249 木の実

 俺に狙いを定めたエビルファンガーは、根っこに見立てた触手を動かしながらゆっくりと俺に近づき始めた。


 そして枝に擬態した触手を激しく動かすと、そこからは黄色い煙がもくもくと上がり本体の周囲を黄色く染め上げる。これが胞子なのだろう、吸うとヤバいやつだ。


 胞子を体に纏うのは攻防一体でやっかいな技だ。とは言っても、俺は近づく必要はないのであまり関係ないな――


 ――そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。


 突然ザアッと木々が揺れる音が鳴ったかと思うと、エビルファンガーの周囲の胞子が風に乗って薄く広がりながら俺の目の前に迫ってきたのだ。


空中浮遊レビテーション!」


 俺は急いでマントで口を塞ぎながらレビテーションで空へと逃げる。十メートルほど上昇してから下を見ると、黄色い煙が俺のいた場所を通過していくのが見えた。


 今日は風が強いのはわかっていたのに、胞子が風で飛ぶのを全く頭に入れてなかった。しかも風下に立つなんて迂闊うかつにも程がある。


『ニコラ、そっちは大丈夫?』


『ええ、最初からセリーヌの指示に従って風下にいませんでしたからね』


『それなら俺にも教えて欲しかった……』


『一から十まで教えると成長しないもんですよ。少しは頭使いましょうね。それにセリーヌはあれくらい避けると信じていたみたいですよ。エステルは顔を真っ青にさせてましたけど』


 うぐっ、そこまで言われると反論の余地は無い。俺は今回の反省を心に刻みつつ、地上を見下ろした。


 木々がそれほど密集していない場所なこともあり、枯れ木姿で目立つエビルファンガーは上空からでもすぐに見つけることができた。エビルファンガーは少し上体を反らすようにしながら、こちらに体を向けている。これは恰好の的だね。


 さっそくさっきのお返しをするべく攻撃を開始する。点の攻撃が駄目なら面にしよう。上空からなら派手な攻撃をして木々をふっとばしても問題ない。ここは得意の絨毯爆撃だ。


 俺は数センチ間隔で石弾ストーンバレットを上空で敷き詰める。そして畳一畳分が出来次第、エビルファンガーに向けて一斉にぶっ放した。


石弾ストーンバレット


 目標に当たったのを確認するよりも先に、再び石弾ストーンバレットを敷き詰め即座に放つ。


石弾ストーンバレット


石弾ストーンバレット


石弾ストーンバレット


 攻撃を繰り出すたびに激しい音を立てながら目標周辺の木々が破壊され地面が抉れ、周囲の鳥がギャアギャアと鳴きながら逃げていく。


 相手のダメージ具合を確かめたいところだけれど、土煙が立ちこめてエビルファンガーの姿はよく見えない。しかしチキンな俺は攻撃の手を休めることなく、さらに眼前に石弾ストーンバレットを敷き詰めようとした。


 すると土煙の中から黄色い木の実のような物がヒュッと飛んできた。俺のレビテーションは上下はともかく横の動きはゆっくり歩く程度の速度しか出ない。これは避けきれ――


 ――パンッ


 俺の手前で木の実は弾けると、黄色い胞子を周辺に撒き散らした。しかし俺の周囲には俺を守るように半透明の膜が展開している。銀鷹の護符の効果だ。うへぇ危ない、助かった……。


 しかしホッとするのもつかの間、すぐに二射目が実が飛んできた。くっそ、空中から狙い撃ちするつもりが、狙い撃ちされているじゃないか!


『お兄ちゃん、攻撃が避けられないようなら下に降りたほうがいいんじゃないですか?』


『わかってるよっ』


 俺は急いで地面に下りると、再びエビルファンガーと対面する。その時ちょうど土煙が収まり、その姿を俺の前に晒した。


 俺の攻撃でエビルファンガーは擬態していた木の外装部分が弾け飛んだようで、ところどころ中身の白い繊維のようなものをさらけ出している。


 まるで綿のようなそれには幾つもの風穴が空いてはいるが、穴の周囲がふるふると動き、さっき見たのと同じように再生を始めていた。


 そんな奇妙な光景に、思わず足を止めてしまった。すると吹き飛ばずに残っている触手のうちの一本の先がくるっと丸まり、先程飛んできたのと同じ木の実のような物になったかと思うと、それを俺に向けて投げつけた。あー、これがさっき飛んできたヤツか!


 俺は念のために銀鷹の護符にマナを再充填させながら、横に走って避ける。放物線を描くように投擲される木の実は、地上なら避けられない速度ではないみたいだ。俺の後ろで木に当たった木の実は黄色い胞子を辺りに撒き散らす。


 そのままエビルファンガーを中心にぐるっと走りながら考える。


 あれだけ石弾ストーンバレットを撃っても死なないってことは、決定打が足りないってことなんだろう。なんだか密度の粗い綿を針で刺し続けているような手応えの無さしかない。


 しつこく繰り返せば倒せるかもしれないけれど、周辺に胞子の実が撒き散らされるのはとても不味い。持久戦になると不利だ。


 そうなってくるとやっぱり火魔法がいるよな……。


『お兄ちゃん、これもう火魔法で攻撃するしかなくありません?』


『俺もそう思ってた』


『森を焼いちゃっても、ごめんなさいすれば許してもらえるんじゃないですか? 同情を引くためのいたいけな子供の振りは私がレクチャーしますよ。まずはおててを丸めて口元に寄せて、上目遣いで目をウルウルさせるのが基本です。次に――』


『いや、ちょっと待て。どうして燃やす前提なんだよ。もちろんそうならないように準備はするから』


 森林の火災は大事おおごとになりそうだからなあ。なるべく延焼させないためにも準備は怠りたくない。


『そうなんですか? それじゃあ張り切ってどうぞ』


 俺の言葉にニコラはあっさりと念話を終わらせた。お手並み拝見と言ったところだろう。


 ここにノーウェルがいたということは、この辺りも村にとって大事な狩場ということだ。俺としてもできるだけ残しておきたい。そのための手段は無いことはない。


 ……まぁ既に絨毯爆撃で一部はボロボロになってるけど、それはさすがに許してくれるよね?

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