322 副ギルド長
「よう、セリーヌ。久しぶりだな」
「あら、副ギルド長。あんたがわざわざ顔を出すなんて、領都の冒険者ギルドって案外ヒマなのね」
ニヤけたおっさんは副ギルド長らしく、セリーヌとも顔見知りのようだ。副ギルド長はセリーヌの軽口に肩をすくめた。
「暇なわけあるか。お前が久々にやってきたって聞いて、顔を見にきたんだよ。ソロばっかりやってたお前が今日は団体様で現れたって言うしよ」
興味深そうにセリーヌの背後の俺たちを見回すが、セリーヌはテーブルにずかずかと近づき、そっけなく答える。
「まあ色々と事情があるのよ。それよりも暇じゃないなら、さっさと素材の売却をお願いしたいんだけど」
「へっ、相変わらず愛想のねえことだな。……まあいい、素材の話は聞いている。ほら出してみろ」
そう言って副ギルド長がテーブルをペシンと叩くと、セリーヌは背後にいた俺の肩を掴んでテーブルの前へと突き出した。
「マルク、お願いね」
「うん」
俺はアイテムボックスからランドタートルの甲羅を取り出し、テーブルの上にドカッと載せた。全長一メートル以上で厚さもたっぷりの甲羅だけれど、鉄製のテーブルはさすがにびくともしない。そして甲羅の横に血の入った革袋も置いた。
「アイテムボックスまで……!」
背後の声に振り返るとリアーネは目を丸くして俺を見つめていた。しかし俺の視線に気づいたリアーネはプイッとそっぽを向く。さすがにそういうのは俺でも少しは傷つくんだからな?
『なーに孫に嫌われたお爺ちゃんみたいなせつない顔してるんですか。きっとお兄ちゃんのドヤ顔が見苦しかったんでしょう。私のためにも早くリアと仲良くなってくださいよね』
ニコラから念話が届くがドヤ顔はしていなかったはずだ、多分。ていうか
「へえ、この坊主はアイテムボックス持ちか。それならお前がわざわざ個室を指定したのも頷ける。人さらいの話はたまに聞くしな」
リアーネの代わりと言わんばかりに、副ギルド長が無精髭をさすりながら俺を無遠慮に見つめると、セリーヌは上機嫌に俺の頭を撫で回す。
「ふふん、すごい子なのよ? でもこの子は人さらいくらい余裕で返り討ちにしちゃうんだけどね。どちらかというと私がじろじろ見られるのがイヤだったから個室にしてもらったのよ」
「はっ、どれだけ見られようが、お前に声をかける度胸のある男なんざ、もうこのギルドにはいないだろうに。久々にやってきたと思ったら、この坊主を弟子に取ったのか」
「弟子ってわけでもないんだけどね~。まああんたには関係ないことよ。それよりも
セリーヌが話を切り上げ、甲羅と血の入った革袋を顎で指し示す。
「やれやれ。それじゃあさっそく見せてもらうとするか。……ほう、ランドタートルか……」
副ギルド長は腰をかがめ、甲羅の全体をくまなく調べ始めた。軽口を叩いていた先程までとは違い、目は真剣そのものだ。
べたべたと触ったり撫で回したり、ひととおり甲羅を調べ終わると、副ギルド長の視線は血の入った革袋へと向いた。
革袋を手に取り紐をほどき、くんくんと中の匂いを嗅ぐ。そしておもむろに革袋の中へ人差し指を突っ込んだかと思うと、べっとりと血のついた指を迷うこと無く口へと含んだ。
「ちょっと、雑な調べ方しないでよね!?」
セリーヌが抗議をするが、副ギルド長は口から指を引き抜いた後、平然と答える。
「これが一番手っ取り早いし、夜には俺の嫁も喜ぶ。いいこと尽くめなんだよ」
「げっ、最低ね……」
「下ネタが駄目なのも以前と変わらずか――って、睨むな睨むな、仕事はするからよ! ったく、おっかねえぜ……」
セリーヌの剣幕に一歩後ずさった副ギルド長は口の中をもにゅもにゅと動かし、ごくりと喉を鳴らした。
「……ふむ、血の質も問題ない。これなら甲羅は金貨十枚、血は金貨三十五枚といったところだな」
「あら? 血が思ったよりも高いじゃない」
セリーヌが声を少し弾ませる。たしか以前は金貨二十五枚だったと言っていたよね。
「ずっと品切れ状態で、買い取り依頼が入ってたんだよ。依頼を受けたってことで、依頼主にお前が届けに行ってもらうことになるが構わないな?」
「そうね、領都内なら問題ないわ。どうせあちこち散策するつもりだったし」
「よし、それじゃあ準備させる。……おいっ、誰かいるか!?」
副ギルド長が部屋中に響き渡るような大声を上げると、すぐに部屋に職員が入ってきた。
「ランドタートルの血だ。例の依頼書と甲羅の代金金貨十枚を用意してくれ」
「はいっ!」
すぐに踵を返して職員は部屋から出ていくと、副ギルド長はひと仕事終えたとばかりに首をコキコキと鳴らし、壁際で微動だにしないマイヤに顔を向けた。
「マイヤも久しぶりだな。お前がいるってことは、セリーヌが領都に来たのは領主様絡みの案件なのか?」
「お答えできません」
表情を変えることなくマイヤが口を開くと、セリーヌが飛びかからん勢いで副ギルド長に迫る。
「はっ? あんたマイヤがあんなことになっているの知っていたの!?」
「そりゃあ知ってるさ。マイヤを領主様に紹介したのは俺だし」
「なっ……! あんた私がマイヤの消息を聞いても、知らぬ存ぜぬだったじゃない!」
「領主様絡みの案件を言えるわけないだろうが」
「くう~! そうなんだけど……!」
セリーヌが苛立つように足を踏み鳴らすと、副ギルド長が苦笑を浮かべた。
「まあ終わったことはいいじゃねえか。それでセリーヌ、お前らはこのまま領都にいるのか?」
セリーヌが気分を入れ替えるように頭をふるふると振って答える。
「しばらくこの子たちとのんびり過ごしたら、領都から出るわよ」
「なんだ、またファティアの町に行くのか? あそこは大した依頼もないだろうに。……なあ、ここを拠点に戻してくれよ。塩漬け依頼も溜まってるんだよ」
「そんなの知らないわよ。私は私が思うがままに生きるの。……あんたの出世のダシにコキ使われるのなんて二度とごめんだからね?」
セリーヌが睨みつけながら低い声で呟くと、副ギルド長は額に冷や汗を浮かべながら両手を上げて降参のポーズだ。どうやら副ギルド長とセリーヌにはなにやら因縁があるらしい。色っぽい話ではなさそうだけど。
そんな話をしているうちに、さっき出ていった職員がさらに二人の職員を引き連れて戻ってきた。
職員は副ギルド長に書類を渡し
「さて、ランドタートルの血なんだが、今すぐ依頼主の元へ届けてくれると助かる。やれやれ、これでようやくあの野郎にせっつかれなくて済むぜ」
「いいわよ、予定も特にはなかったし。それで、どこの誰に渡せばいいのよ?」
「ダルカン商会だ。知ってるな?」
「ああ、あの店……」
セリーヌはげんなりとした声を上げる――と、その時。俺の視界の端ではマイヤが眉をひそめながら眼鏡を押し上げている姿が見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます