266 魔物マトン
「メリーヌッ! メッリィィィーヌ!」
「あー、うるせえ黙れ。しばらくじっとしてろ!」
バクバクと半生肉を食べ続けたディールは戦斧男に羽交い締めにされ、ようやく俺たちにしっかりと焼けた肉を食べる機会がやってきた。
トリスが持ってきた荷車から受け皿を手に取り、寸胴鍋に入っていたソースをそれに垂らす。そしてよく焼けた肉をトングで摘みソースに軽く浸して口に入れた。
……うまっ!
魔物に当てはまるかはわからないが、前世で羊肉と言えば独特の匂いが良いだの悪いだのとよく言われていた。この肉にもこれまで食べてきた肉とは違う独特の匂いがあるけれど、これは後を引く匂いとでも言えばいいのか、とにかくクセになりそうな匂いだ。その上、鼻に抜ける炭火の匂いも香ばしい。
同じ魔物肉でもヤヨケドリは柔らかくてジューシー。こちらは噛みごたえたっぷりで脂身の濃厚なコクがたまらないね。
ソースも甘辛い味が肉にぴったりと合う。よく見るとソースの入っている鍋はエステルの家にあるものと全く同じだ。もしかしたらミゲルが作った物なのかもしれない。
「ニコラちゃん、おいしいね~」
「うん、おいしい!」
ニコラはシーニャと並んで仲良く肉を食べている。きっとトリスは最初からシーニャに食べさせるつもりだったんだろうし、夕食は気にしないでいいのだろう。しかし俺たちにはセリーヌの用意している夕食があるので、あまり食べすぎるのは良くない。
「ニコラー、夕食もあるんだからほどほどにね」
「はーい、お兄ちゃん」
とか言いつつ、ニコラの手と口は全く休まる様子がない。相変わらず食い意地の張った妹である。そして俺たちの会話を聞いていたタイランがポンと手を叩いた。
「そう言えばお前たちは今日のことを知らんのじゃったな。よし、それなら少し持って帰って、夕食時にセリーヌと食べるといい」
「いいの?」
「ああ、構わんぞい。お前がいたお陰で助かったしの」
「ありがとう、タイランおじさん」
「ええよ、ええよ。ワシらは闇魔法仲間じゃ」
そう言ってタイランは山のように肉の盛られた皿を俺に手渡した。マイナージャンル仲間特有のヌクモリティを感じるぜ。彼らはご新規にやさしい。
俺は遠慮なく皿ごとアイテムボックスに収納すると、その代わりの物を取り出す。さっきから男たちが軽く愚痴っているのを聞いていたのだ。
「それじゃあ僕からお返しにコレ。僕が作った物なんだけど、みんなで飲んでね」
闇魔法の練習で作ったグプル酒の樽を足元に取り出して見せた。
「おおおおお~~~~~~!」
案の定、周囲の男たちが歓声を上がる。
「酒だ!」「爺さんたちは酒飲まないから、こういうところが気が利かないんだよな」「よくやった!」「坊主の作ったグプル酒うめえんだよなあ」「乾杯!」
男たちは口々に感謝を述べながら、俺からコップを受け取っては酒樽からグプル酒を注いでいく。やっぱり焼き肉と言えば酒は欠かせないよね。今の俺は全く飲みたいと思わないけど、前世だと焼き肉に酒が無いのはありえなかったもんな。
「どれ、めったに飲まんが、せっかくじゃからワシも一口」
タイランがグプル酒の入ったコップに口を付け傾ける。そしてゆっくりと味わうように酒を口に含むと、ゴクリと飲み込み目をカッと見開いた。
「ほほう、洗練された味とは決して言えんが、荒削りで濃厚な魔力に裏付けされた力強いコクとキレ。本当に末恐ろしい子供じゃて。……ええい、今日はワシも飲むぞ! 闇の愛し子の誕生に乾杯じゃー!」
タイランはコップを頭上に掲げると、大はしゃぎで酒飲みのグループに混じって行った。あの喜びようはドリ◯ャスの誕生に、今度こそ天下取ったとはしゃいでいた時のSE◯Aファンに似て……って、それはもういいか。
◇◇◇
「――おう、マルク」
男たちに酒が行き渡った騒ぎに紛れ、奥さんの夕食があるからとノーウェルがこっそり帰宅した頃、トリスが俺の隣にやって来た。
戦斧男から開放されて肉を食らいまくるディールを見ながら、トリスは肩をすくめる。
「今日はディールが馬鹿やって、お前に面倒かけちまったみたいだな。まぁ馬鹿なのは間違いないが、たまには役に立つんだ。勘弁してやってくれ」
開拓はディールがいないとままならないらしいし、彼のようにやる気のある人材は村に必要なのだろう。確かに馬鹿なところがあるしセリーヌが嫌う理由もわかるけど、俺は別に嫌いというわけではない。積極的に絡んでいきたいとも思わないけどね!
「ううん。お陰でエナジードレインを覚えることができたし、むしろ得したなって思ってます」
「はは、そうか。エナジードレインを使えるのなんて、この村じゃあタイラン老しかいなかったからなあ。さっきまでタイラン老に、お前のエナジードレインがいかにすごいのかを聞かされてたよ。……俺はお前が何をしてももう驚かんけどなー。はぐはぐ」
トリスが遠い目をしながら肉を頬張る。俺は魔法を見せてドヤ顔するのは好きなので、そんなこと言わずにいつまでも驚いて欲しいと思う。
「ひいおじいちゃま~、マルクくん~。一緒に食べよ~?」
「おーう、今行くぞー」
シーニャの呼びかけに、俺たちはシーニャとニコラがいる鉄板へと向かった。そしてその後は日が暮れるまでおっさんたちに混じって宴を楽しんだのだった。
宴では半生肉ばかり食べていたディールが突然腹を下して家までポーションを取りに戻ったり、それを見て笑っていたニコラも食い過ぎに苦しみながらセリーヌの家へと向かうことになるのだけれど、それはまた別の話である。
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