369 D・I・Y

「いらっしゃい、マルク君、ニコラちゃん。今日はよろしくね」


 酒場アイリスの扉を開けると、パタパタと小走りにやってきたパメラが俺たちを出迎えてくれた。


 店内のカウンターでは、アイリスの女主人であるカミラが高そうな酒瓶を拭きながら俺たちにやさしく微笑む。


「二人ともいらっしゃい。そろそろ外も暖かくなってきたし喉が乾いたでしょ? 先にお飲み物を出すわね」


「わーい! ニコラ、リンゴジュースがいい!」


「ふふ、わかったわ。パメラ、案内してあげてね」


 カミラは拭いていた酒瓶を棚に戻し、軽い足取りで厨房へと入っていった。


 俺たちはパメラに案内され、柔らかなソファーがセットになったテーブルを囲む。俺は手持ちぶさたにソファーの感触を確かめながら、ニコラに念話を送った。


『相変わらず遠慮しないね、お前』


『なーに言ってるんですか。遠慮なんかしたら子供らしくないでしょう? これはリアリティ追求のためにあえてやってることなんです。くうっ、演技派すぎる自分が怖いっ……!』


『いや、絶対違うだろソレ』


 ちなみに今日作業するのは俺だけのはずなんだけど、当たり前のようにニコラがついてきている。まあこんなイベントを見逃すニコラじゃないけどね。


 しばらくテーブルで待っていると、トレイにジュースを載せた女性がやってきた。


「やあやあ、マルク君にニコラちゃん、いらっしゃ~い!」


「わあ、コレットお姉ちゃんだ! こんにちは!」


 アイリスの従業員の中でも一番若く、何かと話をする機会の多いコレットだ。


 コレットは出稼ぎにこの町に来ているのだが、彼女の妹が俺たちと同じくらいの年齢だというのも、よく気にかけてくれる理由のひとつだろう。ニコラお気に入りのショートヘア巨乳でもある。


 お昼過ぎの今はまだ営業時間前のはずなんだけど、どうやら今日は従業員が早入りをしているらしい。店内奥にあるスタッフ控室ではいくつかの人の気配を感じる。


「こんにちは、コレットお姉さん。今日はお風呂を持ってきたんだ」


「カミラママから聞いてるよ~。前に入らせてもらったみたいなやつでしょ? 普通持ってこれるようなものじゃないと思うんだけど、アイテムボックスってすっごいよね~」


 コレットがかがみながらテーブルにジュースを置いていく。自然ときわどい服装から胸がこぼれそうになり、ニコラの視線が谷間に集中しているのがよくわかる。こんなにガン見してよくバレないもんだな。


「ほんとマルク君は将来有望だよねえ。パメラちゃんもウカウカしてたら、私が先に取っちゃうからねー?」


 わははと笑いながらジュースを置いてコレットは厨房へと戻っていった。変な風に話を振られてしまったパメラがわたわたと手を動かす。


「あ、あのね! コレットお姉さんの話は、そのっあのっ……!」


「大丈夫だよ、冗談だってわかってるから」


「う、うん……」


 慌てふためいていたパメラが一転、しゅーんと肩の力を抜きながら答えた。名残惜しそうにコレットの背中を見つめていたニコラから念話が届く。


『やれやれ、ここはお兄ちゃんも照れながら返すのがお約束ってもんです。そういう子供ムーブをやらないとパメラだけが浮いちゃうじゃないですか』


『うーん、そうかもしれないけどさあ。知らない大人に警戒されないように子供の振りをするならまだしも、友達付き合いの中で演技をするのもなんだか違うと思うんだよなー』


 自然とドギマギとできるようになればいいんだろうけど、思春期みたいなものもきてないしね。


『相変わらずですねー。かと言ってあまりそっけない態度ばっかりとってると、いつか愛想を尽かされちゃっても知りませんよ? ……あっ、ジュースおいしい』


 自分から話を振ったくせに、あっさりとジュースに気を取られたニコラにため息をつきながら、俺もリンゴジュースの入ったコップに口をつけた。



 ◇◇◇



 喉を潤した後はお仕事の時間である。ちなみに今回の作業でいただく料金は風呂小屋とヒノキ風呂の設置込みで金貨十枚だ。


 以前ギル経由で聞いていた依頼は、お店の従業員の福利厚生の一環として、俺が一日出張ポーション風呂サービスをお姉さん方に振る舞い、その報酬に金貨五枚をいただくというものだった。


 それが今回、こちらの都合で据え置きのお風呂に変更となったので、俺としてはそのままの値段で提供するつもりだったのだけど……。


 きっちりと建物と風呂を作って金貨五枚はあまりに安いというカミラから金貨二十五枚を提示され、そこから値段交渉の末、金貨十枚に落ち着いたわけである。


 売る方が値下げ交渉をするという変な構図になってしまったけれど、さすがにこれ以上はもらう気にはなれなかった。モニターになってもらうし、友達のお母さんのお店だしね。


「さてと、それじゃあお庭に行きましょうか」


 俺たちはカミラの案内で裏庭へと移動する。途中でスタッフ控室の前を通ると、やはり従業員のお姉さんのきゃいきゃいと楽しそうな話し声が聞こえてきた。今日は早めに集まってなにかするのかな?


「この辺に作って欲しいのだけど、大丈夫かしら?」


 裏庭に出たカミラが指し示す場所は、高い壁に区切られた庭の端。ちょうど以前に風呂を作った場所だ。


「今度は前よりも少し大きく作るつもりだけど、大丈夫だと思うよ。それじゃあさっそく始めるから、みんな少し離れててね」


 俺の言葉にカミラとパメラが後ろに下がり、ニコラがカミラの腰にしがみつく。さっそくニコラからカミラの腰の細さや尻の柔らかさなどの実況が念話で送られてくるが、集中力が削がれるので止めて欲しい。


 俺はまず、土台から作り始めることにした。ふかふかのやわらかおっぱい――じゃなくて、やわらかな地面のままでは建物が安定しないからだ。ほんと実況止めてくれないかな。


 コホンと一度咳払いをして集中し直した俺は、土魔法を発動させ、地面を固めた土台をきれいに均一に広げていく。


 これは前世でベタ基礎とか言われてたヤツに近い。コンクリを一面に敷くのでコストが高くなると言われていたが、俺が魔法で作る分にはタダなので問題ない。


 土台を作り終えた後は、さらにもう一段高いところに床を作る。床をある程度の広さまで広げていくと、今度は縦に伸ばして壁を作っていく。


 そうして三メートルほどの高さで壁を水平に折り曲げ、天井を覆うようにすれば見た目はコンクリでできた箱のようなシンプルな建物が出来上がった。大雑把に作ったので、ここからは微調整だ。


 俺がゴーシュが作ってくれた木の扉を取り出し、出入り口にちょうどいい大きさに広げた穴に取り付けていると、カミラが建物を見上げながら感心したように腕を組んだ。


「相変わらず器用に魔法を使うし、すごい魔力量よねえ。こないだ近所のお店が建て替えをしていたから、少し見学させてもらったんだけど、こんなに魔法だけで作ったりはしないものだったわよ? ほとんどは手作業で、強度が欲しいところだけ土魔法で固めるといった具合だったわ」


「僕は手作業は全然出来ないから、むしろそっちのほうが憧れるなあ」


「そういうものなのかしら……」


 カミラは納得しかねるように首をひねるが、俺なんて所詮は魔力で硬度を高めて、ゴリ押しで建物を作ってるだけにすぎない。


 仮に俺に技術と知識があれば消費する魔力量も少なく、効率的な建物が作れることだろう。それができれば今以上に充実した気分になれそうな気がする。


 とはいえ、訓練として魔力をたくさん使いたいという気持ちもあるので、難しいところではあるんだけどね。


 それからカミラの意見を聞きながら、風呂小屋に通風孔や窓枠を開けたり、排水溝を店のものにつなげたりと、細かい作業も行う。なにか気になる点があればすぐに調整可能なのも、土魔法建築のいいところだ。


 最後は風呂小屋の中に入り、アイテムボックスからゴーシュが作ってくれた浴槽を取り出す。大きさは大人が四~五人くらいは入れる家族風呂サイズである。


「これが木でできたお風呂? すごくきれいね……」


 カミラが頬に手をあて、うっとりとした声を漏らす。薄い色合いと美しい木目。たしかに俺が想像していた以上の一品だ。


 殺風景な浴室の中で明かり取りの窓からの光を浴び、ほんのりと輝いているように見える浴槽は神秘的とすら言える。


 ちなみに何度かその製作作業を見学しに行ったのだが、どこか物悲しい顔で黙々と精霊の木を削るゴーシュの背中からは哀愁が漂っていた。


 俺が大人になったら、一度くらいは家族に内緒でアイリスでお酒をごちそうしてあげよう、そう思った。


 そんなゴーシュの力作であるヒノキ風呂ならぬ精霊の木風呂……だと語呂が悪いので、名前は精霊風呂だ。


 取り出した精霊風呂を浴室に作ったくぼみに向かって押し込む。さほど重さは感じずにずるずると押し出された精霊風呂がくぼみにハマり、ガコンと音が鳴った。


 少し押したり引いたりしてみたが、くぼみにしっかりハマっているようだ。後はくぼみの余った部分を土魔法で埋めて完全に固定して……と。


 よし、これで風呂小屋の完成だ。

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