198 牢屋のリフォーム

「うーん、これは酷い。厳重注意ですよこれは。厳重注意!」


 部屋を覗き込んだ後、くるりと俺に振り返ったニコラが人差し指を立てながら俺に抗議をする。


「確かに物が無さすぎるのは認めるけどね。だからエステルに花を貰ってだな……」


「花のひとつやふたつで、この殺風景な部屋がどうにかなるものでもないと思いますけどね。とりあえずもう少し見た目をまともにしませんか? 私も牢屋で一晩過ごすのは遠慮したいところですし」


 ニコラは家の中に入りこみ周辺をうろうろと歩き始めた。言わずともしっかり靴を脱いでいる点は褒めてやってもいい。


「とりあえず窓がない理由は想像つきますし、今日はよしとしましょう。照明は魔道具を交換してもらったって言ってませんでしたか? アレを使いましょう。それとついでに扇風機みたいな魔道具も出しといてください。『あ~~』ってやりたいので」


 ニコラの指示に牢名主たる俺は粛々と天井にフックを作り出し、土魔法製の踏み台に登ると照明魔道具を吊り下げ明かりを灯した。そして部屋の片隅に魔道扇風機を設置する。俺も後で『ワレワレハウチュウジンダ』と言ってみよう。


「それと個室トイレもまだ作ってないみたいですから作っておきましょう。……一応聞いておきますけど、まさかどこかの牢屋みたいに部屋の隅にトイレを作るつもりじゃないですよね?」


「さすがにそこまでやるわけないだろ……。でもトイレかあ。小部屋を増設して、そこに野宿の時に作った仮設トイレを置いてもいいけど、三ヶ月間だと中に溜まったものを処理する必要もあるかなあ」


 ちなみに実家のトイレは下水道に流していたけれど、セカード村の村長宅やサドラ鉱山の宿、セリーヌの家では汲み取り式の様だった。しかし臭いは気にならなかったので、おそらく便槽部分に何かしらの魔法的処理をしているのだろう。


「溜まってきたらお兄ちゃんがアイテムボックスに収納すればいいじゃないですか」


「絶 対 に 嫌 だ」


「私は別に気にしませんよ?」


「俺が気にするよ。というか少しは気にしなよ。……とりあえずなるべく深く穴を掘ってみるよ。それで万が一処理する必要が出てきたら、土で埋めてトイレを別の場所に移動させようか」


「まあ三ヶ月ならそれでいいかもしれませんね」


「よし。それじゃあさっそく作るよ」


 ニコラのお墨付きを貰った俺はトイレ作りに勤しんだ。そしてその後もニコラの改築案を聞きながら部屋の手直しを続け、一段落付いたところで本日は就寝となった。



 ◇◇◇



「……ルクー……マルクー……」


 微かに聞こえるエステルの声と、扉を叩く音で目が覚めた。扉と言っても木製ではなく石扉なのでゴンゴンと鈍い音を立てている。


 俺はベッドから体を起こすと軽く伸びをした。どうやら睡眠はばっちりのようだ。窓が無いため外の様子は全くわからないが、迎えが来たってことは早朝の時間帯なんだろう。急いで玄関へ向かい扉を開けると、そこには満面の笑みのエステルが立っていた。


「マルク、おはよ! 迎えに来たよ!」


「やあ、おはよう。あっ、それは……」


 エステルは両手で花瓶を抱えていた。その花瓶からはエステルの花飾りと同じ、白いユリのような花が数本生けられている。


「うん、昨日言ってた花だよ。これでどうかな?」


「ありがとう。髪飾りのもいいけれど、花瓶で飾るのもかわいいね。ちょっと準備するから家に上がって待っててくれるかな」


 そう言ってエステルから花瓶を受け取ると、たまにエステルから香ってくるよりも更に濃厚な花の匂いがした。この花瓶はどこに置くのがいいのかな。今はとりあえずテーブルにでも置いといて、後でニコラの意見でも聞いてみるか。俺的には玄関がイチオシだね。


 俺に続いて家に入ってきたエステルが部屋を見渡し、俺のベッドの隣に目を留める。


「へぇ~、随分と部屋が賑やかになったんだね。それにニコラもこっちに泊まることになったんだ?」


「うん。だから迎えにいかなくていい分、少しはゆっくりできるかな。ニコラを起こしてくるからちょっと待っててね」


 ニコラは俺の隣のベッドで今もぐっすりと眠っている。寝室を別にするのを提案してみたところ、ニコラが一緒でも構わないというので、そのまま採用した形だ。


 それにニコラの指示の元、クローゼットや飾り棚なんかも土魔法で制作し、隣り合ったベッドも含め実家の子供部屋に近いレイアウトとなり、俺としても牢屋と揶揄された時に比べるとなんだか落ち着く部屋になってよかったと思う。


 ……しかし玄関を開けて、すぐにベッドが見える配置なのはさすがに恥ずかしいな。今日戻ってきたら間に壁を挟もう。


 花瓶をテーブルに置き、ベッドで寝ているニコラの肩を揺する。するとすぐに念話が聞こえた。どうやら目は閉じたままだが既に起きているらしい。


『……こんな時間から出勤なんて、私を殺す気ですか?』


『早起きで人は死なないよ、多分。それに母さんが望んだことでもあるんだし、頑張ろうか』


『殆どお兄ちゃんの差し金なんですけどね。……まぁわかりました。ニコラ、起きまーす』


 ニコラはむくりと起き上がると、かわいらしげにあくびをし、今気づいたようにエステルを見つめる。


「ふぁ~……。あっ、エステルちゃんだー。おはよー!」


「おはよう、ニコラ。今日からよろしくね」


 エスエルがニコリと笑うと、ニコラも元気に返事をする。


「うん!」

『は~。エステルはやっぱりかわいいですねえ。一見クール系なのに、気を許した相手には犬っぽくなっちゃうところとか、ギャップにグッときますよね。その愛を一身に注がれているお兄ちゃんが憎い、妬ましい……』


『愛て。ただの友達だよ。そんなことよりさっさと着替ようか。時間に余裕はあるけれど、待たすのも悪いからね』


 俺は自分の部屋着を脱ぎながら念話を送る。すると同じようにピンクのパジャマに手をかけたニコラが若干顔を赤らめながら、


『了解です。それにしても美少女に見守られながらのお着替えって、なんだかぞくぞくしますね……』


 ニコラの呟きにエステルの方を見ると、エステルはニコニコしながらこちらをずっと眺めていた。見ないでっていうのも自意識過剰だし、何より川でも裸を見られた俺からすれば今更か……。俺はさっさと部屋着を脱ぎ捨てると外着に着替えた。


 しばらくしてハアハア言いながら着替えを終えたニコラを一旦ベッドに座らせ、その髪をブラシで軽く梳いてやる。するとご近所からまるで天使のようだと評判の美しい金髪が更に艷やかに輝いた。これで準備完了だ。


「待たせてごめんね。それじゃあ行こうか」


 俺はブラシをアイテムボックスに仕舞うと、ニコニコと見守っていたエステルに声をかけた。

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