347 念願の領都観光

 トライアンから報酬を貰った後、ようやく監視の目のない自由気ままな行動を許されたこともあり、俺たちはさっそく領都の観光へと出かけた。意外なことにニコラも一緒だったにもかかわらずリアがついてこなかったので、セリーヌパーティ水入らずでの観光だ。


 先日出かけた時には冒険者ギルドと金ピカの魔道具屋、セリーヌ行きつけだった酒場以外は通り過ぎるだけだったが、もちろんこのウォルトレイル領の領都フォルセンには他にも見どころがたくさんある。


 例えば領内一の大きさを誇る大聖堂。町が大きいとやはり寄付金もたくさん集まるのか、大聖堂は俺の町にある教会よりもずっと立派で広く、信者なのか観光客なのかはわからないけれど、ひっきりなしに人が訪れていた。


 ここには他では類を見ないほどの大きな女神像が祀られていた。これが大聖堂の一番の目玉らしい。相変わらずこの女神像と、俺が天界で出会った爺さんの神様との関係は不明だ。未だにニコラにもその辺の詳細は聞いていない。


 気にならないといえば嘘になるが、仮にニコラから「あんな女神様なんていませんよ~」なんて言われてしまうと教会自体をうさんくさく感じてしまいそうだからね。今後も教会学校に通う身としては、モヤモヤを抱えるくらいなら何も知らないままでいいと思う。


 とはいえせっかくなので中の礼拝堂でしばらくの間、俺が出会った神様に感謝のお祈りを捧げることにした。これだけ豪華な施設だと本当に天界まで感謝の気持ちを届けてくれるのではないかという下世話な思いからだ。


 だがそんな俺を見てセリーヌが、あんたって意外と信心深いのねと驚いていた。普段、教会には教会学校で行く以外では通っていないのを知っているからだろう。この世界で生きていく力を授けてくれた神様に、俺はいつだって感謝しているのだけれどね。


 ちなみに俺がお祈りをしている間、ニコラはエステルと一緒に近くの屋台で買い食いをしていたよ。



 お祈りを済ませた後はみんなで大通り沿いを練り歩く。大通りにはたくさんの商店が軒を連ねていて活気にあふれていた。そこで俺たちの帰りを待ってくれている家族やデリカ、パメラ、ネイなどなどへのお土産を買った。


 お土産の資金は俺の財布からだが、ニコラとの連名だ。まあ臨時収入があったので、これくらいの出費はなんてことはない。


 ただ、ニコラが自分が食べたいだけのお菓子をお土産に紛れ込ませるのを、水際で阻止できなかったことが悔やまれる。どうやら俺も臨時収入に浮かれて財布の紐が緩んでいたみたいだ。



 そんな感じで一日をたっぷり観光に費やした翌日。この日に旅の準備を整えて、明日ファティアの町へと出発することになった。


 午前中は俺とセリーヌで旅の食事や備品の買い出しに出かけた。午後は部屋の中で今夜の開いてくれるという送別会の豪華ディナーに期待をしながら土魔法の練習をしていると、この時間まで城内の修練場でみっちりとマイヤに稽古をつけてもらっていたエステルが俺を自室に呼んだ。



「――ボク、領都に残ろうと思うんだ」


 すでにセリーヌとニコラも呼ばれていたエステルの部屋で、彼女は強い意志を込めた瞳で俺たちにそう伝えた。


 しかし俺に驚きはなかったりする。エステルは昨日の観光中もしばしば考え込んでいることがあったし、なにかに悩んでいるのだとしたら、それは今後の進路のことだろうと思っていたからだ。ダルカンの一件の後、実力不足にヘコんでいたし想像もつく。


 そもそも、エステルはたまたまタイミングが合ったので俺たちと村を出たけれど、彼女の目的は俺たちとファティアの町に行くことではなく、村を出て冒険者になることだ。何事もなければ、このままファティアの町に一緒に行っただろうけどね。


「マイヤさんがね、二日三日じゃ鍛え足りないし、領都に残るのなら冒険者としてボクを鍛えてくれるって言ってくれたんだ」


「実は私も昨日エステルに相談を受けたんだけど、実際のところ魔法使いの私じゃあエステルに教えてやれることも少ないでしょうね。近接戦闘が得意だったマイヤが鍛えてくれるのなら、きっとその方がエステルのためになると思うわ~」


 すでに話を聞いていたらしいセリーヌが説明を引き継ぐ。


 そういえば昨夜、遅い時間に尿意に目が覚めた時、廊下でセリーヌの部屋から明かりが灯っていたのを見た。また晩酌でもしているのかと思ったけれど、もしかするとあれはセリーヌとエステルが夜を徹して相談していたのかもしれない。


 たしかに立派な冒険者になるのなら、ここでマイヤに鍛えてもらったほうがいいだろう。なんといってもマイヤは領都でも指折りの冒険者だったらしいし。


 ……でも、ちょっと不安もあるんだよね。友人も少なくてコミュ障気味のエステルが、この先一人でやっていけるのかなあ……?


 なんて俺の心配が顔に出ていたのか、エステルは困ったように眉尻を下げて苦笑した。魔道具で不可視になっている長い耳も一緒に下がっている。


「あはは、マルクが心配するのはわかるよ。でもね、領主様がお城の近くの兵士宿舎の一室を特別に使わせてくれるみたいなんだ。そこからならすぐにマイヤさんに稽古をつけてもらえることもできるし、なにかあったときに助けてやれるからって。だから心配はいらないよ」


 おお、どうやら思った以上に話が進んでいたらしい。トライアンは報酬のほかに何かあれば頼ってくれと言っていたけれど、さっそく手を貸してくれたのか。


『お兄ちゃん、九歳児に心配されなくてもこの世界じゃ十五歳はもう立派な大人ですし、きっと大丈夫ですよ』


 今まで様子を窺っていたニコラから念話が届く。


『そういうお前は実にあっさりとしているね? エステルのこと、気に入ってたのに』


『んー、今は少しセクハラガードが硬すぎますからねえ~。私としては世間に揉まれてもう少しは垢抜けてくれたほうが、ガードも緩くなりそうですもん』


 ああ、そゆこと……。でもたしかにあまり心配するのも失礼なのかもしれない。せっかく新天地で頑張るんだ。友人が少ない俺にとってはさみしい限りだけれど、ここはエステルのステップアップを祝福するべきだろう。こんな好条件はめったにないと思うし。


「そっか、わかったよ。がんばってねエステル。僕も応援してるよ」


「エステルちゃん、ニコラも応援する!」


「二人ともありがとう。ボク、絶対に立派な冒険者になるね――あっ、そうだ」


 俺たち二人に応えたエステルは何かを思いついたように呟くと、自分の耳に付けていた長い耳を隠すためのピアスの魔道具を取り外した。今までマナの流れを意識することで視えていたエステルの長い耳が素の状態であらわになる。


「いつまでもこんなのに頼っていたら、マルクに心配かけちゃうからね。もう今から使うのを止めるよ」


 そう言ってエステルは、はにかんだ笑顔を見せた。

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