262 メリーヌ

 あの人は朝の物々交換広場で、いつもミルクを交換してくれるタイランだ。普通のおじさんに見えるけれど、トリスと同じく長老の一人で結構な年齢らしい。


 タイランは男たちが切った切り株の傍に屈み込み、どうやら切り株に太いロープを巻きつけているようだ。そのロープの反対側はレギオンシープの太い胴体に繋がっている。ちなみにレギオンシープは既に顔と足首を残してモコモコの毛が狩られた状態だ。色々と察しちゃうね。


「そおらメリーヌ、行け」


 タイランが俺の良く知ってる人に似た名前を呼んでレギオンシープの尻をポンと叩くと、その大きな羊型魔物はゆっくりと歩き始めた。


 レギオンシープが歩き出し、すぐにロープがピンと張り詰められる。そこでレギオンシープは一瞬抵抗を感じたように足を止めるが、力強く足を踏み込むと地面の土が抉りながら一歩前進。するとその瞬間、切り株が根っこごと地面からズボッと引き抜かれた。


 切り株を引き抜いたレギオンシープは、それを引きずりながら歩を進める。するとタイランが首と繋がっている鎖を持ち一言。


「メリーヌ、止まれ」


 その声でピタリとレギオンシープは進むのを止めた。人の言葉を理解していてすごくかしこいけれど、これも隷属の魔法の力なのだろうか。よく見るとレギオンシープの首には黒い首輪が巻かれている。これが隷属の魔道具のはずだ。


 タイランはすぐに抜かれた切り株からロープを外し、別の切り株に取り掛かった。どうやら切り株を抜く労働力としてレギオンシープが使われるらしい。


 こうして次々と木が伐採され、レギオンシープによって切り株が抜かれていく。さっき言った通り、俺はこういうのを見ていても飽きないタイプなんだけれど、ニコラがじっと見ているのが不思議だ。


『ニコラ、お前は先に帰ってもいいんだぞ』


『いえ、私の予想ではこの後お楽しみタイムがあると思うので、帰れと言われても居残りたいくらいです』


『ああ、保存食って言ってたし、あのレギオンシープを最後に食べるのかな』


『そうでしょうね。保存食用にも取り置くと思いますけど、ここで働いた人へのお楽しみもあるはずですよ。魔物の羊肉なんてまだ食べたことないですし、この機会を逃すとか考えられません。しれっと居残ってしれっとご相伴にあずかりましょうよ。ね、お兄ちゃん?』


 図々しいと思わなくもないけれど、ぶっちゃけ俺も魔物の羊肉は食べてみたい。俺はニコラの提案に頷いて答える。


 しかしそうなってくると、なんとなく居合わせてそのまま打ち上げに参加するというのは悪い気がする。子供らしくはないかもしれないけれど、何かの仕事で貢献したいところだなあ。とりあえず切り株で空いた穴を土魔法で埋めさせてもらおうかな。


 そんなことを考えていると、突然ディールの大声が響き渡った。


「フハハ! 子供よ! 俺の仕事を見せてやる!」


 いつの間にやら枝払いを終えた丸太の前に立っていたディールは、俺の視線が自分に向いたのを確認すると、両手を掲げて声を上げる。


「はああああ! ウィンドスライサー!」


 その声と共に発現した等間隔に綺麗に並んだ五つの風属性のマナは、ディールが手を振り下ろす動きに合わせて丸太に向かって降りていく。すると丸太がまるでエッグカッターを差し込んだゆで卵の様に、綺麗に切断された。


 そうしていわゆる玉切りされた丸太を今度は縦に数個積み上げ、ディールは再びウィンドスライサーとやらを唱える。今度はマナの形が十字になっていた。


「はあ!」


 スパンと綺麗に切れた丸太はあっという間に四分割され、薪へと変わった。ディールは腕を組みながら俺にドヤ顔を向ける。


「どうだ子供よ! これは俺の天才的なマナのコントロールがあってようやく出来るものだからな。伐採に魔力を使うわけにはいかん理由がこれなのだ!」


「おおー」


 見事な手際に思わず声が漏れた。確かにこれはすごい。複数の刃を真っ直ぐ飛ばしたり、合わせて飛ばしたりと自由自在に操作している。俺がディールに教えてもらった風刃ウィンドエッジは一枚刃でまだコントロールもあやしいというのにだ。


 そういえばディールは四元の加護とかいうギフトを持っていて、火水風土の属性魔法を高水準で扱えるんだよね。正直かなりうらやましいギフトだと思う。


『お兄ちゃんもこれを手伝ったらどうですか? 練習になる丸太はいくらでもありますし、お兄ちゃんが働けば私は堂々とタダ飯にありつけますから』


『いや、俺が働いてもお前がタダ飯なのは何も変わらないからな?』


『え? お兄ちゃんの手柄は私のもの、私の手柄は私のものじゃないんですか?』


『ジャイ◯ンでものび◯の手柄までは横取りしなかったのに……。でもまぁ、練習材料がたくさんあるのはいいね』


 持っていないギフトをうらやましがっても仕方ない。練習あるのみだ。俺はひたすら薪を量産しているディールに近づき声をかける。


「ディールさん、僕も一緒に丸太を切っていいですか?」


「いいぞ! 我が弟子たるお前ならいずれは俺の領域にたどり着けるかもしれんが、最初は風の刃二本から慣らしていくといいフハハハハ!」


 ディールはアイテムバッグから丸太を取り出し俺の足元へと転がすと、伐採現場の方へと歩いて行った。どうやら丸太の持ち運びにアイテムバッグを使っていたみたいだ。


 ディールを見送った後、足元の丸太を見下ろしながら深く深呼吸をする。


 ……よし、始めるか。風刃ウィンドエッジを二本同時に出すようなイメージでやればいけるかな? 両手から風属性のマナを二つ分割して練り上げて、それを射出するように――


「お兄ちゃんがんばえー」


 俺がイメージを固めて精神を集中しようとしたところで、ニコラの気の抜けた声がかかった。思わずため息をつきニコラに念話を送る。


『お前もせっかくだから少しくらい働けば? 風魔法を使えないことはないだろ?』


 タマネギから目を守る風魔法を作るくらいだ。これくらい難なくやれるだろう。するとニコラは顎に手を添えて、真剣な顔で答える。


『私思うんですけど、スポーツ観戦のチアリーダーってお給料が発生してますよね。つまり私が応援するのって、これもう働いてるのと同じなのでは……?』


『え、そうなのかな? ……って、いやいやそんなわけないだろ』


『バレました? てへぺろ』


 ニコラが真剣な顔を一転、舌をペロっと出しながらウィンクをして見せた。まぁ働けと言って素直に働くような妹ではないのは今更だったな。俺は再びため息をつきたい気分を抑えて土魔法を念じる。


『まあいいよ。それじゃあせめて黙って見てな』


 俺は土魔法で見学用の椅子を作り上げると、再び丸太に向かって精神を集中させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る