385 金策いっぱい夢いっぱい

 顔を近づけ、俺からの返答を待つギルド長ゼラス。だが俺はきっぱりと言ってやった。


「お断りします!」


「んなっ……! なあマルク、少しは話を聞いてくれよ~!」


 ゼラスが情けないくらいに眉を下げ、さらに近づいてきた。うおっ、徹夜明けからくるオヤジ臭と魔物の血の匂いが合わさってかなりキツい。


 俺が思わず一歩引いたところで、セリーヌが呆れたような声を上げる。


「ねえギルド長、あんたがちょっと言ったくらいで首を縦に振るようならね、マルクはとっくに年齢をごまかして冒険者になってるわよ~?」


 そういえばセリーヌは以前、別の町で登録すれば簡単に年齢をごまかせるみたいなこと言っていた。たしかによそから流れてきた人の年齢確認なんてこの世界じゃ無理っぽいしな。


「うぐっ……。それはたしかにその通りだよなあ」


 セリーヌの言い分にゼラスががっくりと肩を落とす。ギルドの長になっている人まで、不正を認識して見逃してるのはどうなんだろうと思わなくもない。


 ゼラスは悔しそうに唇を曲げると、再び俺に顔を向けた。


「なあマルク、お前はどうして冒険者になりたいと思わないんだ?」


「だってなんの得もありませんし」


「そうか? 冒険者になれば、依頼を受けて金を稼げるし、解体費用だって安くなる。お前ならそれで十分生きていけるぞ?」


 するとため息まじりにセリーヌが再び口を挟んでくれた。


「はあ……あのねギルド長? この子、その気になったら冒険者ギルドに入らなくても十分にお金を稼げるんだから。マルクはギルド長が思っているよりもずっとすごいのよん」


「そうなのか?」


「ええっと……」


 俺は今できる金策を考えてみる。野菜やポーションを売ったり、精霊木も売れるかもしれない。ただ大々的に売るのなら商人ギルドに入る必要がありそうだけど。


 他には……土魔法で家を作ったり、光魔法で回復術士となんてのもある。やりたくはないけど、共鳴石を使って専属の通話係になったり、魔力供給で相手を鍛えるなんてのも思いついたこともあった。


 たしかに今でもできる金策はいくつか考えつく。でもそのどれもが今スグやりたいってものじゃないけど。


「お金を稼ごうと思えば稼げるかも……。でも今はお金もそんなに必要ないんです」


 俺に必要なのはお金よりも技術や知識なんだよな。それらを蓄えれば、今よりももっともっと俺の将来の選択肢が増えていくんだから。なにより今はお金を稼がなくたって、ありがたいことに父さんや母さんが俺を養ってくれている。


「ほらね、いい加減諦めなさい。ところであんたどうしてそこまでマルクに冒険者ギルドに入って欲しいのよ」


 セリーヌの問いかけにゼラスは肩を落としたまま答える。


「だってよお、この町ってすげえ平和だろ?」


「ん……。まあそうね。周囲の魔物も弱いし、治安も他に比べると悪くない。いい町だと思うわよ」


「だろう!? つまりな、この町にはまったく刺激がないんだよ! だから俺は会合の場で上司に言ってやったんだ。俺をもっと危険な町の冒険者ギルドに回してくれってな! ……でもな、冒険者ギルドのギルド長なんてみんな似たようなヤツばっかりでよ、俺まで席が回ってこないんだよ!」


 ゼラスは頭を抱えると、悶えながらしゃがみ込む。


「俺はこんなにも危険な町の冒険者ギルドに行きたいというのに! そしてもっと大物の魔物を解体したいんだよ! だからせめてマルクが冒険者になれば、今回みたいになんらかのおこぼれで解体できるかもしれないだろおおおおお!」


 そしてついにはその場でゴロンゴロンと転がりだした。周囲の職員が何事かとざわつき始めている。


『うわ、この人ヤバいですよ。お兄ちゃん、こんな人に感化されちゃダメですからね? 最近いろいろとハードだったので忘れてるかもしれませんが、お兄ちゃんには長生きして凝り固まった魂を柔らかくする目的と、私を末永く養う使命があるんですから』


『さすがに感化されるつもりはないよ……』


 しれっと末永く養う使命とか言ってるのはスルーだ。ドン引き気味のニコラの念話に答えている間も、思いの丈を吐き出したギルド長はゴロゴロと悶え続けている。


 だがいきなりピタッと動きを止めると、両手足を放り投げ大の字になって大きなため息をついた。


「はあ~~~~……。……しかたねえ、今は諦めることにするか……。でもな。冒険者になりたいと思ったときはいつでも相談してくれよな。俺はいつまでもお前を待ってるからよ」


 そう言ってゼラスは力なく俺に笑ってみせた。少し、いやかなり気持ち悪かったが、説明したらわかってくれたし、悪い人じゃないんだろうな、たぶん。


 ……そう思うと、なんだか少しだけ可哀想になってきたなあ。かといって、もちろん冒険者になるつもりはないけど。……あっ、そうだ。


「あの、わざわざ僕なんかを気にかけてくれたお礼ってわけでもないんですが……」


「ん、なんだ……?」


 なんだか十歳くらい顔が老けたように見えるゼラスがゆっくり立ち上がった。


「サドラ鉱山の件、聞いてると思うんですが、あそこで数匹のマザーストーンリザードを率いていた特殊個体……アレの解体ってやってもらえますか?」


「えっ、あっ、あの、マザーを率いていたという特殊個体……アレをまだ処分せずに持っている……の、か……?」


 震えた声で俺を見るゼラスに頷いてみせる。もちろん持っているのだ。魔石をアイテムボックスを使って抜いて、そのままアイテムボックスの中に放置したまんまだもんな。


「マジか……。てっきりもうどこかに流したものだとばかり思っていたが。……そ、そうか、金に困らず、アイテムボックスを持っているとなると、溜め込んだまま死蔵していることもあるよな、なるほどそういうことか!」


「えっと、どうですか? いらないなら別に……」


「やるっ! やらせてくれ! もちろんこれもタダでやるから! お願いだから俺にやらぜでぐでえええええ!」


 ひざまずいたゼラスが俺に駆け寄り、涙声で俺にすがりついてきた。


『ヒエッ……! お兄ちゃん、私これ以上おっさんの泣き顔を見るのはキツいので、向こうに戻ってリザのお尻を眺めてきますね』


 ニコラが戦線離脱を宣言すると、ぴゅーっと解体場から出ていった。せめてセリーヌがいてくれることだけが俺の心の支えだ。そのセリーヌもドン引きした顔でゼラスを見つめてるけど。


「わ、わかったから離れて……」


「うん! うん! 離れる!」


 ゼラスが素直に俺から離れてくれた。そして目を輝かせて俺がハーレムリザードを取り出すのを今か今かと待っている。


 こうしてゼラスの二徹目が決定した――かと思われたが、さすがに業務に支障をきたすということでギルド職員全員の反対にあい、翌々日の解体になったのであった。

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