244 ルミル
スティナの出産から数週間が過ぎた。
スティナの陣痛が始まってからの出産劇は、それはもうご近所を巻き込んでの大騒ぎとなった。
産婆の経験のある女性が次々とエステル家に集結し、家の周囲は夜でも魔法灯であかあかと照らされたかと思うと、非常時にも対応できるように有志によって寝ずの番が置かれる。そして村の広場ではお産の手伝いからあぶれた人が集まり、出産の無事を神に祈ると言った光景が見えた。
この村において子供はまさに宝であり、村の宝のために皆が協力するのが当然なのだそうだ。もちろんファティアの町でもご近所の助け合いはあるけれど、それよりも更に数段上の、村の結束力というものを見せてもらったような気がする。
ちなみに俺も何か協力できないかと考えた結果、エステルを介してD級ポーションを提供させてもらった。出産の場で子供がうろうろしても邪魔になるだろうし、これでよかったと思う。
そうして無事に生まれてきたのは、ぴょこんと伸びたエルフ耳がかわいらしい女の子。ルミルと名付けられた。
両親は二人揃って金髪でエルフ耳だが、ハーフエルフなので先祖を遡り金以外の髪色や丸耳の子が生まれることもあるそうだ。そのことは別に珍しくもないのだけれど、この子は二人の特徴をそのまま受け継ぐこととなった。
その顔つきは、やさしげに丸みを帯びた目元が父親のミゲル似だと思う。エステルは母親のスティナに似てキリッとしているんだけどね。
それからしばらくは慌ただしく日々が過ぎていき、ようやく落ち着きを取り戻してから数日。今はいつもの早朝の手伝いでエステル家にいる。
俺はレギオンシープのミルクを飲み干すと、なんとも身の置き場のない気分になって席を立った。
朝食の賄いが終わり、スティナが椅子に座りルミルに授乳している最中だ。こういう時ってなんだか居辛くなるんだけれど、変に意識しすぎだろうか。
ちなみにニコラはテーブルに両肘をつけながら授乳の様子を機嫌良さそうに眺めている。ニコラから変な念話もないけれど、さすがに邪な目で見ているのではないと信じたい。
「ん~、それじゃあそろそろ行こうか!」
同じようにルミルを眺めていたエステルが誘惑を振り切るように椅子から勢いよく立ち上がると、今日の出品分の惣菜を運ぶために厨房へと歩き始めた。
「はーい」
俺は気まずさから解き放たれてホッと息を吐きながら、ニコラは渋々従うようにエステルの後へと続く。
「いってらっしゃーい」
スティナがルミルの背中をさすりながら俺たちに声をかける。するとルミルもケプッとかわいいげっぷを漏らした。俺たちの目尻がとろんと下がったのは言うまでもない。
◇◇◇
「はぁー、ルミルは本当に可愛いなあ……」
がらがらと荷車を引きながらエステルが呟く。ルミルのかわいさにすっかり参ってしまったらしく、最近のエステルの話題はもっぱらルミルのことばかりだ。年の離れた妹だし可愛いくてたまらないんだろう。
とはいえ俺も気持ちは一緒だ。ルミルはかわいいと思うし、ルミルやルミルを一生懸命頑張って産んだスティナのために何かしてあげたくなってくる。そこで最初はエステル家をお風呂に招待して出産の疲れを癒やしてくれればと考えたんだけれど、確か産後しばらくはお風呂って駄目なんだよね。
そんな風にそわそわとした気持ちを持て余していたのだが、不意にエステルからある提案がされた。
「ねえ、マルク。グリーンフォックスを一緒に狩りに行かない?」
グリーンフォックスと言うと、この村の付近の森にも棲息しているらしい魔物だったかな。結局これまで一度も見たことないけれど。
「今ルミルに使ってる緑のお
ルミルが巻かれているふわふわで緑色のお包み。あれは魔物の毛で編まれたものだったのか。生まれたばかりの妹を溺愛するお姉ちゃんとしては、自分のお古は忍びないものかもしれない。
「いいね。僕も行くよ。ニコラはどうする?」
「行く!」
即答だ。
『私もルミルはかわいいですし、それと前にお風呂ではちょっとやりすぎた感がありますからね。なんだか前よりも私との距離が離れた気がするので、ここはエステルの頭に爆弾マークが付く前に少し友達ポイントを回復させておきたいのです』
動機はともかく感知能力が高いニコラが来てくれるのは狩りではありがたい。
「いつ行く?」
エステルがわくわくした顔で俺に尋ねる。返答次第では今すぐにも飛び出していきそうだけれど……。
「そうだね、セリーヌに相談してからでいい?」
「うん、もちろん!」
エステルの口調から、それほど危険はない気はするのだが魔物は魔物。安全に行動するに越したことはないだろう。
そうして昼食の場でセリーヌに狩りの相談をしたところ、期待通りにセリーヌも同行してくれることになった。そこで翌日を魔力供給の休養日にあて、いつもの四人で魔物狐狩りに出かけることが決定した。
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