179 魔力供給
『それで、どうやって魔力を供給するの?』
俺は呆れを声に滲ませながらニコラに問いかけた。
『簡単ですよ。セリーヌの手を繋いで、セリーヌというフィルターを介してお兄ちゃんが火属性のマナを水晶の枝に注ぐんです』
『なるほど……。まぁ仕組みはなんとなく理解できたよ』
『くれぐれもお兄ちゃんのマナを直接水晶の枝に注がないように慎重にお願いします。問題はその方法でどれだけ時間短縮ができるのかってことと、セリーヌの負担ですね』
『わかった。とりあえずやってみよう』
「セリーヌ。ちょっと試してみたいことがあるんだけど」
「ん、なあに、真剣な顔して。マルクのプロポーズならいつだって受け付けるわよん?」
何も言わずにセリーヌの片手を両手で握る。「あら積極的ね」なんて言うセリーヌの冗談を聞き流しながら、目を見てはっきりと伝えた。
「これで、もう一度、水晶の枝にマナを注いで欲しいんだけど」
セリーヌは目をパチクリと開いた後、考え込むように残った片手を顎に当てた。
「……ふぅん、そういうこと。確かにあんたなら、何とかしちゃうのかもしれないわね」
「いいかな?」
「いいわよ~。やってみましょうか」
俺の意図を理解したセリーヌは握った手にぐっと力を込めると、もう片方の手を水晶の幹に触れさせながら火属性のマナを注ぎ始める。
俺はそれを見届けた後、セリーヌを通して火属性のマナを枝に伝わるようにイメージをしながら、セリーヌと繋いだ手にマナを込めた。
次第にセリーヌの全身が赤いモヤに包まれていく。俺の流した火属性のマナがセリーヌの全身を駆け巡っているのだろう。すると全身を俺のマナで包まれたセリーヌが苦しそうに口を開いた。
「んっ、す、すごく熱くて濃い……これが、マルクのマナなのね……。そ、それで、わ、悪いんだけど、もう少し
元々俺は火属性のマナの扱いが得意ではない。どうやら力加減がうまくいっていないようだ。ゆっくり慎重にマナの出力を下げていくと、その様子を見ていたニコラから念話が届いた。
『お兄ちゃん。そーっと、そっとですよ。緩めるときもゆっくりとやらないと、濃度の落差でセリーヌの感覚がおかしくなりますからね。ゆっくりゆっくり。ヒッヒッフー。はい、ヒッヒッフー。リピートアフタミーヒッヒッフー』
むしろ気が散るので止めてほしい。
そうして数分が経過した。いつの間にか繋いだ手は汗でびっちょりと濡れている。それは俺の汗なのかセリーヌの汗なのかはわからないが、セリーヌを見上げてみると、首筋からは滝のように汗を流していた。
「セリーヌ、大丈夫? もう少し緩めようか?」
「へ、平気、よ。……はぁっはぁっ、このままでやれるわ。んくっ……、続けてちょうだい……」
頬を赤く染めたセリーヌは荒い息を吐いて胸を上下に揺らしながら答えると、顎の先からポタリと汗が流れ落ちた。本当に大丈夫なのかな。
『――エッッッッッッッッッッッッッッッッ』
そしてセリーヌより先にニコラが壊れた。
それからさらに三十分は続けただろうか。セリーヌはポータルクリスタルに寄りかかる様になりながらも、休むこと無く水晶の枝にマナを注ぎ続けた。もう全身は汗まみれで、息も絶えだえの口はだらしなく開きっぱなしになっている。
ふいにセリーヌが掠れた声を上げた。
「も、もう、限界……。許して……」
セリーヌは俺から手を離すと、その場に膝から崩れ落ちた。
「つゆだく美女!」
『セリーヌお姉ちゃん大丈夫!?』
ニコラが心配そうな顔でセリーヌに駆け寄ると、匂いを嗅いだり際どいアングルから覗きこんだりと忙しそうにくるくると回る。というか興奮のあまり会話と念話が逆になっているようだが、セリーヌの方も意識が朦朧としているようで何の反応も示さない。
俺はセリーヌにタオルを手渡し、ついでに交換したばかりの扇風機の魔道具をセリーヌに向けた。さっそく役に立って嬉しいね。
そして肝心の石の実なんだが、セリーヌのマナが伝っていった先の枝の先端の方にちょこんと茎のような物が伸びていた。残念ながらまだ実は見当たらない。
しばらく休憩して落ち着いたらしいセリーヌが、地面に座り込んだまま水晶の枝を見上げる。
「ふう~。どうやら成功したようね。あれは……」
セリーヌは汗ばんだ胸元に手を入れると革袋を取り出し、更にその中から紙束を取り出した。それを横から覗いて見ると、どうやら石の実の観察記録を絵日記のように書き残している物らしかった。
「この村はやることないからね~。それで前にポータルストーンを作ったときに観察記録をつけていたんだけど……。どうやら私が十日くらいかけた時の水晶の枝の様子が今のこれくらいかしらね?」
それじゃあ十倍の早さってことか。ってことは、ええと。……このまま続けると百日前後で完成するって計算か。絵日記が根拠なので曖昧ではあるけど。
さすがに三年間、家に戻らないならともかく……。三ヶ月くらいならちょっとしたホームステイくらいかな。
『……ニコラ、すぐに帰らなくても別に構わないよね?』
『ええ、まだこの村の綺麗どころを堪能してませんし、問題ありませんよ。パパとママには共鳴石で連絡も取れますしね」
「うふふ、今日と明日もやれば二十日分くらい早く戻れそうね。そんなに早く私に会いたいだなんて、愛されちゃってるわね~むふふふ」
タオルで汗を拭きながらセリーヌが笑いかける。セリーヌはあくまで二日間だけと決めつけているようだが……。今は黙っておこう。
俺は地面に座りっぱなしだったセリーヌに手を差し伸べた。高さが足りないが、立ち上がるのに少しは役に立つだろう。
「ありがと」と言いながらセリーヌが手を掴み――
「――んんっ!」
痺れたように体を震わせ、ベタンと尻もちをついた。
「えっ? セリーヌ大丈夫!?」
「……ごめん。な、なんかさっきまでの感覚がまだ残ってるみたい。ど、どうしちゃったのかしらん。……あはは、一人で立つわね~」
セリーヌは顔を真っ赤にしつつも何事も無かったように立ち上がると、ふらふらしながら一人で先に歩き始めた。俺も慌ててそれに付いていく。
『エッッッッッッッッッッッッッッッッッ』
そして俺の脳内にはニコラの叫びが木霊した。
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