325 ポテトサラダくらい作ったらどうだ
「マルク、昨日はずいぶんと酒場で楽しんだようだね?」
朝食の時間。今朝は急ぎの仕事がなかったらしいトライアンが席に着くなり開口一番、笑みを絶やさないままチクリとした言葉を投げかけた。暗に昨日用意された夕食を食べられなかった件を言っているのだろう。
これに関しては俺とセリーヌが悪いので、ひたすら平身低頭に謝るしか無い。いくらトライアンがおおらかとはいえ、貴族は
ちなみに普段なら俺の代わりに矢面に立ってくれそうなセリーヌは今はいない。昨夜は遅くまでマイヤと飲んでいたらしく、深酒で寝込んでいたのだ。
朝迎えに行った時、ベッドに青い顔で横たわっていたセリーヌにポーションを飲ませたので、二日酔いはすぐに良くなった。けれどもいつも俺たちの保護者をするのは大変だろうし、今日くらいのんびりすれば? と勧めてみたところセリーヌが了承。そのままベッドで眠ることになったのである。
そういうわけで朝食の場にセリーヌはいない。俺は矢面に立つべく席を立ち謝罪の言葉を述べようとすると、それをトライアンが手で制した。
「はは、私たちが無理を言って君たちをこの城に押し込めているんだ。君が謝る必要はない。……まあ、できれば事前に教えてもらえるとありがたかったかな? 君たちに料理を振るまえず、料理人たちも残念がっていたものでね。さあ、どうか座ってほしい」
トライアンは手のひらを向けて着席を促した。俺が席に座るとテーブルを囲む皆に食事をすすめ、どうにか無事に朝食が始まったのだった。
――と思いきや、トライアンは食事に手を付けず、俺に向かって笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「ふふ、酒場といえば私と君との出会いを思い出すね。あの日食べたポテトサラダはとても美味しかったよ。……おお、そうだ! ポテトサラダのレシピを教えてほしいとお願いしたのは覚えているかな? 君さえよければ今日、レシピを教えてもらえないだろうか。もちろん謝礼はさせてもらうし、未知のレシピを知れば我が城の料理人たちも、きっと昨日の出来事が吹き飛ぶほどに喜ぶことだろうしね」
わざとらしくポテトサラダに話をつなげてきたな。銀鷹の護符の借りを返したいと思っていたし、謝礼の提示や料理人に対する罪悪感を煽らなくても教える気はあるのだけれどね。このイケメンはそんなにポテトサラダが食べたいのか。
しかしまあ、どうせ今日はセリーヌがダウンしていて一緒に出掛けられそうにもないし、ちょうどいい機会なのかもしれない。
――けれど、ここまでお膳立てすれば俺が断るわけがないと余裕のイケメンスマイルを浮かべるトライアンに、すんなりと話を通すのもなんだかシャクだなと思った。庶民の意地を見せてやるぜ。
「わかりました」
「おお、教えてくれるのかい!? それでは後で食料庫に案内を――」
「いえ、それには及びません。今日は食材を買いに出掛けますね」
俺たちをあまり外に出したくないのはわかる。だからこそ外に出てやることにした。
「ん? おおよそ手に入る食材は既に用意しているよ。君は食料庫の管理人に指示するだけでいい」
手回しのいいことだ。このために食材にアタリをつけて準備をさせていた可能性もあるな。しかし庶民の意地は別にしても、俺だってたまには一人で出歩きたいのだ。
今日はセリーヌはお休み。エステルはといえば、女子会とやらで少し仲良くなったらしいマイヤに夕食後に修練場で稽古をつけてもらっていたのだが、エステル以上の
俺も少し見学していたのだけれど、さすがセリーヌが一目置くだけのことはあると思った。そのマイヤに喜々として挑み続けるエステルにはドン引きしたよ。
そしてニコラにはリアーネがくっついて離れないだろうし、偶然ながら俺は久々に一人を満喫できるまたとない機会というわけだ。
みんなでわいわいと出歩くのももちろん嫌いではないけれど、未知の町を一人で出歩くというのも正直あこがれる。この機会を逃すわけにはいかないよね。
「きっとここには高級な食材が揃えているのだと思います。ですが、トライアン様が以前食べたポテトサラダは、
もちろん外に出ていくための方便である。それならば使用人に買いに行かせるとまで言われれば面倒なことになるけれど、どうなるかな?
トライアンは肩をすくめ、軽く息を吐くと口を開いた。
「ふう、わかったよ。それならマイヤ」
「はい」
壁際に背筋を伸ばしたまま立っていたマイヤが答えた。
「君がマルクについていってくれるかい?」
「はい。承知しました」
うっ、さすがに一人で出歩くまでは承諾してくれないようだ。だけどこれは最初から言っていたことだし仕方ない。
しかしできることならば監視役はマイヤ以外でお願いしたいところだ。昨日エステルをボコボコにしていたマイヤはすごく怖かったからな……。
「で、でもマイヤさんには、リアーネ様の護衛があるんじゃないですか?」
「わたくし、今日はお部屋でお勉強の日ですの。護衛は必要ありませんわ」
そう言ってつまんなそうに頬を膨らました。逆に満面の笑みを浮かべたのが隣の席のニコラだ。
「お兄ちゃん、ニコラも行きたいっ! いいよね!?」
昨日は寝不足で体調を崩し気味だったニコラだが、昨夜は約束どおりに同じベッドで眠ったので睡眠はバッチリだ。さらにリアーネの束縛から解き放たれるとあっては、ニコラのテンションが上がるのは仕方ない。
しかしニコラが外出希望とは珍しいこともあったもんだ。俺はニコラに念話を送る。
『どうしたんだ? 別に外に行かなくても、いつものように部屋でごろごろしていればいいじゃないか』
『お部屋に引きこもっていても、いつリアーネがやってくるかと思うと気が気じゃないんですよ。お城には私の安住の地はないのです……。ついていっていいですよね? それともお兄ちゃんはこんなカワイソウな私を見捨てるのですか?』
よっぽどトラウマにでもなったのか、ニコラは光が消えた目で俺を見つめた。こうなってはさすがに拒否できない。
「わ、わかった。一緒に行こうか……」
「わあい! お兄ちゃんありがとう!」
こうして買い出しに出かけるために俺とニコラ、そしてマイヤの三人で城を後にしたのだった。
◇◇◇
「マイヤお姉ちゃん、おててつないでいーい?」
「あ? フン、いいぞ」
リアーネがいないからか、いつもの丁寧な口調ではなく、端的に言うとガラの悪いマイヤがぶっきらぼうに手を伸ばすと、その手をニコラがぎゅうと握った。
『リアという護衛対象がいないお陰でガードが緩まってますね。初接触に成功しました! フヒヒッ、修羅場を潜ってきたのが丸わかりのゴツゴツとしたおてても、これはこれでセクシーでいいですねえ!』
気持ちの悪い念話を飛ばしながらニコラが繋いだ手をぶんぶんと振るう。するとマイヤは空いている方の手を俺に向かって伸ばした。
「え? なんですか?」
「なんですかじゃねえよ。妹とだけつないでお前とつながないと不公平だろう。ほらっ、遠慮するな」
そう言って強引に俺の手を掴んだ。手のひらはニコラの言ったように固く、ゴツゴツした剣ダコがあるのがわかった。メイドになってからもずっと訓練しているんだろうな。
「おらっ、もっと道の端を歩け」
「あっ、ハイ……」
大通りを馬車が通りかかり、マイヤが俺の手を引っ張る。気を遣ってくれているのはわかるんだけれど、昨日エステルがボコボコにされているのを見たせいで、ついつい緊張してしまう。身体能力でエステルより凄い人って初めて見たもんな。世界は広い。
そしてこんな怖い女性相手でもいつもどおりに性癖を全開させるニコラを横目に見ながら、気分を紛らわすために会話を試みた。
「それじゃあマイヤさん。せっかくなので食料品を売ってるところに案内してもらえますか?」
「あん? お前知っているんじゃなかったのか」
「全然知らないです。すいません」
「店がどこかも知らないくせにトライアン様に意見したわけか。はっ、たいした度胸だな?」
「外に行きたかったもので……」
俺の率直な気持ちを伝えると、マイヤは口元をニヤリと曲げてみせた。
「まあ……お前くらいのガキは外で遊びたい年頃だもんな。しゃーねえ、黙っててやる。おら、食料品が売ってる通りはこっちだ」
ちょうど十字路に差し掛かったところで、マイヤが俺の手を引き十字路を左に曲がる。どうやらマイヤは話がわかる人らしい。……そういえばセリーヌも面倒見がいい人だと言っていたな。あまりビビるのも失礼かもしれない。
さてと、期待していた一人ぶらり観光とはいかなかったけれど、マイヤは基本的に寡黙だし、ニコラはマイヤに夢中。いないものと考えて買い物を楽しむことにしようか。
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