291 自己紹介
しばらく馬車に揺られ、村の外に広がる畑が見えなくなってきた頃、ふいに御者がこちらへ振り向いた。
「これから三日ほど同行するんだ。よければあんたらの名前くらいは知っておきたいんだが構わないか? 俺はギャレット、見ての通りこの乗合馬車の御者だ。よろしくな」
中年男ギャレットは人懐っこそうな顔でにっかりと笑ってみせる。その言葉に俺たちは顔を見合わせると、まずはセリーヌから名乗り始めた。
「私はセリーヌ。冒険者をやってるわ」
なんともあっさりした自己紹介が終わり、次は俺が言おうと口を開きかけたところで、ギャレットが覗き込むようにセリーヌの顔をまじまじ見つめる。
「なぁ、何年か前にもウチの馬車に乗ったことがあるか? 俺はあんたみたいな美人に見覚えがあるんだがな」
「ええ、乗ったわね」
「おお! やっぱりそうか! あの時はあんたが魔物を追っ払ってくれたお陰で助かったぜ! 町に着いたら一杯奢らせてくれって言ったのによ、あんたときたらさっさとどっかに行っちまうんだもんな!」
「急いでたからね。魔物を追い払ったのも町まで歩きたくなかっただけだし、恩に着せる気もないわよ」
そっけなくセリーヌが答える。本当に急いでいたのかは知らないけれど、「男嫌いのセリーヌ」だしな。タダ酒もさほど魅力的には映らなかったのかもしれない。
それにしても前にもレフ村に来たことがあるとは聞いてはいたが、その時には魔物に遭遇していたのか。セリーヌのことだからあっさりと撃退したんだろうけど、やっぱりこの世界の旅は危険だなあ。早くもカズールの安全な高速馬車が恋しくなってくるね。
「せめてもう一度礼を言わせてくれ! ありがとうな!」
ギャレットが再び感謝の言葉を伝えると、隣の男が
「ヘッ、どうせ大した魔物じゃなかったんだろう? 俺がいればそんな女の世話になることもなかっただろうさ」
護衛のルモンである。防犯ステッカーくらいに思っていたが、どうやら腕に自信があるようだ。セリーヌをそんな女呼ばわりしたのは少しイラっとしたけれど、セリーヌは気にしていない様子なので俺も気にしないことにする。護衛が強いなら道中も安心だね。
「はっは! この口の悪いのが護衛のルモンだ。ルモン、お前を雇ってからまだ一度も魔物にも野盗にも出くわしていないが、もちろん頼りにしてるからな。もしものときは頼むぞ? ところで、セリーヌさんよ。……前の時は一人だったよな? そっちの子供は――」
「僕らはセリーヌの弟子みたいなものです! マルクと言います!」
俺は慌てて声を上げた。またセリーヌの子供だなんだと言って空気が冷えるのは勘弁してもらいたいところだ。チラっと隣のセリーヌを見上げると、弟子みたいなものと言ったのが高ポイントだったのか、口元をもにょもにょさせて笑みを噛み殺しているように見えた。
続いてニコラから自己紹介を始め、その後にみんなが続く。
「ニコラはお兄ちゃんの妹です!」
「ボクはエステル。セリーヌの同郷です」
「ティオよ。って知ってるよね」
「ああ、もちろんだ。それじゃあ挨拶も終わったところで今日から三日間よろしくな!」
こうしてあっさりと自己紹介が終わった。ギャレットは俺たちに何も言及することがなかったし、結局セリーヌのことを聞きたかっただけじゃないのかな。
ギャレットは再び前を向くと、手綱をさばいて少しだけ馬の速度を上げた。
◇◇◇
自己紹介が終わってしばらく経つと、冬らしい冷たい風が馬車の中までビュウビュウと入り込んできた。セリーヌはギャレットに声をかけ、箱馬車の前方にある革製の垂れ幕を下ろす。
当然御者台に座っている二人が風に当たるのは変わらないが、そこは運送業として覚悟しているところだろうし、俺たちは乗客として馬車の中でヌクヌクと過ごさせてもらうことにしよう。まぁ垂れ幕を下ろしたところで、そんなに暖かくもならないけどね。
馬車の中には明かり取りの窓もあるので、垂れ幕を下ろしてもそれほど暗くはならなかった。ただし頑丈さを重視しているのか、分厚く濁ったようなガラスがはめ込まれているせいで、外の景色を楽しむことはできそうにない。
さすがにこの中でじっとしているのは暇すぎる。そうなると俺が馬車の中ですることは、会話、読書、魔法の練習のどれかとなるのだが……。
会話はこれまでティオも交えてみんなでポツポツと話していたけれど、話題も無くなり途切れてしまったところだ。読書はトリスから貰った魔道具入門書も昨日読み終えてしまった。
ちなみに入門書を読んで思ったのだけれど、魔道具は魔石を燃料にして動き、その動力には魔石の質が影響してくるらしいので、俺みたいな魔力の出力だけでゴリ押しするような思考の人はあまり魔道具作りは向いてない気がした。逆に魔力が少ない人の方が色々工夫を凝らした魔道具を作れるんじゃないかと思う。
俺にできることと言えば、前世の知識を生かした魔道具作りとなるだろう。魔道具による扇風機も洗濯機も温風暖房機も既に持っているし、後は何があるのかな……。いずれ必要に応じて挑戦してみようと思う。
会話はないし読む本もない。こうなるとやはり俺がするべきなのは魔法の練習だろう。
『フホホホ……まるでティオの性格のように強気にむにゅっと押し返してくるようなこのハリと弾力! クセになりそうですねえ』
突然届いた念話に、俺は向かいの座席に目を向けた。
そこではニコラがティオに甘えるように寄り添い可愛がられていた。ニコラはぴたりと密着しながら、手の甲をさりげなくティオのふとももから尻へと差し入れて感触を楽しんでいるようだ。あれで暇つぶしになるのだから、ある意味羨ましい気がしないでもない。
俺は一度深くため息をつくと、
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