第21話
騒音響き渡る工房内で俺は椅子に座り目を閉じて考える。
題目はもちろん初めて作る剣についてだ。
今の俺を客観的な視点で見ればただ座っているだけで見ていてもつまらない。
だが俺の頭の中では様々な考えが駆け巡っているため本人的には結構楽しい。
自分の好きなことを考えている時ほど楽しいものはなく、気付けば二十分もそうしていた。
親方に「休憩にしては長すぎねえか?」と声を掛けられなければ一時間でもそうしていたかもしれない。
とりあえず頭の中で考えていた内容を説明しよう。
まず親方は原材料の鉄を使用してもいいと言ってくれたが、そこが問題だ。
本当に鉄で剣を作ってもいいのだろうか?
この場合のいいのだろうかという意味は使用する俺の能力的な問題を指している。
某有名RPGホニャララクエストに登場するただの木の棒を武器として使っていたキャラクターが急に鉄の剣を装備すると途端に強くなる。
だがそれはゲームだけの話であってこのFAOにおいては違うのではないか、俺はそう考えた。
リアルに限りなく近いこの仮想現実において木の剣の重量と鉄の剣の重量、果たして同じ重さだろうか?
十中八九答えは“否”だろう。鉄の剣の方が圧倒的に重い。
木の剣を使ってきた剣士がいきなり重量のある鉄の剣を装備して、今まで通りの動きができるのかと問われればこれもまた“否”と答えざるを得ない。
このことに気付いたのは俺が作った料理が関係していた。
材料と調味料を揃えさえすればレシピ通りの料理ができた今までのゲームとは違い、このFAOでは実際料理をしなければ完成された料理はできない。
そのことからも木の剣と鉄の剣もまた従来のゲームでは同じ重さのように扱えたが、このFAOでは重さが違うと推察できる。
であるならば木の剣の重さに慣れてしまっている俺が急に鉄の剣を使えばどうなるのか、答えは“まともに振るう事はできない”だ。
そこで鉄以外の材質で尚且つ重量が重くならぬよう薄く軽く剣を作る必要がある。
だがあちらを立てればこちらが立たずという言葉の通りどんなことでもメリットとデメリットが存在する。
薄く作れば壊れやすく脆い武器になる。かといって厚くしてしまえば重たくなり従来のスピードで剣を振るえない。
ならばどうするのか、選択肢は二つだ。 耐久値を犠牲にして軽く作るか軽さを犠牲にして丈夫に作るかの二択だ。
前者は軽いがほぼ消耗品扱いとしての武器になる。後者は長く使えるが今までのスピードで武器を振るえないそんなところだ。
「まあ考えてても仕方がない、まずは試作あるのみだ」
そうだ、そういう細かいことは作ってから考えればいい。
俺は無駄な思考をやめ早速作業を始めるため親方の元へと歩き出す。
「親方ちょっと聞きたいんですけどいいですか?」
「なんでい? なんかわかんねえことでもあんのか?」
「この工房内で扱ってる金属って鉄だけなんですか?」
「鉄の他には銅だな。他の鉱石も取り扱いたいが、なかなかこの街に入ってこねえからな」
それからいろいろと質問を重ね必要な情報をまとめていく。
銅は鉄と比べると硬度が低く柔らかいので加工がやりやすいが比重は銅の方が重いため同じ大きさの剣を作ると銅の方が重くなる。
なるほどだからホニャララクエストでは銅よりも鉄の方が性能がいいのか、納得納得。
現状この工房内で扱っている金属が鉄と銅の二種類しかなく、重さ的には銅の方が重いのであればやはり最初の予定通り鉄で剣を作った方が軽く仕上げることができるな。
それに硬度も鉄の方があるので薄く加工しても丈夫にできるようだ。
なんかいろいろと講釈を垂れたが結局はやることは何も変わらないということになった。
とりあえず使う材質は鉄に決定したが、最初から目的の作品を作るのではなくまずは簡単なナイフを作ってみようと思う。
使用目的ではなく試作が主な目的なのでサバイバルナイフや果物ナイフのように柄の部分は作らず、忍者が使うくないや手裏剣など投擲することで使用するタイプのナイフを作ろうと思う。
まずインゴットを炉に入れ熱を加え加工できる状態にしナイフの形に形成していく。
赤々と熱せられたこぶし大の半分ほどの大きさの鉄の塊をハンマーを使って叩いて伸ばす。
スキル鍛冶の心得の助けもあり短い時間で何とかナイフの形が出来上がる。
だがこれで完成ではない、切れ味を持たせるため研ぎの工程が必要になってくる。
丸い円盤が高速で回転する『研磨機』と呼ばれる装置を使用しナイフの表面を研いでいく。
徐々に光沢を持ち始めたナイフがキラリと光り輝くまで研ぐととりあえず試作第一号が完成した。
【手投げナイフ】
駆け出しの鍛冶職人の手によって生み出された投擲用ナイフ。
投げることを目的としているため消耗品扱いだが、切れ味は十分。
攻撃力+12
製作者:ジューゴ・フォレスト
初めて作ったにしてはなかなかの出来だが、一応切れ味を確かめるべく投げてみることにした。
部下の人にいらない板切れを貰いそれを的にして投げてみることにする。
「あぶねえから壁際でやるんだぞ?」
親方にも一言声を掛け、忠告のお言葉を頂戴した。
許可ももらったところで誰も作業していない壁に板を立て掛け狙いを定めて投擲する。
投擲されたナイフは見事に板に突き刺さったが狙った場所から大きく外れた。
俺としてはど真ん中を狙ったつもりだったのだが……。
これは俺の命中のステータスが低いせいなのかそれともナイフ自体の問題なのかそれがわからない。
投擲技術に補正のかかる忍者や盗賊、あるいは命中のステータスが大幅に上昇する弓師などが投げれば分かるのだが今はそんな人物がいない。
とりあえず板自体に突き刺さりはしているので切れ味に問題はないとみて試作は概ね成功と判断した。
次に本番の鉄の剣を作成していく。ここからが本番なので集中していこう。
先ほどと同じように鉄を炉で熱しハンマーで形を形成する。
ちなみに剣の大きさは木の剣よりほんの少しだけ短めにしておき少しでも重さを軽くする。
短くと言っても木の剣自体が竹刀ほどの長さもあるので多少短くし過ぎても問題はない。
それでもナイフよりは長いためインゴットを複数個使用し目標の大きさと長さに形作る。
「ふう、流石にナイフより時間が掛かるな」
叩いては炉に入れ熱し、また叩くそれを数度繰り返しようやく形になった。
その後水に浸け冷ますと研磨機を使って研いでいく。そしてできたものがこちら。
【劣悪な鉄の剣】
駆け出しの鍛冶職人の手によって生み出された鉄製の剣。
鍛冶技術が未熟のため通常の鉄の剣より性能は劣るものの剣としての機能は十分果たす。
攻撃力+15
製作者:ジューゴ・フォレスト
流石に一発でいいものができるわけもなく、出来上がったものはまだ改良の余地が残されている。
こうなったら納得がいくまで作り続けるだけだ。
その後五本ほど鉄の剣を作成したが、性能自体は最初に作った剣と同程度だ。
これは料理の時のように何か一工夫することで飛躍的に良くなる可能性があるな。
そう思いもう一度ハンマーを握り鉄の剣を作成する。
今回は研磨に一工夫してみることにした。
今までは研磨機にかけた後完成と判断していたが研磨後自分の手でさらに磨き上げるようにしてみた。
そして完成したのがこれ。
【磨き上げられた鉄の剣】
研磨機で研磨後さらに人の手で研磨することで切れ味を向上させている。
だが作ったのが駆け出しの鍛冶職人のためあまり耐久性がない。
攻撃力+18
製作者:ジューゴ・フォレスト
ふむ、どうやら人力で磨くことで切れ味を向上させることができた。
だがまだ改良ができそうだな。
「一旦親方に見てもらうか」
そう呟くと俺は出来た剣を親方に見せることにした。
俺から剣を受け取るとしばらくそれを眺めたあと話し始めた。
「始めたばかりでこれだけ打てれば上出来だが、まだ叩き込みが足りねえな。それと剣の形に叩いていくときに柄の部分から先端の厚みが均等になってやがる。先端に行くにつれて厚みを薄くすりゃ重さを軽減できるはずだ」
そう言うと親方は剣を俺に付き返し、仕事に戻っていった。
そうか厚みを均等にすると重さが増してしまう。
かと言って薄くし過ぎると脆くなるだろうからそこはさじ加減が大事だろうな。
その後数本剣を作っては叩きの作業を重点的に集中して行う。
何事も回数と失敗を重ねることで成功する確率も上がっていくものだ。
英語で言うならトライ&エラー、日本語なら試行錯誤、フランス語ならアンドゥトロワ。
……ゲフン、閑話休題。本題に戻ろう。
あれから何本も鉄の剣を作成し、幾つもの考えを巡らせ今俺が作れる最高のものをと作業を続けた結果一本の剣が出来上がった。それがこれだ。
【卓越した鉄の剣】
駆け出しの鍛冶職人が創意工夫を凝らし、作り上げた珠玉の一本。
軽さ、強度共にバランスが取れており鉄の剣としてはかなり優れた部類に入る。
攻撃力+25、俊敏性+3、命中+3
製作者:ジューゴ・フォレスト
おいおい、なんか攻撃だけじゃなくて他のステータスも上がるようなんだが?
これってかなりすごい装備なんじゃ……。
俺はとりあえずプロの意見を聞くべくすぐさま親方に見せに行く。すると――。
「お、おおう、な、なかなか、い、いいんじゃ、ない、ないか、ハハハ……」
なんか顔が引きつってるし、額に汗を掻いてるし、なんか様子が変だ。
どうやら途轍もないものを作り出したみたいだな、こりゃ。
(おいおい、なんてものを作り出しやがったんだ兄ちゃんは)
親方は内心で焦っていた。その理由は単純明快、ジューゴが作り上げた剣は親方ですら作れるようになるまで十数年を要したものだったからだ。
通常鍛冶作業によって作り出される武具は武器ならば攻撃力、防具ならば物理防御が上昇するものが作り出される。
だがそれ以外のステータスが上昇する武器や防具は並の職人では作成することすらできないほど高度なものだ。
もちろん革装備などの初期装備でも複数のステータス上昇が付与されたものは存在するが、使う材質が良質になればなるほどそれが困難になってくる。
特に武器などは複数のステータス上昇能力を持たせることは至難とされ、熟練の職人でも何か月もかけて作り出すものだったのだ。
それを鍛冶仕事を始めてほんの数日――これはゲーム内の時間での数日だ――であるジューゴがこのようなものを作り出すことを親方はおろか誰も予想することはできなかった。それだけのものを彼はこの短期間で生み出したのだ。
「親方? 大丈夫ですか、顔が引きつってますけど?」
「お、おう大丈夫だ。とにかくこの短期間でよくここまでのものを作り出したな」
「いえ、俺なんてまだまだですよ。親方に比べれば大したことはありません」
「あ、ああ、そ、そうか?」
本人は自分の鍛冶の凄さに気付いていないので純粋な感想だったのだが、ジューゴの実力を知る親方からすれば皮肉というか嫌味にしか聞こえなかった。もちろんジューゴがそんなつもりではないという事は重々承知だ。
「じゃあ作業に戻ります」
「おう、あんま無理すんなよ」
親方から鉄の剣を受け取ると俺は自分の作業場に戻っていった。
一応は目的だった木の剣に替わる新たな武器を入手というか作り出せたわけだが、まだ確認してないことがある。それは重さの確認だ。
もうすでに木の剣と鉄の剣の重さが違う事は鍛冶の作業中に確認済みだが、実際剣を振って確認はしていなかったのでここで一度確かめてみることにした。
「ふっ、はっ、とう!」
そんな掛け声とともに縦斬り横切り袈裟斬りなど基本的な剣士の動作で剣を振ってみる。
だが予想していた通り木の剣と比べると重さがあるため動作一つ一つが遅れる感覚がある。
鉄の武器を使っていくというのなら仕方のないことと言われればそうなのだが、これからはこの重さに慣れる訓練をしないとな。
それから俺は今まで生み出した鉄の剣の中でも未加工の工程があるものを重点的に鍛え上げた。
卓越した鉄の剣には劣るし他のステータスの上昇は付与されなかったが、それでも平均で攻撃力+20以上の鉄の剣が数本出来上がった。
最終的に俺の鍛冶職人のレベルは17にまで上がっていた。このとき耐久値が見れるか確認したが見れなかった。
おのれ耐久値め、いつになったら見せてくれるんだ。「ちょっとだけよぉ~?」的なものはないのか?
そう思いながらもとりあえず鍛冶に関してはこれくらいにしておこうと思い次になにをすべきか考えることにする。
鍛冶の感想としては難しくやり甲斐があったものの毎日やりたいとは思わないというのが正直なところだ。
俺はそんなことを考え自分が作り出した鉄の剣に目を落としながらコクリと頷く。
一つの目標を達成した達成感に浸りつつ次の目標を探すため思案するのだった。
※今回の活動によるステータスの変化
【プレイヤー名】ジューゴ・フォレスト
【取得職業】
【剣士レベル4】 パラメーター上昇率 体力+26、力+11、物理防御+14、俊敏性+8、命中+9
【鍛冶職人レベル17】 パラメーター上昇率 体力+91、魔力+22、力+53、命中+13、賢さ+15、精神力+34、運+5
【料理人レベル5】 パラメーター上昇率 体力+30、魔力+15、力+9、命中+9、精神力+7
【各パラメーター】
HP (体力) 205 → 235
MP (魔力) 95 → 107
STR (力) 55 → 83(+25)
VIT (物理防御) 26(+21)
AGI (俊敏性) 17(+12)
DEX (命中) 32 → 39(+12)
INT (賢さ) 18 → 25
MND (精神力) 37 → 51
LUK (運) 23 → 25
スキル:時間短縮、鍛冶の心得
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