210 ディール

「はい、このお店のお手伝いをしています」


 俺は聞かれたことをそのまま答える。見たらわかるだろと思わなくもなかったけれど、会話の糸口としてあえて聞いてみるのもコミュニケーションだよね、うんうん。


 俺の答えを聞いたディールは満足げに頷くと、気取った仕草で髪をかきあげた。


「フッ、聞いたぞ。セリーヌがポータルストーンを作り直すまでの間、お前たちもこのシュルトリアに滞在するつもりらしいな。早く町に戻せと泣きわめくことなく自らをわきまえるとは、なかなかよくできた子供たちではないか。そういうことなら三年ほどゆっくり過ごすことを許可してやろう。フハハ、ハハハハハ!」


 大仰に腕を広げながらディールが高笑いをする。変に絡まれるんじゃないかと内心ビビっていたんだが、ディールはご機嫌みたいだしどうやらそういうことではないようだ。


 ちなみに村に滞在する許可だなんて言ってはいるが、別にディールの許可を取る必要はない。セリーヌが身元の保証をしてくれて、村人に周知している時点で事足りているのだ。


 更に補足するとディールは村に何人かいる長老の内の一人の息子で、代々ポータルクリスタルの管理をしている家系とのことだ。なので許可云々は全くのお門違いなのだけれど、面倒くさい人なのは間違いないので何も言わずに傍観することにした。


 すると高笑いをして気分の良さそうなディールが更に続ける。


「これからの三年の間にセリーヌは俺の元に嫁入りすることになるだろう。そうなるとお前たちを町に送り届ける者がいなくなるわけだが……、その時は俺の親戚を護衛につけてやるからな。安心して親元へと帰るがいい」


 ディールはイケメンをキラキラと輝かせながら笑みを浮かべると、俺の肩をポンと叩いた。すると絡まれたくなかったのだろう、ディールと目を合わせずにエステルの客の相手をしているニコラから念話が届く。


『ヒエ~ッ。三年の間にセリーヌを口説き落とすのは確定的に明らかみたいですよ。とりあえず滞在期間が三ヶ月なのはディールに言わないほうがいいですね』


『そうだね。怒りが有頂天になりそうだ』


 そんな俺たちの念話をよそに、一通り言いたいことを言ってスッキリしたらしいディールがようやく俺の野菜に興味を向けた。


「それで? この野菜は何なのだ。シュルトリアでは見たことない物だが?」


「僕が作った畑から採れた野菜を売ってます」


「お前が作った……? お前らはまだシュルトリアに来て一週間ほどしか経ってないだろう。……ああ、早く育つことしか能のない外来種ということか」


「ええ、まあそんな感じです」


 実際二日で育ちきったしな。


「ふむ。しかし全く売れていないようだな。……よし、俺が一つもらってやろう。これを取っておくがいい」


 ディールは鷹揚に腕を組んで少し思案した後、腰に下げた革袋をゴソゴソと探り始める。何かと交換してくれるんだろうか。しかしこれは試食品だ。


「いえ、これは試食のつもりで出そうとしたものなので、お代はいいですよ」


「フン、遠慮せずに取っておけ。俺は子供にもやさしいのだ。セリーヌにもよく言っておけよ?」


 あら、セリーヌへのポイント稼ぎとは言え気前がいいんだな。そう思いながらディールが革袋から摘みだした物を受け取ろうと両手を差し出す。


 ――俺の手の平に茶色の物体がポトリと一つ落とされた。これは……豆だ。エクレインが酒のつまみにポリポリと食べているのを見たことがある。豆を油で揚げて塩を振ったものだ。


 ……えっ、コレ一粒が対価? いやまぁ元々試食のつもりだし? 別にいいんですけどね?


「それでどうやって食べるのだ?」


 俺の困惑をよそに、ディールはキュウリスティックと小瓶を持ちながら俺に尋ねる。


「……え、ええと。このキュウリスティックを小瓶に突き刺して、そのまま中のソースを絡ませながら食べます」


「よし、わかった。……むっ、何だこのどろりとしたソースは……。このような奇っ怪な物を俺に食せと?」


「別に無理には……」


「フン、子供よ。俺が食えないとでも思ったか? 俺はシュルトリアの新星、緑風のディール! この程度で怯えるものか! ええい、ままよ!」


 ええい、ままよとか実際に言ってるの前世現世含めて初めて聞いたぞ。そんな乾坤一擲の気合を込めたディールは、そのままの勢いでキュウリスティックにかぶりついた。

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