265 BBQ

「そうそう、聞いてくれよ爺さん。この馬鹿がよ~……」


 ムキムキのメンズが口々にディールが備蓄用の薪を売却したことを報告する。一通り聞き終えたタイランは大きなため息を吐いた。


「はぁ~……。ディールよ、お前はいつまで経っても大馬鹿者だのう。そんなことじゃからいつまで経っても長老候補にすら入れんし、セリーヌもなびかないんじゃぞ」


「フハハ! 俺はまだ若い。長老など俺が歳を取った頃には自然と皆から推薦されることだろう! それにセリーヌもいずれは俺の嫁になることは確定的に明らかだ。なぜなら俺は天才だからな!」


 ディールが胸を張りつつ答えると、タイランは呆れ顔で首を振って呟く。


「……馬鹿は始末に負えんのう」


 そして気を取り直したように前を見据え、言葉を続けた。


「……まあええわい。マルクのお陰で薪の備蓄は何とかなったしの。それよりこの後の準備をせんとな。ほれ、ディール。せめて薪を片付けんか。今度は売るなよ?」


「もちろんだとも。俺とて子供の手を煩わすことなく、自らの手で備蓄を作るつもりだったのだからな! 弟子たる子供に俺の風魔法の極意を見せつけるつもりだったのに残念だ! フハハハ!」


 ディールが言うように、風をひたすら当て続け乾燥を促すこともできたのかもしれない。でもそれって「フハハ、見ておけ」とか言われて、延々と風を当て続けるのを見せられる拷問じみた絵面しか想像出来ないんですけど。エナジードレインが成功してよかったと心底思った。


 それからディールは高笑いしつつもアイテムバッグに薪をどんどん収納し、あっさりと薪を片付けてしまった。あのアイテムバッグ、結構な量が入るんだなあ。


 その後しばらくの間、気を利かせて土魔法で椅子やらテーブルを作りながら待っていると、トリスが台車を引きながらやってきた。台車にはバーベキュー台と新鮮なさばきたてとおぼしきお肉が乗せられている。


 トリスの隣にはひ孫のシーニャも歩いていた。シーニャが俺たちに気づくとブンブンと手を振った。


「マルクくん、ニコラちゃん~! 私も羊さんを捌くのを手伝ったら、ひいおじいちゃまがお肉を一緒に食べていいって~。よろしくね~」


「ええー!? お肉が食べられるの? わーい、ニコラうれしい!」


 白々しくニコラがのたまうが、俺としては一言言ってやりたい。


『……シーニャだって働いたというのにお前は――』

『アーアーきこえなーい』


 当然のごとくニコラには通じなかった。まぁわかってましたけどね。それから俺たちの近くにやってきたトリスはバーベキュー台をいじりながら、


「あー、今日は冬支度ご苦労さんだったな。それじゃあタイラン老から振る舞われたレギオンシープを皆で頂くとするか」


 さっそくバーベキュー台に炭を入れ、準備を始めた。そして鉄網の上にじゃんじゃんと乗せられていくのは、さっきまで働いていた羊さんである。もう一度言おう、さっきまでせっせと働いてた羊さんだ。


 ちなみにこのような羊さんを食べることに抵抗があるかっていうと、これは全くなかったりする。だって出会いはついさっきだし、愛着を感じるヒマもなかったもんね。それでも一つだけ気になることがある。


「ねぇタイランおじさん。この羊、メリーヌって名前って……」


「ああ、魔物を隷属させるには名付けが必要なんじゃよ。それでな、数年前に群れからはぐれたレギオンシープのつがいを見つけた時、ディールの働きで捕獲に成功したんじゃがな、捕獲に貢献した報酬としてつがいの雄にディール、雌にセリーヌと名付けろなどと言い出してなあ……」


「ええ……」


 俺も前世の少年時代に好きな娘の名前をゲームの仲間キャラに付けたことならあるけれど、それどころのレベルじゃないな。ちなみにそのゲームソフトをうっかり友達に貸した時にそれがバレて、こっ恥ずかしい思いをした。


「さすがに後でバレたらセリーヌに何されるかわからんかったから、セリーヌではなくメリーヌと名付けてなんとかディールを納得させることができたんじゃ。お陰でセリーヌの怒りを買うことは回避出来たわい」


「おう、そうだったな! ちなみに去年はディールを食ったんだけどな、名前の割りに美味かったぞ!」


 戦斧男が鉄網上の羊肉を裏返しながら話を補足した。羊肉はぷりっとした脂身を鉄網の上で踊らせながら香ばしい匂いを漂わせ始めている。これは美味しそうだ。


「ぬうっ、この羊はメリーヌなのか? それなら俺が食って供養せねばな! 羊のディールよ! 今からお前の元に最愛の妻メリーヌが逝くぞ! 未来の我らのように末永く幸せに暮らすが良い!」


 わけのわからないことを叫びながらディールが半生の肉をトングで摘むと、さっと口の中に入れた。


「あっ、馬鹿ディール! 早えよ!」


「フハハ! これだけ焼ければ十分よ! メリーヌッ! お前はうーまーいーぞー!」


「馬鹿っ! お前半生で全部食っちまう気か!? 俺たちの分も残せよ!」


 男たちに怒鳴られつつも一向に気にしないディール。魔物の半生肉とかよく平気で食べられるなあ。こうしてディールの蛮行を皮切りに、待ちに待ったバーベキューがついに始まった。

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