209 マヨネーズ再び
キュウリに光明を見出した日の夜、俺はひたすらマヨネーズを作ることとなった。
今は自宅の一部を壁で区分けして厨房スペースを作り、その部屋の中で土魔法製の壺に卵黄、油、塩、酢を入れ、風魔法でひたすら撹拌させている。
この村で手に入れた卵は、周辺の森に生息する鳥の卵らしい。ファティアの町で買えた卵よりも二回りほど大きく殻の色も灰色がかっており、まともにマヨネーズが作れるのか不安になったりもしたけれど、作ってみれば案外普通のマヨネーズが出来上がった。
卵もグラスウルフと交換した小物でたんまりと交換できたことを考えると、町の卵よりもコスパがいいかもしれない。とはいえマヨネーズの原価の大半を占めるのは卵の殻を洗浄するポーションなので、卵のコストはあまり関係ない気もする。
「お兄ちゃん、マヨネーズ自体を売るつもりはないんですよね」
さっきまで魔道扇風機に向かって飽きることなく「あ~」とやっていたニコラが、いつの間にか俺の近くで作業を見つめていた。娯楽がないとはいえ、他にやることはないのだろうか。例えば俺を手伝うとか。
「うん。どんな野菜にかけても美味しいとは思うけど、マヨネーズは原価が高いし作るのも面倒だからね。マヨネーズの小瓶と合わせてセット販売だよ」
今回売りに出すのはキュウリ一本分のキュウリスティックと、それにギリギリ足りる量のマヨネーズ、そのマヨネーズを入れる小瓶の三つで一セットだ。
小瓶は普段使われているコップよりも一回り小さい程度の大きさだが、中身のマヨネーズの量の割にかなり大きめに作っている。土魔法で丁寧に作ったので他の用途にも使えそうな一品だ。モ◯ゾフのプリンのガラス容器をついつい集めたくなってしまうように、俺の作った小瓶にも価値を見いだしてくれることを期待している。
その小瓶にマヨネーズを入れては蓋をして次々と並べていると、ニコラがその一つをひょいと掠め取り、「キュウリください」と手を差し出した。
「そういえばまだ味見をしてもらってなかったな。味は特に問題ないと思うけど感想聞かせてよ」
「もちろんです。はよはよ」
急かしながら手を伸ばすニコラにキュウリ一本を丸ごと手渡してやる。するとニコラはあからさまに口を尖らせた。
「ええー、ちゃんと切って渡してくださいよ。それとも私が白い液体の付いたキュウリを一本丸ごとを頬張るところが見たいんですか? お兄ちゃんの性の芽生えは喜ばしいことですが、私を対象にするのはドン引きなんですけど」
「俺の方がドン引きだよ。……はぁ、わかったからキュウリ貸しな?」
俺はため息まじりに答えると、ニコラのキュウリをスティック状にしてやり、再びニコラに手渡す。
「それじゃいただきまーす。……ポリポリポリっと。なるほどなるほど、セリーヌ汁が染み込んだいいお味ですね。これなら何本でもいけます」
「ポーションの残り湯で少しだけ成長は早くなったみたいだけど、味はたぶん変わってないぞ」
「やれやれ、セリーヌ汁の味がわからないとはまだまだですねえ……。ところでキュウリ以外のお野菜はどうするんですか? 物々交換に出さないとは聞きましたけど」
「キャベツとトマトだけで自炊は出来ないし、自炊する必要も特に無いから使わないんだよね。だから畑を縮小しながらエステルの家にでもおすそ分けするつもりだよ」
「ふんふん、今のうちから未来の義母との交流を深める作戦ですね、わかります。お兄ちゃんもずいぶん気に入られたみたいですし、このままエステルとゴールインするのもいいですけれど、義母との同居はNGでよろしくお願いしますね。スティナママからは、なし崩し的に私にまで家事をやらせそうな圧を感じますから」
「そういう予定はもちろんないけれど、当然のように家事をする気はないんだな」
「当たり前ですよ。家事なんかしたらそれはもう働いてるのと同じですからね。働いたら負けかなって思ってます。ところでキュウリのおかわりください」
「はいはい」
俺は再びため息をつきながらキュウリに包丁を差し込んだ。
◇◇◇
翌日。エステルにキュウリの出品の件で相談したところ、エステルが出店した隣に俺のキュウリも置かせてもらえることになった。エステル家の惣菜のついでに一品どうですか? と売り込む予定だ。
そういうことで今朝も俺、ニコラ、エステルの三人で広場にやってきた。
定位置に長机を構え、エステル家の寸胴鍋をドンと置く。ちなみに今日の惣菜メニューは、キノコとベーコンたっぷりのオニオンスープ、白身魚の蒸し焼きだ。
そしてその横には丸ごと一本のキュウリとマヨネーズの小瓶のセットを並べた。その場で食べる人にはスティック状にしてあげるつもりである。
「それじゃあ始めようか。いらっしゃーい、お惣菜はいかがですかー?」
エステルが控えめながらよく通る声を上げ、物々交換がスタートした。
それからしばらくの間、ひたすらエステル家の惣菜をさばくお手伝いをしていた。しかし待てども待てども売れるのは惣菜ばかりで、俺のキュウリは一本たりとも売れていない。
たまに不思議そうにキュウリを見つめる人はいるが、町で食べられている野菜だと言ってもフーンと言った感想しか返ってこないし、外から村にUターンしてきた人にはキュウリを知ってる人もいたけれど、好みでないのか購入までは至らなかった。
まぁ俺だって余所でキュウリを見かけたところで、別にテンションは上がらないものな。町でも不人気寄りの野菜だったし。
これはやはり、まずはマヨネーズの味を知ってもらう必要がありそうだ。
俺は試食コーナーを作ろうと、まずはキュウリをスティック状に切った。――するとそこで頭上から声がかかる。
「ふん、セリーヌが連れてきたよそ者の子供たちではないか。こんなところで何をしている?」
あんまり会いたくない人がそこにいた。セリーヌにちょっかいをかける緑の服を着込んだ村人。ディールである。
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