363 お友達
「あの、どういうことですか……?」
俺の質問に、ドライアドは再びこてんと首を傾げる。
「お友達、なろ? マルク……いや?」
「嫌というか、ちょっといきなりすぎて……」
『あ……ありのまま、今、起こった事を話すぜ! 野菜泥棒を捕まえたと思ったら、泥棒から友達になろうと言われた。な……何を言っているのかわからねーと思うが、私も何をされたのかわからなかった……』
ニコラからそんな念話が届く。たしかにこれは催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてない、もっと恐ろしいものの片鱗かもしれない。
「えっと、僕としてはもう野菜泥棒をしないでくれれば、それだけでいいので……」
俺の考えをもう一度伝えてみる。するとドライアドはしゅんと肩を落とし、ついでに緑色の髪もしんなりと
「ここ、マルクの畑……信じたの。もう、勝手に取らないの……ごめんなさい。……でも、わたし、マルクの野菜、もっと食べたいの……。だから、お友達……」
うーむ、つまり俺と友達になって野菜を分けて欲しいってことでいいのかな。
でもなあ……。野菜泥棒の件は謝ってくれたのでもう気にはしないけど、だからといって出会ったばかりの精霊に、餌付けするようにほいほいと野菜をあげるってのはどうなんだろう。
友達って言い方からして一度や二度では終わらないだろうし、面倒を見切れなくなったらどうするのって話にもなる。ここはなるべくやんわりと
「えっと……僕もいろいろと忙しいから、ドライアドさんにいつも野菜をあげられるとは限らないんだ。だから――」
「わたし、ドライアド。でも……ドライアド、他にもいる。名前で……呼んでほしいの」
ドライアドが俺の言葉を遮る。まあたしかに種族?名で呼ぶのはどうかなと思わなくもない。
「そ、そっか。それじゃあなんて呼べばいいのかな?」
「名前……ない。名前、付けて……?」
ええ……。名前なんか付けたら愛着が湧いちゃって、余計に世話しなきゃって気持ちにならないかな? というか、なんだか猫を拾って飼うみたいな話になってきているなコレ。
さてどうしたものかと少し考え込んでいると、セリーヌが俺の肩をちょんちょんとつついた。
「ねえねえマルク。この子、あんたと契約を交わしたいんじゃないの?」
「契約?」
「そう、契約よ。精霊と契約すれば使えるって言われてる精霊魔法のことは、あんたも聞いたことくらいはあるでしょ?」
「おおっ! 精霊魔法の話はあたしも聞いたことあるぞ! 伝説の鍛冶職人は火の精霊と契約を交わして、精霊魔法ですげえ武具を作ったんだ!」
火の精霊に憧れがあるのか、ネイが目を輝かせ前のめり気味に声を上げる。そしてまたささっと俺の後ろに隠れた。どうやら思わず口を出したものの、まだドライアドが怖いらしい。
二人の言っている精霊魔法とは、その名のとおり精霊の力を借りて発現させる魔法だ。一応ニコラから概要くらいは聞いているけど詳しくは知らない。
「お友達って、僕と精霊の契約を交わしたいってことなのかな?」
「そう。お友達……契約」
「そ、そうなんだ……」
精霊魔法……精霊魔法かあ……。自分には関わり合いのないものだと思っていたけれど、届きそうなら興味も湧いてきた。もう少し話を聞いてみようかな。
「それじゃあちょっと聞きたいんだけど、精霊魔法ってどんなことできるの?」
「ん……。わたし、契約したこと、ないから……わからない」
いきなりつまづいてしまった。だがそんなドライアドに代わってニコラの念話が脳内に響く。
『お兄ちゃーん? 私が転生前にお勉強した範囲でよければ教えますけど、木の精霊魔法は樹木に関連した魔法を使えるようになるみたいですよ』
『へえー、そうなんだ。例えばどんなの?』
『精霊との相性やら本人の資質にもよりますけど……木を生やしたり、成長を早めたりとかですね。土属性との親和性も高くてお兄ちゃんには合ってそうですし、私としては契約することをおすすめしますよ。それに――』
『それに?』
『ドライアドちゃんって、なんだかピュアっぽいじゃないですか? ちょっとしたお触りならきょとんとした顔で許してくれそうな気がするので、私としても是非お近づきになりたいです。ぐっへっへ……』
『ああそう……』
ニコラの邪悪な願望は置いといて、たしかに木の精霊魔法はいろいろ応用できそうな気がする。
「契約ってどうすればできるの?」
「わたしは……名前……つけてくれるだけで、契約、いいよ……?」
あぶなっ! なにも知らされずに契約させられるところだった! 抜け目がないのか天然なのかわからないけど、ギリギリセーフだよ、まったく。
「そ、そっか。それはできれば先に教えてもらいたかったけどね……。それで、契約って解約はできるのかな?」
「契約……したこと、ないから……よくわからない」
「そうなんだ……」
そんな会話をしていると、セリーヌが呆れたような声で口を挟む。
「あのねえ、マルクゥ? あんたはどういうわけか契約を渋ってるけど、精霊に気に入られるなんて、そうそうないことなのよ? ここはバシッと契約しちゃってもいいんじゃない?」
「そうは言ってもさ、契約となると色々気になっちゃうんだ」
「はぁ~、相変わらず心配性ねえ……」
セリーヌはやれやれと肩をすくめるが、前世では契約でがんじがらめになった人を見たり聞いたりしたもんだ。契約内容は精査しなければいけない。
「ドライアドさん。契約を交わしたら、こっちもなにかしないといけないこともあるんでしょ?」
「ある……よ?」
「なにをすればいいのかな?」
「野菜……。毎日、マルクの育てた野菜、食べさせて……?」
「毎日かあ……。キュウリ一本とかなら大丈夫だろうけど、たくさん食べたいんだよね?」
俺の問いかけにドライアドはコクコクと頷く。
「それじゃあちょっと無理かもしれないね……。野菜は僕んちのお店でも使うし、他にも分けたりするんだ。これまでだって野菜が足りないことはあっても、余ったことはないんだからね」
魔法野菜は大人気なのだ。特に明日なんて魔法野菜が久々に復活するということで楽しみにしてくれている人も多い。
もちろん旅路のやすらぎ亭にも出荷予定で、冒険者ギルドの受付嬢リザなんかは先日、食堂で魔法野菜復活の一報を聞き、しばらく朝昼晩と通い続けると母さんに宣言していた。
そういうことで正直に現状を話してみたのだが、ドライアドはしばらく無言でなにやら思案した後、人差し指をピンと立てた。そこからにょきにょきと木の枝が伸び、くるくると回るとリング状になった。
「それなら……この腕輪に、毎日、マナを与えてくれれば、それで……いいよ? 野菜はたまに、食べさせてもらえると……うれしいの」
なるほど、マナでも代用可能なのか。俺は木で出来た腕輪を受け取ると、それを腕にはめてみた。途端にしゅるしゅると縮んで手首にぴったりのサイズになる。ふむ……、シンプルであまり目立たないし、付けていても邪魔にはならないかな……?
後は好きなときに外せるかどうか心配だけど……と考えると、それだけで腕輪が広がり手首から外せるようになった。どうやら俺の意思で大きさは変えられるみたいだ。呪いの装備みたいに外れなくなることはないらしい。
「これにマナを与えればいいんだね。どれくらい送ればいいかわからないから、一度試しにマナを流してみてもいい?」
「うん! ……うん! 送って、みて……!」
ドライアドはこれまでで一番のテンションの高さで返事をすると、期待の眼差しで俺を見つめた。
俺は再び最適なサイズに戻った腕輪を触り、それに向かってマナを流し込んでみる。属性は指定されてないけど、土属性でいいのだろう――
「ふぁっ……あっ……! いい、もう、いい……よ」
さっき畑でやったように全力ではなく、ゆっくり少しづつ強めていこうと思っていたところ、序盤の段階であっさりとドライアドからストップがかかった。
「え、これくらいでいいの?」
まだほんの少しだというのにドライアドは顔を紅潮させ、肩を上下させている。なんだかちょっと色っぽいね。念話でニコラが大騒ぎしているけど、もちろん無視だ。
「充分……なの。マルク、すごい……ね? ほんの少しのマナでも、濃厚で、しゅわしゅわしてるの……。……やっぱりマルク、精霊……? 土の……?」
「人だよ……」
ニコラは土属性の天使だったし、その魂の混ざった俺にも、マナの質に関わるなにかしらの影響はあるのかもしれないけど。
「まあとにかく、毎日これくらいなら全然負担にならないし、僕も問題なさそうだよ。……ドライアドさん、僕と契約してくれる?」
「うん……! お友達、うれしいの。マルク、わたしに名前……つけて?」
「わかった。考えるから少し待ってね」
ドライアド、ドライアド……ドライアドドライアドライアドライアドラ……。
「……よし、それじゃあ君の名前は『ディアドラ』だ。それでいいかな?」
「うん、わたし……『ディアドラ』。これから、よろしく……ね? マルク」
ドライアド――ディアドラが微笑みながらそう答えた瞬間、彼女と俺との間になにか温かいものが通った気がした。きっとこれが精霊と契約を交わすということなのだろう。ディアドラが言うところの「お友達」になったのだ。
その後ボコボコになっていた畑を軽く
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