253 シュルトリア村人エステルさんの話2

 目の前の垂れ下がった枝を払いのけ、ポータルクリスタルへと向かって歩く。今歩いているのは普段は人が通らないようなけもの道なんだけれど、ここが一番の近道だ。


 ボクが普段ぼるだりんで遊んでいるとポータルストーンの精製を終えたマルクが戻って来ることがあるし、二人が精製している時間はだいたいわかる。今は精製の真っ最中のはずなのだ。


 早く行かないと一緒に精製ができなくなっちゃう。ボクは足を速めながら雑木林をかき分ける様にポータルクリスタルの元へと急いだ。



 ◇◇◇



 しばらくけもの道を歩き続け、ポータルクリスタルの近くまで来た。もうすぐマルクたちに会えると思うと、それだけで心が沸き立つのを感じる。ボクはようやく木々の間から見え始めたポータルクリスタルを前に、さらに足を一歩踏み出す――


「……っ」


「…………っ!」


 ……ん? なにか声が聞こえる。話し声じゃない、鳥の鳴き声? なんだろう?


 森の中は死角だらけ。不確定要素がある時は、慎重に進まなければいけない。これは森の中に住むボクら村人にとっては常識だ。ボクは足音を立てないようにゆっくりと声のする方……ポータルクリスタルへと歩を進める。


 そして茂みの陰からポータルクリスタルを覗き見た。


 ……えっ?


 そこにはマルクとセリーヌがいた。


 ここからは茂みが邪魔でよくは見えない。でもセリーヌがひざまずきながらポータルクリスタルに両手をついて、黒いドレスを乱れさせながらお尻をマルクに向けているのが見える。マルクはそんなセリーヌの腰に手を添えていた。


 不意にセリーヌがいやいやするように頭を振った。その際にちらりと見えた横顔は、髪が汗で頬に張り付いて、まるで熱に浮かされたように紅潮している。


 えっと……。これって……、やっぱり……、子作りしてるん……だよね?


 もしかして二人は恋人だった? ……いや、村の人に聞かれるたびに否定していたし、隠す必要もないから恋人じゃないのは間違いないと思うんだけど……。


 それじゃあ恋人じゃないのに子作りしてるってこと? 恋人でなくてもそういうのを楽しむ人もいるって母さんから聞いたこともあるけど、二人がそうだってことなの? ええー!?


 ボクが混乱している最中にも、二人の行為の声が聞こえてくる。


「……んっ、あっ、はぁっ、マ、マルク、もう許してぇ……」


「ダメだよ。昨日は僕が大変な目にあったし、今日はセリーヌの番だから」


「あぁっ! あっ、あっ、あっ、でも、そんなっ、激しっ……」


「こういうのがいいんでしょ? いや、全然仕返しのつもりはないんだけどね、ホントだよ?」


「んん~! ちがっ、こんなのっ、初めてっ、あっあっあっ……!」


 ボクは思わず唾を飲み込む。いつも大人びたセリーヌが蕩けた顔をしているのも、いつもやさしくて穏やかなマルクがいじわるを言っているのも初めて見た。


 見たことのないような二人がお互いをさらけ出すかのように行為に没頭している。……だからなのかな? 二人がまるで通じ合ってるみたいにわかりあえてたのって。もしそうならボクは――


 ――って、こんなの覗き見しちゃダメだよね、引き返さないと。……でも、目が離せないよ、こんなの……!


「ほら、セリーヌ、まだいけるよね?」


「もう無理ぃ! むりなのぉ、あー、あーあっあっあっあっ……」


 セリーヌが口をだらしなく開けながら、小刻みに体を揺らす。マルクの顔は見えないけれど、今は一体どんな顔でセリーヌをいじめているんだろう。マルクの顔を想像するだけでなんだか胸がドキドキした。


 もう少し近くで見たい。ダメなことなのに、思わず前のめりになってしまった。


 ――パキッ


 足で枝を踏んづけた音にハッと我に返った。マズい、見つかっちゃう! 思わず声を上げてしまいそうになったのをなんとか抑えて前を見ると、二人はどうやら行為に夢中で気づいていないようだ。


 ボクはそのまま一歩二歩と後ずさると、そこから一目散に逃げ出した。ごめん、ごめんねマルク、セリーヌ!



 ◇◇◇



『あれ? 今なんか物音がした? ってニコラ、どうしたのニヤニヤして』


『いやいや、なんだか楽しいことになってきたなと思いまして』


 ニコラはなぜかポータルクリスタルに半分体を隠して、覗き見るようにしながらにんまりと笑いを浮かべる。


 いつもはもっとガン見してるのに、どういうつもりだろう。覗き見プレイのつもりなのだろうか。一度気づいてしまうとすごく気が散るな。マナの供給が乱れそうだ。


 ……まあ、いいか。昨日の無茶振りの仕返しとはいえ、セリーヌを少しいじめすぎた気もするし、そろそろ終わりにしよう。


「セリーヌ、ごめんね。もう激しくしないから……って、セリーヌ?」


 よそ見をした瞬間だったのだろうか、いつの間にやらセリーヌは土下座をするような形で気絶していた。


『お兄ちゃん、久々にセリーヌがアヘ顔を晒してましたよ。いい仕事しましたねえ』


『しまった、やりすぎた……。後で叱られそう』


『いやいや、今日は本当にお兄ちゃんはいろんな意味でよくやってくれました。これまでの中でもベストバウトと言えるでしょう。無いとは思いますけど、セリーヌがお小言を言うようでしたら私がかばってあげますね』


 ニコラはポータルクリスタルの陰から出ると、まるで大物フィクサーのように偉ぶりながら俺に向かってパチパチと拍手をした。


『その時はお願いします……』


 なんだか機嫌のいいニコラに頭を下げると、ずっと触れていたセリーヌの腰から手を離す。今日は腰に手を当てて魔力供給をしていたのだ。こっちのほうが手と手で送るよりガツンときそうだからね。


 セリーヌはそんな俺の仕返しを兼ねた魔力供給で早いうちに腰砕けになってひざまずいたのが功を奏したらしく、気絶しても腕と膝が汚れたくらいで済んでいた。土塗れにならなくてなによりだ。


『お兄ちゃん、セリーヌを起こすんですか?』


『いや、今日は正直やりすぎたと思うし、せめてものお詫びにお風呂まで運んであげようかなって』


 俺はセリーヌのお腹に手を回してぐっと抱え込み、いつかと同じお姫様だっこで持ち上げる。手を回した背中と太ももは汗でびっしょりだ。さっきまで気にも留めていなかったセリーヌの汗の匂いが鼻を掠める。


 持ち上げた拍子にセリーヌの首ががくんと曲がり、喉を見せるように仰向けになった。さすがにこの顔を誰かが見られたりするのはよくない。


『ニコラー、頭を持ってあげて』


『はーい。うへへ……』


 ニコラが白目を剝きながら首をぐたりとさせているセリーヌの頭を両手で支える。ついでに肩越しに汗が光る胸の谷間を見ながら、いやらしい笑みを浮かべていた。


『風呂でもいつも見てるんだろ? 飽きないもんかね』


『お風呂で見せるときは、見せても良いという気持ちで見せてますからね。こういう無防備なのはなかなか無い機会です。はあはあ、この見えるか見えないかのギリギリなのもたまりません』


 見えてないなら注意することもないのかな? 最近俺もよくわからなくなってきた。


 とりあえずニコラの機嫌を損ねて、後で味方になってくれないのは困る。俺は深く考えないことにして岩風呂への道を歩いた。

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