今回の活動によるステータスの変化



 【プレイヤー名】ジューゴ・フォレスト



 【取得職業】


 【剣士レベル5】 パラメーター上昇率 体力+35、力+16、物理防御+18、俊敏性+11、命中+11



 【鍛冶職人レベル17】 パラメーター上昇率 体力+91、魔力+22、力+53、命中+13、賢さ+15、精神力+34、運+5



 【料理人レベル5】 パラメーター上昇率 体力+30、魔力+15、力+9、命中+9、精神力+7


        


 【各パラメーター】

 HP (体力)   235 → 244

 MP (魔力)   107

 STR (力)     83 → 88(+25)

 VIT (物理防御)  26 → 30(+21)

 AGI (俊敏性)   17 → 20(+12)

 DEX (命中)    39 → 41(+12) 

 INT (賢さ)    25

 MND (精神力)  51

 LUK (運)     25



 スキル:時間短縮、鍛冶の心得、十文字斬り  






 【作者の一言】


 各パラメーターの括弧内の数値が間違っていたので修正しておきました。(2018/12/19)

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